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あの空の色を教えてくれた君  作者: 白宮 安海
第一章 栗色の空
5/10

5 君の見る空

  四時限目が始まる前の昼休み。姫が来て数日が経っていた。姫はいつも、私が思う限りいつも一人だった。というよりも、私には一人を好んで過ごしているように見えた。だから私は特別声もかけなかったし、あの日以来放課後の灯りを見つけても飛んでいく事はしなかった。それでも時々、頬づえをついて空を眺める横顔は気のせいか寂しそうに見えた。放っておいたらそのまま飛び立ってしまいそうな。

 


  次の授業は美術。私が教科書とノートを取り出そうとした時、ミキがやってきた。スマホを強く握りしめながら両目を大きく見開くミキ。

「どうした?」

 不思議そうに尋ねるとミキは肩を震わせながら。

「あ、当たった。当たったよ。ねえどうしよう。明日死ぬかもしれない」

「え? 何が当たったの」

「saggyの……誕生日イベント!」

「は!?」

 私は思わず、出したこともない声を上げて立ち上がる。クラスの視線が一瞬集まったのを感じて静かに座った。

「え、それ凄すぎ。てか、いいなぁ! 私も行きたかった」

 と言うと、ミキはふふふと目を細めて笑った。

「実は取っておいたんだよね。二人分。アキラも絶対行きたがると思って」

「えー!? うそうそ。ナイスっ、ミキ! ありがとう、ほんっとうにありがとう」

 私はテンションが上がりすぎて、今ならグラウンド5周くらいお茶の子さいさいでいける気分になった。

「どういたしまして。思いっきりお洒落して行かないと。何着ようかなぁ」ミキは当日の想像をしているのか既に浮かれた両目を上に向けた。

「嬉しすぎて語彙力なくなる……」いや本当に最高すぎて。

「saggyってこの前アキラが弾いてくれたアーティスト?」

 と、姫が前のめりになって話しかけてきた。今日も女の私が悔しくなるくらい、可愛い顔立ちをしている。寝起きでもそんな顔なのだろうか。

「あ、うん。そう!」

「ふーん。好きなバンドのイベントに行けるなんて良かったね」

「まあね。おかげで今月末までは生き延びられそうー」

「え? え? てか待って」と、何やら不思議そうな顔をして私達の顔を眺めるミキ。

「いつの間にそんなに仲良くなったの?二人共。この前弾いたって、なになに」次第に好奇心いっぱいの問い詰めるような態度に変わっていく。

「いや、それは」私が答えに詰まっていると、姫が代わりに言った。

「この前saggyのギターを弾いて聴かせてくれたんだよ。ね?」と、素朴に笑顔を傾けた。

「ふーん」ミキは納得半分の声を洩らした。明らかに後で何か言われそうな雰囲気。

「僕もあれから聴いたよ。アキラの言うとおり物語みたいになってて素敵だった」

「本当?聴いてくれたんだ。良かった、気に入ってくれて」

「あれあれお二人さん。なんか怪しいですな」

ミキは探偵顔負けに私達に視線を巡らせた。

「てか早く行こ!遅れるよ」私は立ち上がり教科書等を胸に抱えて、美術室へと急かした。

そこで、私に声かけてきたのは教室の扉側の壁の方で数人とたむろしていたケンだ。

「おい、男の子!」

うわ、また何か言われる。と思って振り向くと案の定「今日ズボンとスカート間違えて履いただろ」と言って周囲の男子に笑いを誘った。私はムッとして何か言い返そうとしたが、やめた。そしてあいつを無視してミキの腕を掴み「行こう」と廊下へ出た。

  ミキは廊下に出るなり、やっぱりさっきの事を聞いてきた。

「ねえ、姫川くんとはどうなってるの?」

「た、ただの友達だよ。それよりsaggyのイベント楽しみ」

「そうだね。あー、遊に早く会いたい! どうしよう今から緊張してきた」



  私達は美術室に到着した。今日の授業は課題授業で、なにか一枚写真を選び模写をするという課題が前回から先生に言い渡されていた。私は簡単なものにしようと思って、近所の植木に咲いていた雨露ののった朝顔にした。けど、もっと面白みのあるものにすれば良かったと後悔した。



  絵は全然得意じゃない。私が描いた犬は猫と言われるし、人間は棒になるし、よく笑われるからあまり好きになれない。それに比べ、姫はあんな上手な絵をすらすらと描けるのだから心底凄いと思う。私達はそれぞれ、持ってきた写真を見ながら配られた画用紙にペンを走らせ始めた。



  二十分経ったが、私はようやく朝顔一つ描き終えたところだった。しかも線は震えてみっともない仕上がりだ。不意に姫の描く描きになって、斜め左の前の背中から覗き見したい気持ちだった。

 描くのが速い人はもう色塗りに取り掛かっている。水を汲みにいった一人の男子の腰が、姫の絵の具の箱に当たった。赤、青、白と、この前並べた絵の具たちは床にばらばらと落ちていく。──あ。私は、私の事のように気を張った。

 


  男子が謝っても、姫は何事もないようにそれらを拾いあげた。しかし絵の具が揃っていない状況を、私は自分勝手に危惧をした。それでも、姫は私の心配など流すようにまた画用紙に集中して筆を滑らせる。



  人の心配をしている場合じゃない。私は改めて自分の絵と向き合ったが、もうそこから先は上手く描く気力もなく、何とか見せられるような絵に仕上げようとするばかりだった。

  いつの間にか集中していると時計の針は、授業が終わる十分前だった。結局、色を塗る段階までいけなかった。

「うわっ、何だそれ」と言われ、私は反射的に自分の絵を隠したが、言われていたのは私じゃなく姫の方だった。

「その空の色変じゃね?」と、矢吹が言った。矢吹はクラスの中でも図体だけがでかくて嫌な奴だ。

「そうかな」姫は相変わらず小さく笑っていた。私は何か言わなきゃと思ってその状況から目を離せずにいた。

「ちょっと魔界の空感ない?」



 矢吹は姫の描いた絵を掴んで私達に見せびらかした。そこには栗色でもなく、青色でもない。また新しい色の空が広がっていた。最初のうちは青で描いていたのだろう。その上から紫の空が色濃く覆われていた。矢吹はさも馬鹿にした口調だったから、私はカチンときてとうとう立ち上がってしまった。周囲の人達は私の方を向いた。

「あ、あのさ」

心臓が破裂しそうに音を刻む。それでも拳を握って勢い任せに言った。

「何色でもいいんじゃない。空の色なんて。人それぞれだし」言いながら吐きそうだった。

「でもこの色はあなあ、変じゃね?

なあ皆もそう思うだろ?」矢吹はクラス全員に目配せする。皆は何も言わずに俯いた。私は負けじと言い返した。

「人から見たらそうかもだけど、本当の色って分からないじゃん。本当の色なんて神様しか分からないんだよ。だったら、好きな色でいいと思うよ私は」

言っちまった。周りは沈黙。私は早々に後悔したが、もう後には引けない。矢吹は私を睨みつけている。先に唇を開いたのは、私でもなく矢吹でもなく。

「なあ皆それより俺の絵見てみろよ! この犬のフン、力作だろ?」

ケンが立ち上がって自分が描いた馬鹿な絵を披露していた。全員はケンの絵に注目し、一気に笑いが起こった。私は内心助かったと胸を撫で下ろした。

「矢吹君、君は美術の成績悪いんだから人の口出ししない」

矢吹はへこへこと頭を下げてふざけたよあにさーせんと謝る。ふと姫の顔を見てみると、何事もないように澄ましていた。もしかしたら余計なお世話だったのかもしれない。私は自分自身にため息を吐いて席に座った。そして授業の終わりのチャイムが鳴った。



 今の出来事、全部無かった事になれ。私はそう願って授業が終わる頃美術室を去った。すると後ろから姫が近寄ってきて、小さな声で「ありがとう」と言った。それから私を通り過ぎていった。隣にいたミキが「さっきのアキラ格好よかった」と褒められて私はほんの少し照れ臭く、伸びかけの前髪で両目を隠した。さっきは怖かったけど、勇気を振り絞って意見して良かった。それから、ケンにはいつもムカついていたけど、さっきの件で、案外いい奴なのかもしれないと見直した。

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