結婚の報告(友人編)
3年に進級してから桜の花もすっかり散ってしまった春過ぎ。
校内で見かける新1年生も、少しずつ慣れてきている様子が伺える。
我が映画研究部は、そんな新1年生を中心に入部希望者を集めようと作戦を考えたが全て不発に終わっていた。
まぁ……本当は全体部活紹介用映画でも作ろうかと思っていたのだが間に合わなかった。というのも、今の映画研究部はただの駄弁り部屋と化してしまい、まともに部活動をしていないからな。先輩との湯けむりでの誓いはなんだったのか。なんて考えるが、そういえばあいつらも筋トレとツッコミでまともに部活動をしてなかったから別に良いかと思ってしまう。
新入部員が集まらない、いつもの部室。いつもの昼の風景。
「冬馬くん。はい、あ~ん♡」
「あ~ん♡」
あの頃の眼鏡クールカチャリンコな冬馬は何処へ……。もう今ではすっかりバカップルとして定着してしまったな。
もうすぐほとんどの生徒が嫌いであろう中間テストが控えているのだが、その話題を出して絶望の顔でも拝もうかと考えた。が、今はそれよりも彼らに伝えたいことがある。
隣の席に座るシオリに目をやる。
お? わが、なにメンチきっとんねん?
みたいな目で返されてしまう。
ダメだ。プロポーズをした後でもアイコンタクトだけは取れない。
「冬馬。四条」
2人一緒に彼らに言いたかったが、仕方ない。
まずは俺が2人の名前を呼ぶ。
「ぬ?」
「どうかした?」
冬馬は眼鏡をカチャっとしながらこっちを向いて、四条は一旦箸を置いてからこっちを向いてくれる。
「俺達」
「私達」
「「結婚します」」
なんだか、小学校の卒業式みたいなノリで2人に伝える。
親しい友人とは言え、改めてそう宣言すると恥ずかしいというか、照れくさいというか……。
シオリの顔を見ると、流石の冷徹無双の天使様もはにかんで照れている様子を見せた。
「冬馬きゅん。次はタコさんウィンナーいきま~す」
「純恋のタコさんウィンナーをいただこう」
「あ~ん♡」
「あ~ん♡」
「ど、どう?」
「美味しすぎて爆発しそうだぜ♡」
「きゃ♡」
四条が嬉しそうな黄色い声を出した瞬間に机をバンっとする。
「きゃ♡ じゃねーわ! そのまま爆発しちまえバカップルめっ!」
「ぬ? 小次郎よ。今のは爆発しそうなくらい美味しいという意味だぞ?」
「んなこたぁわかってんだよ! だから爆発しろって言ってんだよ!」
「おいおい。俺が爆発したら純恋はどうなる?」
「冬馬くん」
ガシっと四条が冬馬の手を握る。
「大丈夫。あたしも一緒に爆発するから」
「純恋♡」
「冬馬くん♡」
「お前らはなんでもイチャイチャできる特技でもあんの!?」
じゃなく!
「聞いてた!? 俺達の婚約発表聞いてくれてた!? 結構恥ずかしかったんだぞ!?」
言うと、こちらを援護するようにシオリが頷く。
「いや、その、ね?」
俺の言葉を拾った四条が目で冬馬に訴えかける。
「ああ。今更そんなこと言われても。なぁ?」
「だって、2人は許嫁なんでしょ? そもそも結婚する予定だったのに、いきなり結婚しますって言われても、あっそ、程度の感想しかないよ?」
「しかも小次郎。お前の誕生日は秋だろ? まだ17じゃないか。結婚できないぞ?」
「もしかして一色くん、法律知らなかったの? あほ?」
「くっ……四条に言われるのが1番腹が立つ……」
「へっへー。あほ色くん」
「語呂が悪いぞ!」
「あほ郎」
「お前ら……」
プルプルと震える手で、どうしてやろうか考える。
そうだ……。今度の中間で地獄見せてやろう……。
「ぷくく。コジロー、私と結婚した過ぎて焦ってる。ばか」
「なんでお前は敵側に回った!? 味方であれよ!」
シオリまでもが向こう側に回ってしまう。
「え……。これって俺が間違えてるの? 仲の良い友達に結婚するって報告をした俺が間違ってるの?」
ぶつぶつと呟くと、冬馬と四条が目を合わせて少し困惑の顔をする。
「ごめん小次郎」
「ごめんね一色くん。そんな感じになるとは思ってなくて」
「いつもみたいにツッコミの乱舞が炸裂すると思ったのだが」
「したじゃん……。キレのあるツッコミ……」
そう言うと「あ、自分で言うんだ」と四条がボソリと言った。
「ええっと。ごめん。イジってもいいやつだと思ったんだよ。一色くんは間違えてないよ。うんうん」
「間違えてない? 俺、このまま親にも報告しようとしてるけど、間違えない?」
「ないない。大丈夫。両親には報告しないとね。うんうん」
「そっか……。良かった」
四条に言われて少し安堵する。
「じゃあ、また実家に帰ろうかシオリ」
「実家に帰らせてもらいます」
「それ、今使う場面ではないやつだぞ」
とにかく、仲の良い2人に結婚の報告はできた。
そう思って部室を出ると。
「小次郎」
シオリと四条はトイレに行ってから教室に戻るみたいなので、戸締りを任された冬馬に呼ばれる。
「ん?」
反応すると、冬馬はいつにも増して真剣な顔つきで俺を見た。
「なにかあったのか?」
その質問の内容は瞬時に理解できた。
おそらくは、いきなり結婚するとか宣言したことが違和感だったのだろう。
「なにかって?」
「とぼけるな。何年お前の親友をしていると思ってる」
「結構長いよな」
「ああ。だからこそお前がおかしいくらいすぐにわかる」
「あはは。まるで俺の嫁だな」
「お前の嫁は七瀬川さんだろ」
そう言って冬馬は眼鏡をスチャっと整える。
「そのお前の嫁になにかあったのか?」
「え?」
なんとも的を射たセリフに間抜けな声が漏れてしまう。
「やはり……か」
冬馬は悟った声を小さく放つ。
「それは俺と純恋にはなにもできない問題かもしれない。言いにくいことかも知れないし、言いたくないかもしれない。だから、俺達から深い詮索はしない。でも、少しでも役に立てるかも知れない。だから、本当に困っていたら言って欲しい」
「冬馬……」
俺はなんて良い親友を持ったのだろうと泣きそうになった。
しかし……。
今はなんとも言えない状況。答えの出ていない状態だし、シオリも知らない状況。それを俺の口から言うことはできない。
「すまない。困らせるつもりは毛頭ない。ただ、もし小次郎が1人で抱えているなら、七瀬川さんと2人で抱えているのなら、その悩みを俺達にも分けてくれ。悩みは2等分よりも、4等分した方が気が楽だろ」
そう言って拳で胸を軽く、コツンとしてくる。
「ありがとよ」
「いつでも言えよ」
本当に困った時、冬馬と四条に相談しようと深く思えた日であった。




