もう少しで体育祭だけど……
五月末のテストも無事に終了し、案の定映画研究部組の成績は芳しくなかったみたいだ。
今回は散々俺をいじってくれたからな、ざまぁだわ。せいぜい補習頑張ってくださいな。同情の余地なしだ。
ちなみに、俺はというと平均八十点くらいだった。
二年の初めてのテストということで難易度はそれほど高くはなかったから、もう少し取れたと思われるが自分の実力不足だ。シオリには及ばない。
中間テストが終わると梅雨がやってくる。嫌な雨ばかりのジメジメした季節がやってくるのは気分が憂鬱になるが、梅雨に入る前に学校イベントである体育祭が行われる。
身体を動かすのは好きなので体育祭は好きなのだが、それまでの準備が面倒だ。
誰が何に出るとか、男子は騎馬戦で誰と組むとか――。
去年のクラスなら仲が良い方だったので決め事も楽しかったが、今年のクラスは仲がよろしくないから、決めるのも時間がかかりそうだな。
そんな小さな心配事を考えながら三限終わりの休み時間に人気のない方の自動販売機に行くと見慣れたショートカット美少女の後ろ姿が見えた。
彼女がお金を挿入しているのが見えたので、俺は「ごちでーす」と言いながらコーラのボタンを押す。
「ああ!」
彼女の声とは思えない声が鳴り響き笑いながらコーラを取り出して彼女の方を見ると、珍しく怒っていた。
「一色君……。これ以上あたしから奪わないで……」
絶望の淵に立たされたみたいな声を出す。
「そんなに補習が嫌なのか」
「嫌だよ! 夏休みだよ!? なんで夏休みに学校行かなくちゃ……。うう……」
明らかな嘘泣きをかましてくる。
「悪かったよ」
「謝っても遅いよ! そのペットボトルには乙女の純情が詰まってるんだよ!」
そう言われて俺はコーラを見つめ「随分黒い純情だな……」と声を漏らしてしまう。
「これはあれだね。一色君も夏休みに許嫁と一緒に学校に来てくれないと許されないやつだね」
「おいおい。罪が赤点者と同じってコーラ買っただけで随分重いな。てかシオリも巻き込まれてるじゃん」
「汐梨ちゃんに怒られると良いよ。『なんでそんな約束したの?』ってね。でも汐梨ちゃんの事だから『やれやれ。しょうがない』って言って来てくれるよ。――天使か!!」
珍しい四条のノリツッコミを見た後に言ってやる。
「てか、四条って結局部活で夏休みも学校来るんじゃないの? だったら別に良くない?」
そう言うと「あー。確かに」と納得してくれた。
なんとか言いくるめたみたいだ。こいつがアホで良かった。見た目は頭良さそうだけど、人って見かけによらないよな。
「――てかさ、もうすぐ体育祭だな」
話題が戻る前にこちらから全く先の話とは関係ない新しい話題を提供する。
「そうだねー。ふふ。楽しみ」
食いついた食いつた。これで前の話題になることはないだろう。
俺は安堵しながらコーラを開けるとプシュっと炭酸の抜ける音が響きそれを一口飲んだ。
「高校生で紅白って珍しくない?」
「うーん……。そういえばそうだね」
四条が肯定しながら自分のジュースを買っていたので、どうやらこのコーラは奢りで良いみたいだ。遠慮なく飲ませてもらうとしよう。
「中学の時は各クラス○○団みたいな感じだったけど」
「あ、あたしも」
「だよな。なんか紅白だと小学生みたいだよな」
「あはは。ま、色々そっちの方が楽なんじゃないの?」
「組分けとか? ま、二つしかないのは楽なんか」
「でも、内容が中学と全然違うよね。そりゃ似たような競技もあるけど、流石は高校生、なんかガチっぽくて良いよね」
「だな。うん。青春してる感じだな」
そんな体育祭の話をしていると後ろから「ほんと、青春してるね。お二人さん」と女性の声が聞こえて来たので振り返ると担任の三波先生が立っていた。
「あ、楓先生」
四条がまるでお姉ちゃんを見つけた妹みたいに手を振ると、先生も姉のように手を振り返した。
やはり同じ映画研究部同士、仲が良いみたいだ。
「こんな所で堂々と浮気とは良い身分だね一色君。君には七瀬川さんという彼女がいながら、私の所の可愛い純恋ちゃんに手を出すなんて不埒な高校生だな」
「先生も俺のハーレムに加えてあげましょうか?」
冗談めかしていうと、先生はじーっと俺を見つめて笑ってくる。
「うん、ないわー」
「くそっ! いつになったらアリに変わるってんだ」
「一生ないよー。あっはっはっ」
上機嫌に笑いながら先生は自動販売機にお金を入れて水を買う。
「あ、純恋ちゃん。ごめんね。今日私部活休ませもらうね」
「はい。それは良いんですけど……。大丈夫ですか?」
「ん? 何が?」
「最近楓先生体調悪いそうだから……。今も……ほら……」
四条は心配そうに三波先生の額に手を持っていく。
「純恋ちゃん」
キュン顔になった先生は四条にギュッと抱きついた。
「楓先生……苦しい……」
「うう……。先生はこんなに優しい生徒を持てて幸せだよ」
「大袈裟ですよ……」
三波先生はキュン顔から一転、こちらを睨んでくる。
「こんなに可愛い純恋ちゃんを泣かす変な男子高校生がいたら先生の空手十一級が火を吹くよ」
「黄色帯なんすね……」
先生は四条を解放すると「充電完了」とハイテンションで言ってのけると去り際に振り返り言い放つ。
「青春の形は色々あるけど、後悔だけはしないでね」
何だか遺言みたいな言い方だな。この後も教室で会うのに。
そう思い四条と首を傾げていると――そんな場合じゃなくなった。
カッコよく立ち去ろうとした先生がいきなり持っていた水のペットボトルを落としてうずくまってしまう。
「先生!?」
俺と四条は先生の下へ駆け出した。
「ゴホッ! ゴホッ!」
「大丈夫ですか!?」
先生の背中をさすりながら聞くと「だい、ゴホッ!! ぶ……ゴホッゴホッ!!」と到底大丈夫な咳き込みかたではなかった。
「保健室行きましょ。ね? 立てますか?」
先生は咳き込みながら、コクリと頷いた。
そして彼女をサポートしながら一緒に立ち上がると、体重をこちらに預けて先ほどよりも激しく咳き込むと、苦しそうに嘔吐してしまった。
それが俺のブレザーにかかってしまい先生は涙目で「ご、ごめ、ゴホッ! さい、ゴホッ!」と無理に謝ろうとしてくる。
「先生無理に喋らないで良いから」
言いながら俺はブレザーのポケットからハンカチを取り出して先生に渡す。
「これ、使ってください」
先生はコクリと頷いてハンカチで口をおさえる。
「四条?」
「は、はい!」
この現場に少しパニックになってる四条がいきなり名前を呼ばれて焦った返事をする。
「先生おぶっていくから、ちょっと手伝って」
「うん。わかった」
こちらにかかっている体重を一旦四条の方へ向けてもらい、俺はその場でしゃがむ。そして四条が先生を俺の背中に誘導して、背中に重みを感じたら立ち上がる。
大人の女性なのに軽いのは先生のスタイルが良いということなのか、それとも痩せすぎなのか、どちらにしても俺としては好都合。このまま少し早足で保健室へ向かうのであった。




