許嫁と大晦日
今年最後の晩餐の買い出しを終えて帰宅すると、シオリが晩御飯の仕込みをキッチンでしてくれている。
俺は使う事はないと思われたが、何となく父さんからもらったカセットコンロをダイニングテーブルに用意する。
まさか、本当に使う日が来るとはな……。
もし、コンロが壊れてしまった用の予備としてもらっておいて正解であった。
カセットコンロの準備など秒で終わるので、手持ち無沙汰になった俺はキッチンへ向かう。
キッチンからはすき焼きの良い香りが漂ってくる。
シオリは先程の猫のエプロンでは無く、犬のエプロンをして鍋の様子を見ていた。
まず、俺はエプロンなんてしないが、シオリは料理用と掃除用と分けているらしい。
こいつは猫派なのか、犬派なのか……。
「なに?」
こちらに気が付いて首を傾げると「いや……」と、無意味な言葉を漏らしてシオリの方へ近づく。
「良い匂いがするな――と」
言いながら鍋の様子をチラ見する。
どうやらダークマターにはなっていないみたいだ。
「ふっ。安心して。手抜き」
「鍋料理に手抜きも何も無いと思うけど……。まぁ普通に美味そうだわ」
「もう少しで出来るから座って待ってて」
「あいよ」
俺は素直に戻ろうとしたが、冷蔵庫から生卵を2つ取り出して、キッチンの棚から小皿を二つ取って席に戻る。
「――ん?」
視線を感じたので振り返るとシオリがこちらを見ていた。
「――なにも……」
小さく言ってシオリは鍋の方に視線を戻したので、俺は頭に?マークを浮かべながらダイニングテーブルに着席した。
♢
「――いやー……。美味しかったな」
リビングのソファーに深く腰掛けて満足気に言い放つ。
すき焼きを食べ終え、折角部屋を綺麗にしたのだから食器類やカセットコンロはサッサと片付けた。
これで綺麗な部屋のまま年を越せるって訳だ。
「うん。美味しかったね」
先程までテレビに向けていた視線をこちらに向けて、シオリも無表情ながら満足気に言い放った。
「ちょっと奮発して高い肉にして良かったな」
「買う時、躊躇してたけど?」
「あれはするだろ。学生が簡単にポンと出せる値段じゃない」
「確かに」
シオリはクスリと笑って肯定してくれる。
「あー……。あれだわ……。来年こそはバイト見つけないと」
夏に溜め込んだ貯金はもうほとんど残っていない。親からの生活費で生活するには足りるのだが、人間は欲深い生き物だ。娯楽費と言う名の必要のない物をドンドン買ってしまう為、お金が翼を生やして何処かに飛んでいってしまう。
「それがコジローの来年の目標?」
「目標……。うん。そうだな。そういう事で」
何か、思ってもみない場面で来年の目標が出来てしまったな。
ま、良い機会だ。目標を立てて生きた方が良いだろうし、そういう事にしておこう。
シオリは?
そう聞こうとしたがテレビで超大物俳優が絶対言わなさそうな事を言って、お笑い界のスター達が爆笑していた。
「あっひゃひゃひゃ!」
お笑い界のスター達が笑っているので、こちらも爆笑してしまうだろう。
意外にシオリもケラケラと笑っていた。
――うわっ。今の痛そー……。
お笑い芸人達は笑ってはいけないという縛りなので、笑うと尻をしばかれる罰ゲームがある。
それを見てそんな事を思っているとシオリが言ってくる。
「やって欲しいの?」
「誰がそんな事を言ったよ」
「何か、物欲しそな顔だったから」
「してねーわ!」
そんなやり取りをしていると、映像が切り替わりニュースとなる。
長い番組だと途中でCMとか入ってくるやつである。
ニュースキャスターがニュースを取り上げる。その中で神社の事をピックアップしていたので「神社かぁ」と言葉が出てしまう。
もうすぐ今年も終わり、明日は正月。新年のスタートである。
正月と言えば初詣だが……。今年はどうしようかな。
去年は受験生という事で、合格祈願も兼ねて初詣に行ったのだが……。ここら辺の神社ってどこなんだろう? 行くとしたら探す所から始まるな。
「ね? コジロー」
「んー?」
そんな事を考えているとシオリが俺を呼んできた。
「初詣とかってよく行くの?」
「ああ。まぁ一応な」
答えるとシオリは「そう」と軽く頷く。
「――じゃあさ……。あの……。なんだっけ? 二回参り?」
「二年参りの事?」
「それ。それは行った事ある?」
「すぅ……。いやー……ないな」
自分の記憶を辿りながら答える。
「そっか……」
シオリは顔を伏せて「じゃ、じゃ、さ……」と若干噛みながら言葉を続ける。
「に、二年参り……一緒に行ってあげても良いよ?」
そんな言い方をしてくるという事は彼女が行きたいのではなかろうか。
「行きたいの?」
聞くと小さく首を横に振られる。
「私は別に……。ただ、コジローが行きたそうにしていたから」
「俺? 俺は別に――」
「一緒に行ってあげても良いよ?」
「だから――」
「一緒に行ってあげても良いよ?」
無限ループって怖くない?
「――い、行きたい……かな」
そう言うと少し嬉しそうな顔をして「やれやれ」と溜息を吐いてくる。
「そこまで行きたいなら仕方ない。付き合ってあげるよ」
行きたいのはお前だろ。――と、言いそうになるが、まぁ言った所で何もならないし黙っておこう。
「うーん。でも、ここら辺の神社ってどこかあるかな?」
頭を掻きながらスマホを取り出して検索をかけてみる。
「それなら大丈夫」
「え?」
「もう調べはついている」
言いながらスマホを俺に見せてくる。
「ここってちょっと離れてない?」
「行けなくはない。それにここはかなり有名。行くならここしかない」
「行きは良いかもだけど、帰りの電車なくない?」
「正月は特別ダイヤだから大丈夫。問題ない」
「詳しいな」
「今、調べた」
行く気満々だったのね。
ま、調べてくれたのなら良いや。
「だったら年越し蕎麦食べてから行かないとな」
「そうだ。蕎麦は絶対に外せない」
言いながら立ち上がるシオリ。
「待ってて。すぐに準備するから」
「あ、おい。もうちょっと――」
俺の話は聞かずにシオリはキッチンに行ってしまった。
食ったばかりだからもうちょっと時間を空けてからでも良いと思ったが……。ま、良いか。




