結婚の報告(一色家)
「息子さんを私にください」
閑静な住宅街の一角にある一色家のリビング。
住み慣れた俺の家のダイニングテーブルにシオリと共に腰かけて、目の前にいる一色大幸と一色美桜、俺の父さんと母さんに言い放った。
このセリフは一色家に行く前にシオリがどうしても言いたいと言っていたセリフだ。そのために、今も休日だというのに着ている制服もわざわざクリーニングに出した。
俺とシオリの制服は、ピシッと決まってスーツよりもスーツしている気がする。意味不明な例えだが、とりあえずシュッってしてる。
そんな俺達の恰好と、シオリのセリフを聞いた2人はお互いの顔を見合って頭に?マークを出していた。
いや、どうしてそこでそんな反応になるのか不思議だった、両親は頷き合うと、手を繋いで俺に見してくる。
「コジ」
「コー」
せーのっ!
「「結婚します!」」
「なにが!?」
いきなりの両親の宣言に意味がわからずに叫んでしまう。
「どういう流れでそういう結論に至ったんだよ! てか、手を繋ぐのをやめろ!」
「あん? 中年が手を繋いじゃいけないってか?」
「そうよ! 中年が手を繋いだらいけない法律でもあるんですかー!?」
ガキみたいなことを言い出す中年だな。
「普通に両親が手を繋いでるのを見るのは嫌だろうがっ! しかも恋人繋ぎとか俺を殺す気なの!? 恥ずかしくて仕方ねぇよ!」
「それは」
「確かに」
納得してくれると2人は手を解いた。
「それで……。2人共。さっきのはどういう意味?」
母さんが首を傾げて尋ねてくる。
「そりゃこっちのセリフじゃい。結婚してるのになにを子供に結婚宣言してんだよ」
「同じよ?」
「なにが?」
「許嫁で、もう結婚するってわかってる2人がわざわざ結婚宣言するってことよ」
母さんの言葉に「そうだぞ」と父さんが乗っかる。
「大事な話しがあるからって言うからこっちは貴重な休日を潰してまで聞いてやったのに、ただの惚気を聞かされるなんてなんの罰ゲームだ。月曜日に有給使うしかないじゃないか」
「有給使うなら良いだろうが」
「あと、36日しか残ってないんだぞ!」
「わかんねーよ。それが多いのか少ないのか」
「4月に20日もらえて、40日スタート」
「いや、ペース早くない? 4月でもう4日使ったの? それは学生でもわかるけど、早くない?」
「4月だから4日ってか」
指を4つ立てている中年。
「じゃなく!」
父さんの有給の残りなんて心底どうでも良い。
「あんた達とは状況が違うだろうがっ。こちとら結婚を決めたから挨拶に来たんじゃい」
「ふぅん」
「ふぅん、て! シオリ!」
シオリの方を見ると、いつの間にか出されたコーラを、ゴクゴクと飲んでいた。
「ぷはぁ。報告の後のコーラは格別」
「女の子に結婚の報告させるとか、コーってイカれてるわよね?」
母さんもコーラを飲みながらシオリに言ってのける。
「コジローはヘタレだから」
「ぷっ! 確かに」
「おい待て母親と許嫁。そんなイカれた奴を育てたのはあんただし、ヘタレを好きになったのはあんただぞ」
「「え、きもっ」」
「相性抜群!」
両手で顔を覆い、涙が出そうになる。
「やれやれ。もう行って良いか?」
父さんが飽きて立ち上がろうとする。
「結構ドキドキして来たのに……。なぁ? シオリ」
「え? 勝ちが確定してる結婚報告に緊張なんてしないけど」
「なんなの? お前は俺の敵なの?」
「選択は常に面白い方」
「あんた。最高の嫁になるよ」
はぁああと大きくため息を吐いてダイニングテーブルに突っ伏す。
そりゃ、自分の両親だし、シオリとの関係を作ったのは親なんだからなにも言われないとは思っていたけど、ここまでなにも言われない、というか興味を示さないのはどうなんだよ。息子が結婚を決意した女の子を連れてきたんだぞ。許嫁だけど。
思ってたのと違う感じになって、拗ねていると、シオリにツンツンされてしまう。
「んだよ……」
「行くよ」
気が付くとシオリと両親が立ち上がっていた。
「どこに?」
「おいコジ。おまっ。一色家のしきたりを忘れたのか?」
父さんが呆れた声を出すのでなんのことかわからずに黙っていると、やれやれと言わんばかりに言ってくる。
「一色家では結婚の挨拶に来た子供にナシ・トゥンペンを食べるんだよ」
「え? なんて?」
「そうよコー。今からユーシェンを食べに行くわよ」
「しきたりとは!? 2人とも言ってる料理名が違うぞ!」
「だって」
「今決めたしきたりだしね」
「だめだっ! 一色家全然だめ! 寿司にしよう! なら寿司にしよう!」
そう言うとシオリが俺の肩にポンって置いた。
そして、ゴミを見る目で言ってくる。
「いくら大盛りで」
「焦ったぁ。今のは明らかに『つまんない』の顔だったからめっちゃ焦ったぁ」
「大幸さん。美桜さん。寿司が良い」
「よし。汐梨が言うなら寿司にしよう」
「今日は特上寿司にしましょう」
なんだろう……。この実の息子と義理の娘との差は……。
ま、良いか。
「あ、コジは大トロオンリーな」
「逆にしんどいわっ!」
反応は大方予想通りだったが、とりあえず両親への結婚の挨拶ができただけでも良しとしよう。
ただ逆に、なにも聞いてこないところを見ると、もしかしたらなにがあったのか勘づいているのやもしれない。
なにも言ってこないだけで……。もし、なにがあった時は頼むことにしよう。




