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あの空の色を教えてくれた君  作者: 白宮 安海
第一章 栗色の空
7/10

7 その絵の色は

 *



  木曜から金曜までを何とかこなして、来たる土曜日。私は柄にもなく顔に化粧を塗ってちゃっかり見栄えをよくしようと努めた。全て家の近くのドラッグストアで手に入れた戦利品だ。しかし化粧をするのは初めてなため、なかなか上手い事いかない。絵さえ下手くそなのに、顔に上手に絵が描けるはずもない。手元を震わせながら眉にカーブを描く。駄目。というか何じゃこりゃ。と眉を寄せて鏡の中の自分に睨みつける。不格好に、ふてぶてしい眉が完成してしまった。

「これじゃ本当に男の子じゃん」

 それから頬にさしたチークは量を間違えて、あれっぽく、おたふくっぽくなってしまった。私は心底自分に嫌気がさして、下唇を突き出した。あれやこれや手直しして気がつくと化粧に40分かけていたことをスマホのアラーム音で知ると、肌色のキャンバスの上の作品を一気に化粧落としのオイルで剥いで、いっそ塗装をあきらめて結局、潤いピカイチという謳い文句のリップを唇に塗りつけるだけにした。

 


 ミキや他の女子は普段からこんなに精巧な作業をしているのか。だとするから世の中の女子は、全員アーティストだ。思い返してみると私の母も化粧は上手だった。母と出会う人は口々に美人だね、と褒めていて、当の本人はころころと笑ってまた子供心に私はその母が美人だと強く思っていた。母はよく私に、一生女でいられたら幸せよ、そういう人を選びなさい。と言った。私は見てのとおり今のところ母の教えを守っていない。母にとっての幸せは、結局父の隣にはなかったのだろう。父は母に選ばれなかった。愛する人の人生から追い出されるというのは想像しか出来ない私から見ても絶望だ。



私のこの不器用さと要領の悪さは父の血を継いでいると感じる。けれど泣き言を言ってる暇はない。私は即座に切り替えて立ち上がると、全身カジュアルでまとめた格好を鏡で見直した。女の子らしい服を……と、迷わなかったといえば嘘になる。それでも私にはやっぱりスカートを履くことに強い抵抗感があった。学校の制服でも、あの感じが凄く嫌で、下着の上から絶対にオーバースパッツを履くくらいだ。だから今日もいつも通り、ラフなロゴのTシャツに斜めがけの鞄。ぶかぶかのジーンズを履いて寝癖を誤魔化すためのキャップを被った。

「これで大丈夫か? よし」

最後に前髪を指先で微調整をすると、ぱんぱんと服の埃を払う。



  キッチンに直接繋がる襖を開いて外へと出かける。澄んだ水色に、分厚い雲が我が物顔で見下ろしている。そんな空の下を歩くのもさわやかな心地がある。下北沢の駅前で待ち合わせでお願いします。そう連絡を貰ったのは昨日の夜の事。イヤフォンで音楽を垂れ流しながら電車で二駅を跨ぎ、下北沢の南口に約束時間の5分前に到着した。休日の昼だからか、割と人が多いように思える。姫の姿を探してもまだ見当たらなかったが、約束時間を少し過ぎた頃、空色のオーバーサイズのニットベストに、緩めのシャツを着ている姫が目の前に現れた。学校でいつも着ている制服とは違って、姫の色があらわれている私服は新鮮だった。それに似合ってるし、どっかのファッション雑誌の一ページにいるような見た目だ。



 それに比べて私の格好なんて、ファッションセンターミムラで適当に買った安い服。何だか隣で歩くのが少し恥ずかしいような、そんな気がした。私がイヤフォンを外すと姫はいつも通りの笑顔で言った。

「今日は来てくれてありがとう。電車お疲れ様」

「姫も、迎えに来てくれてありがとう。人いっぱいいるね」私も自然と笑顔になって。

「だね。早いところアトリエの方に向かおう」

 土地勘のある姫に並んで足を進める。体感的にも過ごしやすい日だったから、私はいつもより大げさに息を吸い込んだ。下北沢はさすがサブカルチャーの聖地と言われる街だけあって、すれ違う人が時々ファッションモデルやミュージシャンに見える。その人達は皆それぞれ、自分の色に誇りを持っていた。私も将来こういう場所に住みたいな。密かにそんな夢が膨らんだ。

それでも私は隣に歩く姫が一番素敵に映った。そういえば、いつも座っているところばかり見ていて気にしていなかったけれど、姫の身長は私より少し高い。それに意外にも喉仏は張っている。男の子なんだな、と妙な納得をした。いや、男の子なのだけれど。



次第に人通りが少なくなると、坂道にさしかかる。そこに姫の家はあった。姫の家は眩しくなるような真っ白な一戸建てだった。実際太陽が反射して眩しかったため、私は両瞼を細めて家を眺めていた。

アトリエは庭の小屋にある。姫がそう言って案内してくれる手入れの行き届いた庭を歩く。蔦や花が生き生きと絡まっている白いアーチをくぐったその先に小屋があった。



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