許嫁の事が知れた
家に好きな人がいる。
今までそこまで強く意識していなかった。
――と言えば嘘になる。
これほど可愛くて、美人な女の子だ、意識してなかった訳ではない。意識しないようにしていたというか……。深く考えないようにしていた。
意識してしまえば、俺も男だし何をするかわからないから――。
しかし、彼女の事を意識し始めて、自分自身の想いに気が付いた時、自分が置かれている状況にかなり戸惑ってしまう。
「俺……朝までどんな風に喋ってたっけ……」
ソファーに深く座り天井を見上げて呟いた。
朝の俺はどんな感情でシオリと接していたのか、今朝の事なのになんだか遠い昔の様に思えてしまい、思い出すことが出来ない。
そんな俺の嘆きに近い呟やきの後に、軽く視界に湯気が見えたのでパッと後ろを振り返る。
風呂上がりの寝巻き代わりにジャージを着ているシオリの姿があった。
見慣れた姿のはずなのに出てくる感情は――。
「可愛すぎるだろ……」
つい言葉に出てしまう。
しかし、彼女はヘッドホンをしており、曲が流れているのか、聞こえている様子ではなさそうだ。
そのまま当然の様に俺の隣に座り持っていた本を読み出した。
これも……よくよく考えたら……やばいよな……。
好きな人が当然の様に隣に座ってくれる。
これって何か……もー……えぐい……。あーやばい……。尊い。シオリ尊いな……。
言語力が低下した思考の中、俺は無意識に彼女を見つめてたみたいで、シオリが気を使ってヘッドホンを首にかけてこちらに首を傾げてくる。
「どうかした?」
どことなく優しい声に俺は「いや……」と狼狽えてしまう。
まさか、見惚れていた、なんて事を本人に言う訳にもいかないし、しかしここで黙秘権を行使すると怪しまれる。
「相変わらず何の曲聞いているのかなー? って」
苦しまみれに出たのは、一年生の時から質問し続けている薄っぺらい内容。
しかし、何の違和感なくシオリに聞けた事を自分自身に褒めてやりたい。
「えー……。秘密だよ……」
そう言ってヘッドホンのスピーカー部分を触りながら恥ずかしそうに返されてしまう。
毎度同じ答え。
それに対して少し残念な――というか、拗ねた感情が生まれてしまう。
「――俺はそこら辺の男子と同じか……」
「――え?」
シオリが驚いた声を出したので、こちらも驚いた声が出る。
「もしかして……口に出てた?」
「うん。思いっきり……」
「あー……」
駄目だな今日の俺……。シオリの事に関して思った事が口に出てしまう。
「そこら辺の男子と同じって?」
当然の質問に、隠す事なく俺は答えた。
「いや……。冬馬から聞いたんだけど……今日シオリ好きな音楽をクラスメイトに聞かれたって言ってから……。それに対して教えてないみたいだったからさ……。その……俺も同じ扱いと思うとちょっと――」
「ふぅん――。ふふ……」
「なんで笑うんだよ」
「いや、コジローが可愛いと思って……」
「可愛いて……」
好きな女の子から可愛いと言われるのは何とも微妙な気持ちだ。
シオリは「やれやれ仕方ない」と呟いて、ダイニングテーブルの上に置いてあるスマホを取ると、壁にかけてあるスクールバックから有線のイヤホンを取り出した。
イヤホンをスマホに取り付けながらソファーに戻って来ると片方を俺に渡してくる。
「笑わないでね」
「あ、ああ……」
俺が左耳にイヤホンを付けると、シオリも右耳にイヤホンを付けてスマホを操作する。
「――コジローがそこら辺の男子と同じ訳ないじゃん」
「え? それって――」
どういう意味?
そう聞く前に左耳から流れる曲に驚愕してしまう。
「こ、これは……」
昔に流行った魔女っ子アニメの有名オープニング曲。
カラオケのアニメランキングに長い事ランクインするほどの有名曲だ。
俺はシオリの顔をジッと見てしまう。そして――。
「ククク……」と笑いが込み上げて「あっはっはっ!」と笑いが溢れてしまう。
「わ、笑わないって言ったのに……」
「ご、ごめんごめん……。いや、違くて……。別にバカにしてるとかそんなんじゃなくてさ」
シオリの事だからクラシックとか聞いているのだとばかり思ってたからなんだかすごく……安心した。
「コジローのウソつき……」
頬を膨らまして可愛く怒るシオリに自然と腕が伸びて頭を撫でる。
「違う違う。本当に……クク……あはは!」
「頭撫でても許さないから」
「そう言うなって」
くしゃくしゃと強めに撫でると「お風呂入ったばかりだからやめてよ」と言いつつも俺の頭撫でを受け入れてくれる。
「――あのさ……。もしかしてずっと読んでる本って――」
俺が聞くとシオリは体育座りをして、少し拗ねた感じで答える。
「これの続編のラノベ」
「ラノベ……」
「――ちょっと……! 何で今のタイミングで頭撫でるの?」
「いいからいいから撫でさせろ」
「うう……。コジロー如きにバカにされている……」
「バカにはしてない」
「じゃあ何?」
お前の事が愛おしいからだよ!
なんて言えたら良いけど、そんな恥ずかしい台詞言えるはずなく俺はニヤニヤしながら頭を撫で続ける。
「何で気持ち悪い顔しながら撫でてくるの?」
「そんな気持ち悪いやつに頭撫でられるのが好きなんだろ?」
「ま、まぁ……」
「じゃあ黙って撫でられてなさい」
「うう……。今日のコジロー何か変」
「変だなー。あははー」
シオリは「うう……」と唸りながらも素直に撫でられていた。
今日は彼女の事が知れてますます片想いに拍車がかかってしまったみたいだ。




