許嫁とアウトレット②
バスに揺られる事約一時間。
薬のおかげで無事、酔わずに目的地へ到着する。
「うわぁ……」
到着したアウトレットパークの様子を見て俺は嘆きの声を漏らしてしまった。
バスは結構空席があったので、もしかしたらゴールデンウィークなのに空いてる? なんて思ったのだがそんな事は無かった。流石大型連休、ちゃんと混んでいる。
「最初はどこから攻める?」
めちゃくちゃ広い敷地内に多数のブランドがお手頃価格で並ぶアウトレットパーク。
今、パッと見ただけでも店の前に『八十%OFF』『二着目半額』なんて看板が見える。
「序盤からメインに行く」
「なるほど。シオリは好物を先に食べるタイプか」
「いや……。普段なら絶対にしない。しかし、今回に限ってはその禁断を破り捨てる!」
「おおー」
まるで獲物を狙う野獣の様に目をキランと光らせる。
「それで? メインというのは?」
「こっち。付いてきて!」
珍しく覇気のある声を出すシオリの背中に付いて行くことにする。
直通バス乗車口の入り口から正反対の方へ人混みをかき分けて向かう。
そして、辿り着いた先に待っていたのは――。
「なるほど」
シオリが好きな魔女っ子アニメのショップだ。
俺にカミングアウト――というにはいささか大袈裟だが、隠していた事を打ち明けたからこそ俺となら行っても良いという判断を下したのだろう。
それなら喜ばしい事だな。
「むっふぅ」
「シオリさんシオリさん。鼻息が馬並みですよ」
「しったこと……。この状況で興奮するなと言う方が無理」
鼻息を荒くしてハァハァと呼吸が乱れている。
こんな姿を学校で見したら、みんな失望するんじゃ? 逆にこの姿を見てもらい男子には失望してもらうのもありか?
「コジロー! 早く並ぶよ!」
「並ぶ?」
言われてみると、店の前には長蛇の列が出来ており、スタッフらしき人が『最後尾』と書かれたプラカードを持って向こうの方に立っていた。
「もしかして入場規制してる系」
「してる系」
そう言ってシオリは入り口を指差した。
すると入れ替わりで並んでいた人が入る。
「はっはーん。かなり時間かかる系ね」
「かかる系」
一体何分位待つのだろうか……。いや、並んでる人の数と、出てくる人の数から、もしかしたら一時間、二時間の可能性も出てくる。
待つのはあまり好きじゃないが――。
「むっふぅ」
シオリが楽しそうだし、ま、いっか――。
――待つ事数十分が経過していた。駄弁ったり、スマホをいじったりして時間を潰すが、一向に進む気配がない。
先程調べたのだが、このショップは期間限定らしく、今の時期にしかやっていない。その為、シオリを含めたファンは何時間でも待って入りたいという訳だ。
「な? 俺、このアニメって詳しくないんだけど……。やっぱり魔女っ子が登場して人助けをする。みたいな話なの?」
折角来たのだから、ちょっとでも知識があった方が楽しめると思いシオリに問うと、彼女はいじっていたスマホをポケットにしまい目を光らせた。
「そうだけど違う」
「というと?」
「確かに魔法を使って人を助けたりとか、悪戯とか、魔法がメインの話が多い。でも、着眼点はそこじゃない」
「ふむ……。目の付け所は?」
「リアルな人間関係かな」
「人間関係? ――って、これ小学生向けのアニメだよな?」
聞くとシオリは頷いた。
「基本的には明るい話が多い。仲間と一緒に笑いながらの魔法を使う日常系」
次に「でも」と彼女は否定する。
「小学生ながらに、失恋の模様を描いたり、友達との友情にヒビが入ったり、いじめの問題だったり――そういったリアルな所も描いている」
「お、おお。重い所もいくのね。そういうのを魔法で解決するって事?」
「そういう時もあるけど……人間関係の時はほとんどは使わない」
「え? 使わないの?」
シオリは嬉しそうに頷いた。
「魔法を使わなくてもソラちゃんはみんなの人気者なんだよ」
いきなり出てきた固有名詞は恐らくはアニメの主人公なのだろうと予想して黙って彼女の言葉を待つ。
「ドジでおっちょこちょいで成績悪くて、運動音痴で――でも不思議とみんなの輪の中心にいるの。そのひたすらに明るい性格と一生懸命に人と向き合う姿勢で問題を解決する箇所の方が多い」
「なるほどな。魔法がなくても出来るって事を子供達に伝えるアニメってか」
「そう解釈してる」
彼女はボソリと言い放つ。
「私はソラちゃんになりたかった……」
呟いた後に少し間を空けた後に「あはは……」と苦笑いをする。
「流石にアニメのキャラになりたいってこの歳では痛いよね……」
「そうかな?」
別に俺がシオリを好きだから彼女をフォローする訳ではなく、自分自身の思った事を彼女に伝える。
「例えば、エジソンに憧れてる人がいるとして、それって事は発明家に憧れてて、将来発明家を目指してるのかな、目指すものがあるって素晴らしいなって思う。でも、エジソンに憧れてる人がアニメキャラに憧れてる人を馬鹿にするのは間違いだ。エジソンだってソラちゃんだって実在しない人物なんだから。そりゃエジソンは大昔に生きていたと思うけど、その時の彼を知る人は今はいない訳だ。彼の功績が現代まで伝わってきたのはようはまた聞きだろ? どっかの誰かが簡単に捻じ曲げられるもんさ。だから俺からすればどっちの人物も架空の登場人物だよ」
長々と自分の見解を述べるとシオリが意見してくる。
「じゃあ今生きている人が憧れの人には馬鹿にされるって訳だよね」
「いや、まぁ……それは言葉のあやというか……。俺が言いたいのは、憧れの対象は何でも良くて、要は『どうなりたいか』って事だよ。シオリならソラちゃんみたいになりたいって思ってるって事だから、それを痛いだのなんだの言うのは間違ってるって事」
「そう」
俺の熱弁をいつもの二文字で片付けられてしまう。
「――って事はドジでおっちょこちょいで成績悪くて、運動音痴になりたいと?」
「ち、違うよ。そっちじゃない」
「あはは。そりゃそうか」
それだったら真逆いってるなぁ。
「まぁ最近のシオリはソラちゃんに近付いてるんじゃない?」
そう言うと少し嬉しそうな顔をして「そ、そう?」と声を零した。
「ソラちゃんの事あんまり知らない俺が言うのも偉そうなんだけどさ……。初めて見た時と比べると断然明るい雰囲気だし、それに友達いないって言ってたけど、四条とか冬馬とかとお昼一緒に食べるようになったし、四条と何て結構一緒にいる時間長いじゃん。それに多分だけど四条の相談とか乗ってあげてるんだろ?」
知らんけど。と思いながらも、女子が二人で話し合うなら恋愛話が絡んでくるだろうと予測して聞いてみる。
「うん……。うん! そうだね。私、純恋ちゃんの相談をソラちゃんみたいに相談に乗ってあげてる!」
「無意識に近付いてるって事だ。――そしてショップへの道もな」
「え?」
シオリはパッと前を見る。
気が付けば、次に誰かが出て行ったら入れるみたいだ。
そして、その時が来て「お次のお客様どうぞ」とスタッフに案内されるとシオリは「行くよ!」と気合いの声を出すと共に中に入って行った。
♢
「いや……改めて思うけど……買ったなぁ……!」
帰りのバスに乗り込んで、指定された座席に向かい、荷物を上にある棚に置きながら再度思い返す。
ショップに入ったシオリは店の物を全部買う勢いでカゴに商品を入れていた。その姿は見ていて気持ちが良かったのだが、お金は大丈夫なのだろうか、と心配であった。
あらかた見終わってレジに行くと、女子高生が簡単に払える値段じゃない会計に俺は目ん玉が飛び出しそうになったのだが、彼女は何処からそんな金があるのか、大量の札束を店員に渡していた。
「こういう時にお金は使う物」
「賢い使い方だな」
笑いながら窓際の席に着いて思い出す。
しまった、酔い止めを飲むのを忘れていた。
しかし、ここで飲めばシオリにバレてしまうだろう。だが、乗っていて気持ち悪くなった方がダサいので、恥を忍んで酔い止めを取り出して飲む。
噛み砕くタイプの酔い止めの薬なので水は不要である。
「それは?」
やはり気が付いたシオリが聞いてくるので、俺は苦笑いで答える。
「あー、俺、結構車酔いするタイプだからさ、ま、一応な」
言うとシオリは少ししょんぼりした表情になる。
「あんまりバスは使わない方が良かった?」
「いやいや、そんな事ないそんな事ない」
思いっきり手をブンブンと振り否定する。
「でも……今回は私だけ楽しんで……。コジローは酔いやすいのに付いてきて――」
シオリが気を使った事を言いそうになったので頭に手を置いて強制的に止める。
「だはは! 大丈夫だっての! 見てて楽しかったから!」
言いながら乱暴に撫でると「あ、やめて」と笑いながら言われる。
「おりゃ! おりゃ!」
更に続けると「もぅ……髪の毛が……」と少し怒った声を出してきたので、俺は手を離す。
そして、手ぐしで髪を整えているシオリに言ってやる。
「今日は凄く楽しかったよ。シオリの憧れの人も聞けたしな」
「うう……」
シオリは恥ずかしくなったのか、深く座った後に目をつむり狸寝入りを始めた。
「おーい。シオリー?」
「返事がないただの屍のようだ」
「意外とそういうの知ってんだな」
俺の返事には答えずにシオリは目を瞑ったままだった。
バスが出発して数分。スマホを見ていると酔うから窓の外をボーッと眺めていると、肩に何かが当たった。見てみると――。
「シオリ……?」
肩の上にはシオリの頭が乗っており、小さく寝息が聞こえる。
「あのままマジに寝ちまったのか……。ま、珍しく興奮してたし、疲れたんだろうな」
俺の肩で良いならいくらでも貸してやる。
そう思いながらも、彼女の甘い匂いと薬の効果で俺も眠たくなってきた。
「借りるぞ……」
シオリの頭に俺の頬辺りを乗せると、段々と意識が遠くなっていき、俺はそのまま微睡の世界へと誘われた。
夢は見なかったけど、到着まで心地よく過ごす事が出来たのであった。




