許嫁は普通の女の子
いつもより少し長めです
シオリのお母さん――琴葉さんを招き入れて、四人がダイニングテーブルに着席する。
シオリの隣にお母さんが座ると――本当にそっくりだ。
――いや……二人が並ぶと琴葉さんは何処か大人の女性の様な雰囲気があり、まだシオリは垢抜けていない様な感じがするな。並ばないと分からないけど。
美魔女って奴かな?
「琴葉だけ? 太一先輩は?」
母さんが聞くと、シオリでは絶対見ることもない苦笑いで「いやー」と頭を掻きながら答える。
「あの人帰り際に中学? の友達とばったり会って話長くなりそうだから先に来ちゃったっすねー」
かなり違和感である。
シオリの顔して、なんか喋り方が親しみのある喋り方をしている。
「中学かー。私達の守備範囲外だね」
「そうなんすよー。誰? 誰? ってなったすよー」
琴葉さんは笑いながら言った後にキョロキョロと辺りを見渡して聞いてくる。
「それを言うならヒロ先輩は? もしかしてトイレっすか?」
父さんを先輩呼び、母さんに敬語――敬語とは呼べないけど――。
そして父さんと母さんは同い年でシオリのお父さんを先輩呼び――。
つまりは――シオリのお父さんが一番年上。次いで俺の父さん、母さん。そしてシオリのお母さんが一番年下の後輩なのだろう。
「ふふ。当たり」
「相変わらず胃腸の弱い設定の先輩っすねー」
親同士は笑い合い、子供達は置いてけぼり。
それに気が付いたのか、琴葉さんが俺の顔を見て喋りかけてくる。
「コーちゃん。覚えてる?」
自分の事を指差してニコッと笑いかけてくる。
「あ、すみません……。ちょっと……」
向こうは覚えているのにこちらが覚えてない事に引け目を感じて申し訳ない声が出ると明るく笑って答えてくれる。
「そりゃそうだ。十年前に一回会っただけだし。でも、残念だな。一緒にお風呂入ったのに」
「そ、そうなんですか……」
琴葉さんは悪戯っ子っぽい笑みを浮かべて言い放った。
「『お母さんよりふかふか』って言って私の胸に顔を埋めてたんだよ」
「――ぶっ!」
つい吹き出してしまうと、シオリがこちらを視線だけで殺せる様な見下した目で見てきているのが分かった。
変態だとゴミを見る目――怖すぎる……。
「流石は我が息子。変態ね……。変態のサラブレッドだわ」
母さんがしみじみと頷きながら言ってくる。
「何を言ってるんだ! あんたは!」
この実母は人様の前で何を言ってくれんだ。
「あはは! 今は汐梨にそんな事してるのかな?」
「するかっ! そんな事するはずないでしょ!!」
否定すると琴葉さんはポンと手を叩いて「なるほど」と何かを理解する。
「汐梨にはそれをするほどの胸が無いか!」
「うるさい」
流石のシオリも親にそんな事を言って怒っている様子である。
「あれ? もしかしてムカ着火ファイヤー?」
「激おこぷんぷん丸」
あちゃー。やっぱりこの人、父さん達の後輩だわ。言い回しが少し古い。
「怒るなよー。ねるねるね○ね買ってあげるじゃん」
「いらない」
「分かった。う○い棒が良いのか?」
いやいや、駄菓子で女子高生の機嫌取れないだろ。
「コンポタ味」
「オッケー」
良いんだ……。しかもコンポタ味が好きなんだ……。
「――それにしてもヒロ先輩長くないっすか? まぁ大の時はいつも長かったっすけど」
「そうね。このままじゃお尻が二つに裂けちゃうわね」
「もう、ミィ先輩。人間は既に裂けてますよ」
「あらやだ! あはは!」
そんなくだらい下ネタで笑い合うおばさん二人に対してシオリが母さんに向かって「すみません」と声をかける。
「トイレお借りしても良いですか?」
「あ、うん。それじゃついでにヒロくんの様子見にいきましょうか。まだ立てこもってたら叩き出してあげないと。――行きましょ汐梨ちゃん。こっちよ」
母さんとシオリが立ち上がりリビングを出て行った。
――母さんが父さんを『ヒロくん』呼び……。かなりの違和感があるのだが……昔はそう呼んでいたのだろうな……。
旧友と会ってつい出てしまったのだろう。
「あはは。お父さんは相変わらず胃腸が弱いんだね」
「昔から何ですか?」
「そうだよー。設定だけどねー」
「設定?」
聞くと琴葉さんは笑いながら教えてくれる。
「『お腹痛い』って嘘付いてトイレに駆け込んで練習数時間サボるとかざらだったね」
何という姑息な父親だ。
――という事はあれか? さっきのも嘘かよ。とんでもない父親だな。
「――コーちゃん。ごめんなさいね」
いきなり琴葉さんが頭を下げて謝罪をしてくる。
「いきなり娘を押しつけた形になって――。お父さんとお母さんは事情を話しておくと言ってたけど、どうやらコーちゃんに話が行ってなかったみたいだね……」
「あ、いや……」
その事について、前までは直接会ったらガツンと言ってやる! 何て思っていたが、時間も経ったし、面と向かって頭を下げられるとタジタジになってしまう。
「本当は汐梨も海外に連れて行くつもりだったのだけど、日本に残りたいって強く希望するもんだから――でも、高校生の女の子が一人暮らしだなんて親としては気が気がじゃなかったからどうしようかと悩んでいたの。そしたらヒロ先輩が今回の件について提案してくれてね? 甘えてしまったの」
「一緒に住む事については……。まぁそちらが良いのであれば俺――僕からは特には……。僕も父さんと母さんに養ってもらっている身ですから、僕よりも両親の方が権力は上ですので……。それに従います。――でも、その……。いきなり許嫁とかそういうのは――」
俺が困った声を出すと琴葉さんは先程の謝罪を述べる大人の表情から一気に幼い悪戯っ子の笑みを浮かべて言ってくる。
「あら? そっちの設定の方が何か面白くない?」
「面白くありません! こっちは最初めちくちゃ困惑したんですから!」
そう言う俺に対して「最初は……ねぇ……」と意味深な言い回しをしてくる。
「――そうね……。コーちゃんの気持ちをこちら側が汲みきれて無かったわ……。その点もごめんなさい」
そう言った後に苦笑いを浮かべる。
「あの子感情を表に出さないでしょ? 鉄仮面て言うの? だからコーちゃんが苦労するのも分かるわ」
俺にはその言葉が、親もそれで苦労している、と言わんばかりの意味に聞こえて少しだけ腹ただしく思ってしまった。
「――そんな事ありませんよ」
俺は、まだ日は浅いけど、今までシオリと過ごして来た日々を思い返して否定する。
「え?」
「シオリはちゃんと、泣いたり、笑ったり、怒ったり、喜んだり――ちゃんと感情を表に出していますよ。鉄仮面なんかじゃありません。普通の女の子です」
俺の言葉を受けて、琴葉さんは何処か嬉しそうな顔をして言ってくる。
「ちゃんと汐梨の事見てくれているんだね」
「あ……。いえ……。俺は――」
言われて照れてしまい、言葉を詰まらせてしまう。
「コーちゃんにならシオリを任せられるよ。私は二人が結婚するってなっても賛成かな」
「いや、結婚だなんて俺達は――」
「折角、私に似て超絶美女の許嫁がいるのに不服?」
自分で言っちゃったよこの人……。否定出来ないのが悔しい。
「あはは。ま、許嫁とかって言うのは私達が軽いノリで発言した事だからそこまで重く考えなくても良いよ」
そう言った後に琴葉さんは真面目な大人の女性の顔をして頭をもう一度下げた。
「粗末な娘ですが、これからもよろしくお願いします」
「あ、いえ、こちらこそ……」
釣られて、俺も頭を下げてると、俺の前にシオリが戻って来る。
母さんの姿は無かった。
「あ! シオリ! 聞いた? さっきのコーちゃんの台詞聞いた!?」
「何が?」
「おいー。さっきコーちゃんくっそイケメン発言したのにー! 勿体ない!」
「そう。何の事か分からない」
琴葉さんの言葉に対して聞こえてないと言った発言をするシオリだったが、その表情は何処か嬉しそうな、そんな表情であった。
♢
その後、父さんは長いトイレから母さんと戻って来た。
トイレで長かった訳じゃなくて、仕事の電話をしていたみたいだ。それに母さんも付き合っていたらしい。
そして、その後にシオリのお父さんの太一さんがやって来る。
あんまり汐梨に似ていないけど、流石は父親という事で何処か雰囲気は似ている気がした。
太一さんは俺を見るとすかさず頭を下げて挨拶と今回の件についての謝罪をしてくれた。
既に琴葉さんから聞いていたので、俺は全く同じ返しを太一さんにすると、琴葉さんと同じ様な反応であった。
夫婦だなぁ――。
七瀬川家の二人は日本に帰国し、家が無いのでビジネスホテルに泊まろうとしていたらしいのだが、俺の父さんが、なら日本にいる間は泊まれば良い、と提案したらしく、二人は俺の実家に泊まる事になったらしい。
俺とシオリが呼び出されたのは、二人が俺の実家に来るという事で、今回の件を直接話をしておきたいとの事だったらしい。
もし、呼び出しを拒否していたら大人四人が俺の家に来る事になっていたみたいだ。
恐ろしい。素直に帰って良かった。
「冬休みなんだから泊まって行けよ」何て父さんに言われたが、折角、仲の良い四人が集まったのだからそれを邪魔するのも悪い、という理由で日が暮れる前に帰宅する。
本音を言うと、さっさと帰りたかっただけだけどね。
「二人は愛の巣に早く帰りたいのね」と琴葉さんのからかう様な言葉を軽く流したのだが――太一さんの少し複雑そうな顔が印象的であったな。
「何か……ご機嫌だな?」
帰り道――。
俺の今住んでいる家の最寄り駅から家までの道を二人で歩いていると、何となくシオリの機嫌が良い事に気が付いた。
「そうかな?」
「久しぶりに親に会えて嬉しかったとか?」
そう言うと俺をジッと見つめて来た後に、小さく溜息を吐く。
「さぁ……。どうかな」
「んー? じゃあ何だよ?」
聞くとシオリはクスッと笑って言ってくる。
「鈍感なコジローには教えてあげない」
そう言って早足で歩き出した。
「あ、待てよ。――なんだよー。気になるなー! 教えろよー」
「教えなーい」
結局、シオリが機嫌の良い理由は聞けなかったが、冬休みが終わるまでシオリは上機嫌であった。
次回から新学期スタートしまーす!
新学期もよろしくお願いします!!




