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あの空の色を教えてくれた君  作者: 白宮 安海
第一章 栗色の空
6/10

6 私の見る空

放課後、部活終わりに久しぶりに美術室を覗いた。相変わらず大空を描いてる姫の姿があって、意味もなく隠れた。何やってるんだろう、私。今日来てしまった理由は美術の時間のことが理由だ。いや、それは後付けなのかもしれない。分からない。少しの逡巡の後、扉を開いて私は勢い任せに呼んだ。

「姫」

ここに来た言い訳を考えるべきだったかな。その後私はどうしようもなく黙ってしまった。姫はこっちを向いて微笑んで「アキラ。いらっしゃい」と言ってくれたからすぐに安心したけど、私はおずおずと近づくだけで、一定の距離で立ち止まりまた何も言えなくなってしまった。それでも姫は特に 何も突っ込んだりせず、絵を描き続けた。私は頭の中で練習をした。

美術の時はごめん。

たった一言なのに、容易いはずなのに、喉が詰まってなかなか言い出せない。

「アキラはさ……」

筆を動かしながら姫は言う。

「え?なに?」

「空って何色だと思う?」そう聞かれると私は姫のキャンパスの空へ視線をやった。栗色の空に灰色が混ざっている空。姫はそれから続けて。 「子供の頃、不思議だったんだ。皆が青い空っていうことが。僕には道路の色も、お母さんの服も、 空も全て同じ色に見えてた。青って何色なんだろう。僕の空は皆にとっては変な色。でも僕は青い空を知らないから分からなくて」 一度手を止めて私の目を見つめる。焦茶色の瞳。姫は自分の瞳の色がこんなにも綺麗なんだってこと、生まれてから一度も知らない。姫に空の色を教えてあげたかったけど、うまく答えられる自信が私にはなかった。 そこで私はギターをケースから取り出して椅子に座り、覚えたコードを組み合わせて曲を弾いた。下手くそに聴こえたとしても一生懸命に弾いた。それから自分勝手に満足して手を止めると正面を向きながら言った。

「音楽はね、心を映してそれが音になるの。だからきっと、色だって、自分の心を映してるんだ。私は綺麗だと思った。姫の描く空が。それにちょっと可愛い」私は歯を見せて笑った。 姫は心なしか頬に赤が差しているように見える。

「そ、そっか」目を逸らして呟く。

「今、姫の顔は赤いよ、苺と同じ色」

「苺の赤い色がわかんないや」

「美味しそうな色」

「苺って美味しそうなんだ......。まだ食べたことなくて」

姫のあまり見たことない様子に私は思わず吹き出してしまった。すると姫まで釣られて笑い出した。 「今度食べてみて。甘くて美味しいから」 私はふと時計を見て、下校時間が迫っていることに気がついて、名残惜しげに立ち上がる。 「早く帰らないと先生にまた怒られるよ。お化けが出るぞーって」私はモノマネをしながら言った。姫はクスリと笑って「そうだね、片付けるから、校門まで一緒に帰ろう」立ち上がり帰り支度をし始めた。

「う、うん!」喜んで返事をした。姫が道具を洗っている間、私は目の前の絵の具の順番を整えておいた。

水しぶきが底に跳ねる音の合間に、姫は言った。

「今度、僕の家のアトリエに来ない?」

「え、アトリエなんてあるの?」私は答えると「うん。父のアトリエなんだけど海外出張で今いないから」

「そ、そうなんだ。行きたいかも」少し緊張気味に言った。

「え、本当?」姫は軽く振り返った。

「本当」

「じゃあ今週の土曜日でどうかな」

その日は確かバイトが入っていないはず。

「うん。今週の土曜日で大丈夫」

「ありがとう」姫が戻ってくると、揃った絵の具を見下ろしてまた笑顔になった。

「こっちこそ、絵のこと全然分からないのに」

アトリエ、お洒落な響きだ。きっと姫の住んでいる場所は綺麗で素敵な所なんだろう。私の家とは大違いで。

「アキラだから呼びたいと思った。優しいから」

姫の何気ない言葉に、浮かれてしまう私がいた。


二人は校舎から出て、校門の外で手を振りながら別れた。別れ際姫は何かあった時用にと、連絡先を交換した。私は帰って直ぐに姫の名前で登録をした。今から土曜日が楽しみで仕方がない。気がつくと一人で微笑んでいた。バイトへ行く平坦な道路、自転車を乗りながら空を少し見上げた。その色は心なしか。


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