慈愛都雅の天使様は困っている
ゴールデンウィーク何てなかったんや……。
大型連休はシオリとアウトレットパークに行っただけで終わってしまった。
前々からもっと予定をたてていればこんな事にはならなかっただろうに……。
しかし、うじうじしていても仕方ない、夏休みはこんな事がないように計画をたてて過ごすとしよう。
何て悠長な事を言っている暇は我々学生にはない。
この五月病の最中に行われる中間テスト。それがもう目前まで迫ってきていた。
まぁ……正直、日々の勉強を疎かにしていない俺からすれば大したことはないだろう。
しかし――。
「うゎぁーん! 一色くーん!!」
朝、教室の自分の席に座ろうとするなり慈愛都雅の天使様が泣き声で俺の席にやってくる。
「どうしたよ……朝っぱらから」
「どうしたもこうしたも靴下もないよ」
「いや……お前……やっぱりギャグのセンス――って……」
俺は四条の足元を見た。
「マジで靴下履いてないじゃんかよ!」
「今言ったでしょ」
「いやいやいや。靴下履き忘れる女子高生がいるかよ」
「そんな事はどうでもいいの」
「お前が良いなら良いけど……。どうした」
ようやく本題に入る。
「中間だよ中間! 中間テスト!」
「だなぁ……」
しみじみと頷いて腰を下ろした。
「そんなお爺ちゃんが昆布茶を飲むみたいにのんびりしてる場合じゃないよ! このままじゃ大変なことになる!」
「大変なこと?」
四条は大袈裟に頷くと説明してくれる。
「このままじゃあたしの夏休みが無くなってしまう!」
遠くの窓の外でカラスが鳴いた。
「良かったじゃん。ただで夏講習が受けられて。ラッキー!」
ピースサインを送り俺はスマホを取り出して操作する。
「クッキー、モンジャやきじゃないよ!」
「えらく古いの知ってんのな……。しかもあえてそっちとは……。――まぁ夏講習を受けれない奴も世の中にはいるんだ。この夏を機に成績アップを目指せば?」
相手にせず適当なことを吐くと、四条が悪い顔をした。
「ふふふ……。良いのかね? そんな態度で」
「根が良い子だから悪い顔ができていないな。しかし、良いだろう。聞こうじゃないか」
「許嫁が悲しむよー……。夏にあたしと遊べないと……。良いのかね? それで……」
「それは――!!」
一瞬焦ったが冷静になった。
「うん。脅し方にインパクトがないな」
「ちっ。通用しないか」
わざとらしい舌打ちをした後に四条はパンと手を叩いてくる。
「お願い! 勉強教えて!」
言ってきたのはシンプルな言葉。
てっきりカンニングの手伝いとかそんなん想像したわ。
「なんだ……そんな事か……。それならそうと最初から言えば良いのに」
「あはは。ちょっと焦ってて」
「まぁ靴下履き忘れるくらいだしな。――ん? でもよ、それこそ冬馬と――」
言いかけると四条が苦笑いを浮かべる。
「同レベだよ」
「ですよねー」
こちらも苦笑いを浮かべた後に「まぁ四条が俺で良いなら」と言っておく。
「わぁい。――それじゃあ汐梨ちゃんも呼んで良いよね?」
「ん? そりゃ良いけど」
「じゃ、じゃあ……。冬馬君も呼んで良いかな?」
彼女の言葉に笑みが溢れてしまう。
「――それが目的か」
「あははー。どうかなー」
「ま、良いけど……。どうする? 場所とかは」
尋ねると四条がこちらを指差してくる。
「一色君の家は?」
俺は苦い顔をしてしまった。
「えー。俺の家……」
「うん! 一人暮らしなんでしょ? 同い年の人の家ってかなり気になる」
「そんな大層な物じゃないっての。俺の家より部室とかは?」
「テスト期間中は使用禁止」
「じゃあ――」
俺がそう言うと四条はスマホを見してくる。
「『小次郎の家に行くわ』らしいね」
「いつの間に」
「ふふ。先の会話のうちに早打ちしておいたのだ」
「さすが女子高生。スマホの操作は一流か……。――って、マジで俺の家?」
「良いでしょ? Hな本とかあるの?」
「ねーよ。今の時代にあるかよ。今はスマホだろ」
言うと四条がジト目で「フゥン」と見てくる。
「それシオリちゃんが聞いたらどんな反応するか……」
「あ、マジで言わないで……」
「どうしようかなー。家に入れてくれたら口が固くなると思うなー。それまでぶよぶよだよー。お口ぶよぶよだよー」
「この小悪魔天使様め!」
「堕天使的な?」
「堕天使様め!」
「いちいち言い直さなくても……。――ま、それじゃあ今日の放課後三人で行くね」
「きょ!? 今日!? いや、それは――」
言葉を続けようとした俺の台詞を朝のチャイムがかき消した。
「それじゃあ放課後にねー」
そう言い残して四条は自分の席に戻って行った。
まずいな……。これは俺とシオリが同居している事がバレるフラグだ。なんとか折らないと……。
何か策を考えていると、教室に入って来たのは担任の三波先生――ではなく、生徒指導のヤーさん先生が入ってきた。
肩で歩いて、いかにもオラオラなおっさんのヤーさん先生は出席簿を教卓におくといつものいかつい口調で喋り出した。
「あー……三波先生やけど、ちょっと体調が悪ぅて休みよったわ。やから今日は代わりに自分がオンドレ達の出席とることになったから取るわ。あれやな……オンドレ等も我がの体調気ぃつけて、しんどなったら遠慮なく自分ら教師に言うたり、連れに言ったりしぃな。自分の内面は言わな誰もわからへんからな。ほんじゃ出席、一色」
「はーい」
「んー岩谷」
そうか……。三波先生休みか……。最近あの人調子悪そうだったもんな。大丈夫だろうか。




