愛してるゲーム(本番)
向き合った二人は台詞を考えているのか、俺と四条の戦いの時よりも長い沈黙が続いていた。
四条は平気な顔をしているが、彼女の気持ちを知っている身とすれば、恐らく内心ドキドキと容易に想像がつく。
そう思うと彼女には酷な事をしたと申しわけない気持ちが芽生えるのだが、俺が見たいのは冬馬の反応。
インテリぶってるだけあってシオリ程ではないが弱クールキャラだ。そんなあいつの悶絶する反応が楽しみで仕方ない。
「冬馬君――」
先に仕掛けたのは四条。――てか、この子先手好きだな。
「冬馬君とは部活も一緒で長い事同じ時間を過ごす事が多くて……。部活ではお互い右も左も分からなくて一緒に苦労したけど、一緒に頑張ろうって言ってくれたり、バイトで失敗して落ち込んだ時、直接でも電話でも励ましてくれたりして……。冬馬君の素敵な所いっぱい見してくれたよね。それだけじゃなくて、小テストの名前書き忘れたって笑いながら教えてくれる所や、部室の鍵失くしたって言って二人で探したり、ちょっとおっちょこちょいな所もあったり、それをあたしにしか見せてないから秘密って言ったり……。冬馬君と長いこと一緒に過ごせてあたし幸せだよ」
二人だけが知る物語。その内容を簡潔に伝えている。
「冬馬君……大好き」
俺に言った時とは明らかに気持ちの入り方が違う言い方。なぜかこっちが照れてしまいチラリとシオリを見る。
「ゲーム……だよな……」
まるで公開告白のような光景に確認をとる。
「しっ。私、悶絶中だから」
「確かに」
シオリは口元が微妙にニヤけていた。こいつもなんやかんや表情豊かだな。
それに対して冬馬は――。
「めっちゃクイクイしてる」
明らかに動揺して高速で眼鏡をクイクイしている。
「ああ……と……」
物理法則を無視して冬馬の眼鏡が落ちた。
「は、はい! 冬馬君! アウト!!」
四条が恥ずかしさを振り払うように大きく言ってのける。
「ぬ!? め、眼鏡をお、落としただけだぞ!?」
眼鏡を拾い上げながら言い訳をする冬馬。
「いや、明らか動揺えぐかったぞ。顔もニヤけているし」
「ルーザー」
シオリの追い討ちの言葉に「ぐぬぅ」と言葉にならない声をあげると「まだだ!」と追い詰められた主人公のような声を出す。
「俺はまだルーザーじゃない」
「ほぅ。ならば己が力を示してみろ」
「シオリ……。何キャラ?」
シオリの強キャラが放つみたいな台詞を受けながら冬馬が眼鏡を装着し直す。
「あ、あれ? あたしの勝ちで終わりじゃないの?」
「何を言っているんだ純恋。俺のターンがまだじゃないか」
「耐えれば良い。ファイト純恋ちゃん」
「そんなぁ……」
まさか続くとは思っていなかったみたいで四条は嘆いた。
今のマジ話で冬馬にターンを譲らずに終わらす作戦みたいだったらしい。
四条には悪いが、冬馬が何を言うのか気になるしここは止めずに見守るとしよう。
「純恋……。俺は……」
冬馬は呟くように言うと視線を逸らして間を空ける。
「俺は……その……」
珍しく詰まる冬馬。
先の公開告白まがいな台詞が効いている証拠だ。
まだ負けていない的な雰囲気を出していたが、実際言おうとすると照れてしまうパターンだな。
ふっ……。奴も所詮男子高校生。こんなに可愛い女の子からあんな事を言われたら動揺するのも無理はない。
「同じ事を言ってしまうが、同じ部活で長い事一緒にいて、純恋と仲良くなれて本当に良かった。嬉しかった時、困った時、すぐに純恋に言ってしまうのは信頼しているから。直近で言えば進級の件。あの時本当はめちゃくちゃ心配だったけど、純恋があたしもいると言ってくれて……本当に支えになった。もし一人だったら心細かったが、純恋と一緒だったから乗り越えられて二年に上がれた。共にいてくれてありがとう。純恋の事……好きだぞ」
俺には関係ない進級の件で、何かドラマがあったのだろうか。
四条を見てみると、何か悟りを開いた様な表情をしている。照れている様子はない。
「――てか、冬馬普通にアウトじゃない?」
「序盤からニヤついていた。六堂くんの負け」
「なっ!? そ、そうだったか!?」
眼鏡クイを繰り返す冬馬はらしくない。相当効いてるな。
「あははー。冬馬君の負けー」
「ぐぬぅ……。純恋に負けるとは……。不覚だ」
「あっはっは! 修行が足らんのだよ」
四条は何となく無理に笑っている様な気がしたので、何か声をかけようと思ったが、次の瞬間、小悪魔的な笑みを浮かべる。
「――さっ! 次は許嫁っプルだよ!」
パンパンと手を叩いて言い放つ。
「い、いやー、お、俺らは……なぁ?」
「不必要」
二人して遠慮しようとするが「ああん?」と二人は邪険な顔つきに変わる。
「何を寝ぼけた事言っているんだ。な? 純恋」
「そうそう。あたし達にやらせて自分達はやらないなんて事ないよね?」
二人の攻めの言葉に何とか逃げ道を探す。
「あー。俺、そういうパリピのノリって苦手系男子なんだよな」
「やかましっ! さっき純恋と思いっきりやってたろ!」
「私、ノットパリピ。このゲーム向いてない」
「一番向いてるよ! 汐梨ちゃんが一番向いてるよ!」
どうやらRPGのボス戦の如し、逃げれないみたいだ。
「早く向かい合って!」と二人の声がシンクロしたので、俺達は諦めて椅子を向かい合わせる。
シオリと向かい合い座る。
いつもご飯を食べる時は向かい合っているし、ソファーで隣に座って過ごしたりしているので別段珍しい光景ではない。
だが第三者に見られている。これによって俺の思考回路はいつもより敏感に働いてしまい、心臓が加速する。
失礼な言い方かも知れないが見慣れた綺麗な顔が、今、この瞬間、とんでもなく美しく見える。
例えるならば、雪原に咲く花のように美しく、桜吹雪と共に舞いふる粉雪の様に幻想的で儚い。
――惚けている場合ではないか。先手を打たれたら俺は必ずニヤけてしまうだろう。
ここは先手必勝という言葉がある通り、先に仕掛けさせてもらう!
「シオリ――」
「まずは小次郎からか」と冬馬が見つめてくるのがわかり「さ、何いうのかな?」と興味津々で四条が言い漏らす。
「いつもありがとうな」
ジャブ代わりの一言を放つとシオリはピクリとも反応しなかった。
「もう終わり?」
「キャパシティがしょぼいな……」
やはり、これで終わらせてくれるほどギャラリーは甘くはない。先程の二人位の事は言わないといけないだろう。仕方ない、恥ずかしいがそれは先の二人も同じだ。俺もその波に乗る。
「最初、シオリと許嫁って聞いた時は驚いてどう接して良いかわからなかった。でも、一緒に暮らしていくうちに一緒なのが当たり前になってたからクラスが離れた時、気持ちに穴が空いたみたいな気分になったよ。だってシオリが教室にいないんだ。俺……寂しいよ……」
情に訴える感じで勝ちに行く。まぁ本心だが……。
そんな俺の台詞に対してシオリはプイッと視線を逸らした。
おいおいそんなのアリか。
そう思いながら二人を見ると、冬馬と四条がお互いを見合って何か喋っていた。
こいつら見てねーな。くそ……。まだ続けろってか。こうなりゃとことんやってやらぁ。
「それでも!」
刮目せよ! と言わんばかりの気合いが入ってしまい、大きい声が出てしまうと三人がこちらを注目する。
「クラスは離れてもいつも側にいてくれる。ずっと側にいてくれる。いつも側にいるから分かるよ。俺達は許嫁なんて肩書きがなくても上手くやれてた。仲良くなれてたって……。だから――って、どしたよ?」
熱くなって夢中で恥ずかしい台詞を放っていると、途中でシオリがいきなり立ち上がり、俺の手を引いて立ち上がらせた。
立ち上がるとシオリがいきなりギュッと抱きついてくる。
「コジロー……。だぁいすき」
シオリの温もりを布越しでも感じて、上目使いでシオリの声ではないようなとろけそうなほどに甘い声を出されて「え……? え……?」と気が動転してしまい顔がニヤけてしまう。
「ふっ。チョロいもの……」
まるで一仕事終えた仕事人の様に言ってシオリは着席する。
「ちょ……。今のあり?」
二人に助け船を出すと「まぁ」とか「ルールは特にないからね」なんて返答をされる。
いやいや、いきなり抱きつかれたら誰でもニヤけるだろ。
「はぁ……」
恥ずかしい台詞を並べて頑張って喋ったのにシオリの一撃でゲームに幕が降りてしまう。
あんなんどうやって勝てっていうんだ……。チートだろ……。
「それで小次郎?」
「うんうん。どういうことかなー?」
ニタニタと笑いかけてくる二人に俺は少し照れながら言い放つ。
「いや、どうもこうも相手を照れさせるゲームだろ? お前達だって恥ずかしい台詞言ってたけど詮索しなかったろ? 俺だけって酷すぎない?」
「確かにそうだが」
「流石に『一緒に暮らしてる』っていうのはねー」
「あ……」
つい熱くなって言ってたな。俺……。
「一色君。どういうことなのかなー?」
「なるほどな。だからこの前来た時様子がおかしかったのか」
「あ、あははー」
「さ! 吐いてもらおうか」と重なる二人の声に「バーカ……」とシオリの追撃が聞こえたのであった。




