許嫁の微々たる変化
「まさか一色君と七瀬川さんがねー」
翌朝、学校へ行くと隣の席の慈愛都雅の天使様の第一声はそれであった。
結局、シオリがあんな事を言ったので、四条に詳細を話す羽目になってしまった。
詳しく話をしたつもりだが、この表情豊かな方の天使様は「きゃー」とか「うはー」とか話半分――いや半分も聞いていない様な反応をして、本当に分かっているのか不安になる。
「四条。あんまり学校では――」
自席に鞄を置きながら、俺が困惑の顔をして指を口元に持っていきながら言うと四条は茶目っ気たっぷりの愛らしい表情をしてくる。
「大丈夫。あたし、口の固さに定評があるから」
言いながら、お口チャックのジェスチャーをしてくる。
ダメだ。可愛いけど全然信用出来ない。可愛いと信頼は=で結ばれないみたいだ。
「――なんだ小次郎。もしかして純恋に暴露したのか?」
俺達の会話が聞こえたのだろう。四条の後ろの席でスマホをいじっていた冬馬が会話に参戦してくる。
「暴露というか……。何というか……。流れというか……」
頭を掻きながら曖昧な言葉を放つと、冬馬は眼鏡をクイッと上げながら言ってくる。
「折角、こんな面白い話を黙っておいてやったのに」
含みのある笑いを浮かべながら放つ一言。
それに四条が反応して後ろを向いた。
「あ、やっぱり冬馬君は知ってたんだ」
「当然だ」
ドヤ顔で眼鏡をクイッと上げる冬馬。何故ドヤ顔なのかは不明である。
「この二人、昨日学校サボってデートしてたんだよ」
こちらを指差して、ニヤリと笑いながら言ってくる四条に「やはりな」と眼鏡を輝かせる冬馬。
「おいい! 四条! おまっ! 口固い設定は何処行った!?」
早くも口固いキャラが崩壊してしまった四条は何の罪悪感もない様な顔して言ってくる。
「冬馬君は知ってるから良いかな? ――って」
「てへっ」と可愛く舌を出してくる。慈愛都雅の天使様は舌も綺麗だし、その姿も絵になるらしい。
だが、今ので確信へと変わった。この天使様、口元ペッラペラだわ。ものっそいペラペラ。慈愛都雅じゃなくて多弁口軽の天使様だ。
「いやいや! ダメだわ! 口固いって言うのは、そもそもその話題を出さない事だろ!」
俺の指摘に四条は「なるほど!」と手を可愛く合わせて理解してくれる。
「じゃあ『知らない人には口が固い』に変更で」
「設定ガバガバかっ!」
俺のツッコミに可愛らしい笑みを浮かべて「あははー。ごめんなさい」と謝る四条。
そんな可愛いらしい笑みを浮かべられたら許すしか他ない。
流石は慈愛都雅の天使様って所か。
「まぁ落ち着け小次郎。後ろを見てみろ」
俺のツッコミに対して冬馬が眼鏡をスチャっと上げながら言ってくるので「後ろ?」と疑問の念を出しながら振り返る。
後ろにはヘッドホンをしてブックカバーの付いた本を読んでいる冷徹無双の天使様が平常運転で座っていた。
俺と目が合うと本を優しく閉じて、ヘッドホンを外し、それを首にかけて「なに?」と聞いてくる。
「いやー。君はいつも通りだなぁ……と」
「平日の朝。特になにもない日常。それなのに私に変化を求めるの?」
「いやいや、別に求めてないけど……。ただ俺達の関係性が二人の人間にバレて、平日の朝からいじられているんだけど」
困った事を言ったはずなのに、シオリは無表情の中に何処か爽やかな雰囲気を出しているかの様な表情で言ってくる。
「コジローに取ってはご褒美だね。良かったじゃん」
「Mじゃねぇよ!」
咄嗟に出たツッコミに対してシオリは無反応であった。
「――てか、そもそもお前がサラッと言ったのが原因なんだからな! いじられるべきはお前なんだぞ?」
「Mじゃねぇよ」
「俺もだよっ!」
そんな俺達のやり取りをまるで幼稚園児が砂場で遊んでいるのを見守る親の様な目で見てくる隣の美形二人組。
「隠してるって言ってる割に――」
「教室でイチャイチャするとはな……」
「ねー」と仲良く声をシンクロさせる。
「イチャイチャしてねーよ!」
これの何処がイチャイチャなのか疑問である。それを言うなら二人の方がイチャついて見えるぞ。
流石のシオリも、そんな言い方をされて多少は動揺したみたいだ。
少し恥じらいを表すような顔をして「い、イチャイチャなんかしてないよ」と再び本を手に取り視線をそちらに向けた。
「やっぱり七瀬川さんはクールに否定するね」
「やはりいじるなら小次郎って訳か」
――え?
二人にはシオリがクールに否定した様に見えたのか?
俺には結構動揺した様に見えたのだが――。




