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あの空の色を教えてくれた君  作者: 白宮 安海
第一章 栗色の空
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2 転校生、姫川怜

「姫川です。よろしくお願いします」品のある声。私はまずそう感じた。穏やかで優しくて、強く触れたら豆腐のように壊れそうな繊細な響きだった。彼は丁寧にお辞儀をした。私はしばらく彼から目が離せなかった。

「うわ、すげー本物の女の子じゃん」一番前、扉側の席に座っている前川という男子が大声で言った。それを機に、クラスの皆が湧き出した。

「お前より女の子っぽいんじゃねー?」

とケンに言われて、私はすかさず足を蹴ってやった。

「いって!何するんだよ、本当に女らしくねえなー」

「うるさいバカ!」

「はい皆、静かに!姫川くんの席は……後ろの空いてる席でいいな」 そこは丁度私の左隣の、窓際の席だった。姫川君は小さく頷いて、こっちに近づいてくる。私の心のメトロノームが120テンポに上がる。 何故か体がこわばって、不自然に背筋を伸ばす。彼は席に座り、私と目が合うと微笑みながら会釈をした。焦げ茶色の瞳と強い巻き毛が、幼い頃に母が読んでくれたフランスの絵本に出てきた少年によく似ている。



  私が挨拶を言いあぐねていると、横からケンのバカが余計なことを口出した。

「なあなあ姫川。こいつ男の子っぽいだろ。女の子らしさ教えてやって」

デリカシーのないことを言うな。私は再び渾身の必殺蹴りが飛び出しそうになったが、クスリと綿毛のよう に笑う彼に、止まった。

「さあ……僕、男だから。そんなことより多分開いてるよ」

 ケンは咄嗟に見下ろした。姫川君の指摘通り、ズボンのチャックが開いていた。さっきは気づかなかったのに。私は思わず吹き出した。

「これは、おしゃれだっつーの」

 見たことのない位、顔を赤らめながらチャックを閉める。私はスッキリした気持ちだった。けど私と違って姫川君は、何か悪いことでもしただろうかと言う顔で見ていた。教壇を叩く音に生徒は口を閉じる。

「静かに。いいか、今日は雨が降っているけど、気を引き締めていけ。集中集中」集中集中は小山の口癖だ。小山が教室を出ると、全員一時限目の授業の準備をし始めた。



  私も同様に、国語の教科書やノートを机に広げた。姫川怜。彼のことは少し気になったが、ただそれだけだった。気になる以上の感情は沸かなかった。この時はまだ。私は左頬に無意識に小さく神経を集中させていたと思う。そしていつものようにポケットからスマホを取り出し、次の授業までの間、saggyの音楽を聴いていた。頭の中で雨を歩きながら。



 *



  放課後。ミキと別れを告げ、ギターを肩に担いで視聴覚室へと向かう。廊下の窓に目をやるとまだ雨がざあざあと降り続いている。今朝よりも激しいくらいの勢いだ。



  4階の視聴覚室。そこが放課後、軽音楽部の練習場だ。扉を開くと他のクラスの生徒や、先輩たちも揃っている。私が組んでいるバンドのメンバーも三人すでに集まって各々円をつくるように椅子に座りながら練習をしていた。

「あっ柊さん」

一番に発見して振り返ってくれた、長い三つ編みの眼鏡の女の子は、山本サキ。担当はベース。

「こんにちは柊さん。間違えて帰ったのかと思った」と大人びた調子で牧羽愛音は長い前髪をかきあげた。この羽愛音(はあと)という名前は本名ではあるものの当人はどうも気に入っていないらしいどころか、大層不満だった。担当はボーカル。

「皆、手を止めないで練習しよう。遅刻した人の事なんて放っておいて、Bメロから」仏頂面をしてドラムの椅子に座っているこの子は木村道子。私達のバンドのリーダー、担当は前述の通り。



  以上四人のメンバーから成る私達のバンドの名前はみにくいアヒルの子。白鳥に負けずに、せかせかと水中を懸命に泳ぐという意味で、結成時の放課後ラーメン屋にて皆で考えた名前だ。



  リーダーがスティックで8ビートを刻んだ。それからドラム、ベースの重厚音、ボーカルのギターのコードが重なっていく。これはアルマジロというロックバンドの曲だ。私は慌てて椅子を持って輪の中に入り、楽譜やギターを準備し、コードをアンプに繋いで音量を絞りキリのいいメロディーターンを待ってから、音楽に乗った。



  この曲Cのメジャーコードばかりで構成されている比較的簡単な曲だったから、私は楽譜を読まなくても弾くことは出来る。音がそれぞれの楽器の音に埋もれる。ボーカルはハスキーなトーンで、男性ボーカルのキーを歌い続ける。サビに入る手前、少し声が潰れて辛そうだなと私は感じた。きっと他のメンバーも気付いている。この曲の原キーは女性の声で歌うのに適していないからだ。

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