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あの空の色を教えてくれた君  作者: 白宮 安海
第一章 栗色の空
3/10

3 君の見る空

  曲はブレイクからの疾走感のあるサビに転調。全員が息をピッタリと合わせなくてはならない一番難しいパートだ。ここで私はコードを抑える指が滑る。ヤバい!慌てて次の弦を指で追って弾く。しかし明らかにリズムがワンテンポずれてしまっている。羽愛音はマイクを持ちながら私の顔を見た。何とか次の小節で揃える事が出来たものの、サビが終わる頃、ドラムは音を叩くのを辞めて、細いバチをパチンと叩きながら声を上げた。



「ダメダメ。全然合ってない。グダグダ。揚げすぎたポテトみたいだようちらの曲。ボーカル、全然声が出てないし、それにギターは間違えても絶対手を止めちゃダメ。皆ちゃんと練習した? 」

「この曲低すぎるんだもん。もうちょっとキーを下げてくれない?」

と、羽愛音は私の方を見た。

「え、でも私はずっとこのキーで練習してたし」

「キー上げてくれないならちゃんと歌えないから」

腕を組みながらそっぽを向き、わがままを言った。木村さんは私とサキの方を向いて。

「とにかく、ベースとギターはキー+2でお願い」

「ええっ、ずっとこれで練習してきたのに今更ですか? 」

とサキはおどおどした口調で抗議する。私も同じ気持ちで木村さんを見た。

「文化祭まであと6ヶ月ある。夏休みには合同練習もするつもりだから、皆それまでに個人練習頑張ろう」

  全員が黙り込む。私は憂鬱な気持ちを外に出さずぐっと堪えた。一方、羽愛音は分かりやすく唇を尖らせている。

「はい、皆練習! 」

また一から振り出しに戻る。こう言うの音楽用語でなんて言うんだっけ。コーポだっけ?忘れた。私はスマホで新しいコード進行を調べて、確かめながら練習を再開した。私の弾く弦の音は、私の心を表すみたいに情けない音を立てている。

 


「お前達、最後だから鍵返しとけよー」

  夕刻頃になると、軽音楽部部長三年の西島先輩は帰り間際、扉からひょっこり顔を出して言った。羽愛音はその先輩の元へ駆け寄って「せーんぱい、一緒に帰りましょ」と、猫なで声をして腕に捕まった。西島先輩は困ったような顔をしながら「仕方ないなぁ。お前らも早く帰れよ」

と念を押した。先輩が去ろうとした時、木村さんが大声で「先輩!」と呼び止めた。西島先輩がもう一度顔を出すと、「お世話になりました! 」と深くお辞儀をした。私とサキもそれにつられて小さく頭を下げる。三年生はもう受験シーズンで部活の引退の時期だった。西島先輩は元々細い目を更に細くして、真っ白な歯を見せながら「サンキュー」と親指を立てた。廊下を歩き出す頃、羽愛音の浮かれた声が小さく聞こえてきた。二人が付き合っているという噂は軽音楽部殆どの人間が共有をしている。



  窓の外はもうすっかり雨も止んで、黒い絵の具をひっくり返した空色をしていた。私たちも流石に帰り支度を始め、教室を出た。最後に出た木村さんが鍵を持って、私は廊下を歩いていった。何気なく視線をやった先の、一階の教室はまだ明かりがついていて、窓の近くにあの転校生がいる事に気がついた。

「あ」 思わず口走って私は次の一歩は駆け出していた。心臓の音よりも速く体が動いた瞬間。こんな事は初めてだ。

背後でサキが私の呼ぶのが聞こえたけど、あっという間に階段を駆け降り、夏の虫みたく明かりの付いている教室へたどり着いた。看板には美術室の文字。

「私、何してんの。きもっ」踵を返し一旦は引き返そうとした。それでもやっぱり、結局は気になって、自分でも気持ち悪いけど少し開いたドア の隙間から彼をそうっと覗き見た。

  姫川くんは、キャンパスに絵の具で空を描いていた。ただし、その空の色は私が思うどの空の色とも違っていた。栗色の空。赤でもなく、青でもなく、彼の描く空は栗色だった。私は彼の絵に引き寄せられるように扉を開いた。



「ねえ、何で空がその色なの? 」

彼はびっくりしてこちらを振り返って。

「え......」と一言呟いてキャンパスの中の空をじっと、彼は見つめた。

「栗色の空なんて珍しいなぁと思って。それも表現の一つ? 」

「そっか、栗色か。君にはそう見えるんだ」 何か新発見をしたかのように絵と距離を取って眺めていた。

「もう部活決まったんだ」私は彼のすぐ後ろまで近寄った。

「小山先生が見学だけでもって。でも僕は最初からここに入るつもりだったから」白く細い手が緩くカーブを描いて空を塗る。もしも神様が世界を創ったのなら、こんな具合に空を塗ったに違いない。

「新入部員がこんな時間まで残ってるなんてね。真面目だね」

「夢中になるとどうも時間を忘れちゃって」

「その気持ち分かるわ」

「君は......軽音楽? 」相変わらずふわふわとした調子で尋ねながら、私のギタケースをちらりと見た。

「そ、まあ下手くそだけどね。うちのバンド仲悪いし」

「格好いい。楽器が弾けるんだ」

私は初めて他人に褒められて、居心地が悪いような気恥ずかしいような心地で目を逸らし、ぶっきらぼうに言った。

「そんな事ねえよ……」

「聴いてみたいな。柊さんのギター」

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