慈愛都雅の天使様の秘密
「ここは図書室です。我が校では漫画や雑誌、CDの貸し出しなんかもしていますよ。それとテスト前の勉強にピッタリの場所。落ち着いた空間で勉強して成績アップ! 一度足を運んでみては如何ですか? もしかしたらお気に入りの場所になるかも――」
「――はーい。オッケー」
流石は四条。慣れた様な言い方で台詞をスラスラと読み上げる。
あまりにもシオリが酷過ぎたので四条と変わってもらったのだが、天と地程の差があるな。
見返す必要もないのだが、何となく先程撮った映像をビデオカメラで見ていると「上手く撮れた?」と俺と顔を近付けてくる。
う、うおっ!
頬が擦れ合う程の距離に四条の顔があり、反射的に避けてしまった。
そんな俺の反応に「あ……」と声を出す。
「ご、ごめんなさい。つ、つい、いつもの癖で……」
いつもの癖? いつもの癖とはどういう意味だろうか。
「ど、どう? 上手いことイケてるかな?」
考えていると四条が次は距離をある程度取ってビデオカメラを覗く。
「あ、ああ……」
俺は咳払いをして、仕切り直すようにビデオカメラを彼女に見やすい様に角度を傾ける。
「一色くん的にはどうかな?」
「うん。上手い事台詞も言えてるし、学校案内何だし、これで良いかなって思うけど」
「だよね!」
俺の答えに少しだけテンションの上がった様な声を出す四条。
「学校案内なんだから別に普通に台詞言えてたら良いよね!?」
「ま、プロじゃないしな」
「そうだよね! ――でもね、冬馬君うるさいんだよねー」
「あー。あいつはやるからには凝るタイプの人間だからな」
「ホント……スパルタなんだよ。――『今の台詞は抑揚が大事だ』とか『音程がズレたな。もう一回』とかさ――。カラオケか! ――って思っちゃうよ」
そう言って冬馬の事言う四条の顔はどこか嬉しそうな――そんな顔をしていた。
♢
「お疲れさん」
図書室の後に食堂に行き、同じ様な台詞を言ってもらい、一段落したので、中庭の自動販売機の所に設置されているベンチにて小休憩。
今日も冷えるので、温かい飲み物をと思い、四条にあたたか〜いカフェラテをプレゼントすると「わーい。ありがとう」と無邪気に受け取る。
俺も四条の隣に座り一緒に買ったコーヒーを開ける。
コーヒーは少し苦手だが、女の子の前だからイキって買ってしまった。本当は真冬でもキンキンに冷えたコーラ派なんだが――ま、今日も寒いから良いか。
「残りの撮影は?」
苦手な飲み物をいかにも、いつも飲んでますよ、みたいな雰囲気を出しつつ飲みながら聞く。
四条は心底美味しそうにカフェラテを飲みながら答えてくれる。
「今日はおしまい」
「今日は?」
何だか嫌な予感がして聞くと四条は苦笑いして答えてくる。
「あとは……部活関係かな……」
「うげ……。部活って……。結構な量があるんじゃないのかよ」
「全部の部活じゃないよ。代表的なのと、あまりメジャーじゃないのを少しだけね」
「つまりは、後、数日は手伝え……と?」
「そうなりますね」
「まじかよ……」
勝手に一日だけと思ってたから、肩を落としてしまう。そう言えば、今日だけ、とは一言も言ってなかったな。そこは俺のはやとちりだが――。
「良いじゃない。許嫁も一緒なんだし」
「何か勘違いをしているかもしれないが、俺達は別に恋人とは違うんだぞ?」
「一緒の様な物でしょ?」
「全然違うっての。そもそも許嫁ってのも、親が勝手に決めただけで――」
「でも、二人を見てると仲良さそうに見えるけど?」
「そりゃ、何やかんやで一緒に住――」
俺はハッとなり「コホン!」と大きく咳払いをすして言葉を直す。
「そ、それを言うなら、随分と冬馬と仲良く見えるが?」
ここに来て、先程、中野さんと話題になった事にすり替えてやる。
姑息な手段かもしれないが、そこは姑息な父親の血を引き継いでしまったのだ。有効活用させてもらおう。
「さっきも、冬馬の事を話している時、嬉しそうというか、楽しそうな感じだったけど?」
さぁ! 照れて「こ、この話題おしまい! 部室帰ろ!」なパターンになれ! そして、俺の話よかき消されろ!
――だが、予想に反して、四条はこちらを何だか見透かしたような――余裕があるような――。そんな表情で俺を見てくる。
「そりゃそうだよ」
四条は手を組んで前に伸ばしながら、まるで呼吸をするかのように言ってくる。
「だって、あたしは冬馬君の事が好きなんだから」
「――え……」
――コン。
持っていた缶コーヒーを落としてしまい、地面に茶色い液体が溢れ出してしまう。
いきなりの発言に驚きすぎて手に力が一瞬抜けてしまった。
「あー。勿体ない」
優しい四条はそれを拾ってくれて、軽く振ってから中に何も入ってないのを確認すると「捨てるね?」と聞きながら、こちらの答えを聞かずにゴミ箱に捨てた。
「――え? 付き合ってんの?」
ゴミ箱の方を見ながら問うと、笑いながら否定する。
「付き合えたら夢みたいだね」
言いながらベンチに戻ってくる。
「片想い?」
「うん……」
四条は恥ずかしそうに小さく頷いた。
「つまり、あいつは気がついていないってか」
「どうだろう……。結構アピールはしてるつもりなんだけどね。冬馬君が映画研究部に入ったから入ったり――」
「え!? そうなの!?」
「そうだよー。あたし別に映画とか興味なかったけど……。ま、今じゃ部活のおかげで興味は出て来たけどね」
四条って結構ガツガツ系なんだな……。
「――あとは……冬馬君だけ名前呼びだったり、顔近づけたり――」
説明の中で「あ」と何か思い出すと、俺に教えてくれる。
「さっきの癖って言うの――冬馬君と撮影した時にいつもしてる事なんだよ」
「顔近づけてアピール?」
「そうそう。あはは……。ちょっとあざとすぎるかも」
「ま、まぁ……。ちょっとな」
苦笑いで答える。
「――でも……。冬馬君、全然気がついていないっていうか……」
「うーん。流石に鈍感キャラじゃないから、気がついても良さそうだが……」
「多分――」
四条は何か言いかけて、すぐに手をパタパタと振って「あ、何もない」と首を横に振る。
「――でも、良かったのか? 俺にそんな事言って」
「うん……。一色君の――一色君と七瀬川さんの秘密知っちゃったし、これで、おあいこでしょ?」
「おあいこか?」
そっちの方が恥ずかしいと思うのだけど――。
「――それに、冬馬君と仲の良い一色君に手伝ってもらおうと思って」
「あ……。そっちが本音だろ?」
「あはは。バレた?」
愛らしく笑う彼女に溜息が出てしまう。
「――ま、良いけど。手伝うったって、俺も付き合った事なんておろか、告白だってしたことないぞ? そんなやつが役に立つとは思えないけど?」
「大丈夫。上手い事利用させてもらうね」
「物凄い可愛い顔で、物凄い腹黒い事言われると、違和感がすごいな」
「あ、でもでも、そんな大変な事じゃないから。本当に」
必死にそう言い訳する彼女は、さすがは慈愛都雅の天使様と言うべきか、悪者になりきれないみたいだ。
そんな彼女を見て、俺は爆笑してしまう。
「あっはっは! ま、まぁ、上手い事利用してくれ」
そう言いながら立ち上がり「そろそろ戻ろう」と声をかけると「一色君」と呼ばれる。
「この事は、秘密にしてね。誰にも言ってないから」
「分かってる。四条だって俺達の事黙ってくれているんだ。絶対誰にも言わない」
キメ顔で澄ました声を出す。
「――あ……。七瀬川さんには言った方がいいのかな?」
「おいおい。今の俺のかっこいい感じの約束な雰囲気返せよ」
「えー。でも……一色君の秘密と七瀬川さんの秘密って=でしょ? だったら、七瀬川さんにも言わないと不公平になるかも」
「――任せるよ。四条の事だし」
「分かった。――うん! 言おう! 七瀬川さんにも!」
言うんだ。
ま、シオリは口が固い――固い? この前の事を思うと墓穴を掘るタイプだが――。ま、まぁ、故意には言わないから、本人が良いって言うなら止めはしないさ。
しかし、俺の話から遠ざけようとしたら、とんでもない秘密を知る事になったな。




