グリーンフラッシュプロポーズ
人生は偶然で出来ている。
そんなことを思ってしまう。
去年の夏に遊園地でたまたま出会った人が、年パスをくれて、今日、たまたまここに遊びに来たら、くれた人が財閥の息子って発覚して、たまたま琴葉さんを看てくれた医者が財閥関係の人で、もしかしたらシオリも母親と同じ病気かも知れないから検査しろ。
と……。
知りたくなかった。
今日、遊園地に来なければ、去年の夏に財閥の息子に会っていなければ。
こんな、グシャグシャなことを考えなくても良かったのに。
たらればのイフの言葉を並べても現実は変わらない。
実際問題、俺はシオリが琴葉さんと同じ病気を患っているかもしれないという事実を知ってしまった。
前向きに考えれば可能性の話。
琴葉さんと同じ。
かもしれない。
そう。
かもしれないだけなんだ。決まったわけでもないし、そもそもそんな予兆すらないんだ。
母親がそうだからって娘もそうとはならない。
そう強く思う反面。
本当にそうなのか?
なんて自問をしてしまう。
シオリの父親の太一さんと、母親の琴葉さんは、琴葉さんのことで手一杯で、シオリとの時間が満足に取れていなかった。それが原因で冷徹無双の天使様が誕生したと言っても過言ではない。
両親も知らずしらずのうちに娘も同じ病気になっていたなんてことも……。
いやいやいや。流石に検査はしているだろう。
初めて琴葉さんの病気のことを告白された時、シオリのことではないとはっきり言ってくれた。
もし、シオリも同じならそこで教えてくれるだろう。
あそこではっきりシオリのことじゃないと言ったということは、シオリを検査しているに決まっている。
だから大丈夫。
蒼さんの医者も念のためってだけのただの提案。
そうだ、軽くお茶行こうくらいのノリだ。
大丈夫……。
大丈夫なんだろうけど……。
ただ……。どうしても後ろ向きな思考になってしまう。
もし、シオリが琴葉さんと同じ病気だったとしたら、俺は……。俺は──。
「なにかあった?」
「え……」
陽が沈みかけている夕暮れ時。
ゆっくりと上がって行く観覧車内。
時計で言うと9時の位置で、ボーっと外の景色を眺めているとシオリが覗き込むように聞いてくる。
頭の中で昼間のことを、永遠に降りることのない観覧車のように、グルグルと考えてしまっていた。
「お昼からボーっとしてるよ」
「そうか? 一緒にはしゃいでたろ?」
あの後、蒼さんと入れ替わりで戻って来たシオリへ、彼から聞いたことは伏せておくことにした。
言った方が良いのか、言わない方が良いのかはわからない。
ただ言えることは、俺は医者じゃない。
言っても、言わないでも、病気に関して俺ができることはない。なら、言わない方が良いだろう。
言ってしまい、シオリを不安にさせる方が良くないだろう。
それに、琴葉さんと同じ病気と決まったわけではない、ふわふわしている状況で口にするのも話がややこしくなる。
今日は楽しい許嫁との遊園地デートだ。
実際、昼からもはしゃいでいたのは事実だ。
楽しいデートも後半戦に差し掛かっており、このまま楽しかったね。それで今日を終わらすための〆の観覧車。昼のことなどなかったことにして今日を終わりたい。
「テン上げ、パリピ遊園地アフターヌーンだったね」
「だろ?」
本当に楽しいデートだから、シオリも独特の言い方で楽しいと言ってくれる。
「でも」
そう言って真っすぐ俺を見つめてくる。
「なにか隠してるよね?」
見透かされた物言い。
吸い込まれそうな瞳。
シオリの瞳は真実を俺の口から吸いこもうとしているかのように綺麗である。
「なんでそう思うんだ?」
ここで目を逸らした方が不自然なので、シオリの瞳に抗うように質問を質問で返した。
こちらの質問返しに「そりゃわかるよ」なんてため息交じりの笑みを浮かべた。
「ずっとあなただけを見て来たんだから」
ドキンと、心臓が跳ねた。
「大好きなあなたのことならなんでもお見通しだよ」
そんな恥ずかしいセリフを、地球上でなによりも大切で可愛い女の子に、密室で言われたら誰だって頬を真紅に染めるだろ。
「あ、顔真っ赤」
ドキドキと心臓が高鳴っている時に悪戯っぽい顔で言われてしまう。
「ゆ、夕日じゃない? ほら、今日は夕日が綺麗だからさ」
言いながら窓の外を指差す。
観覧車は11時の辺りまでやってきており、もうすぐ天辺を目指している。
まだ頂上ではないが、今の位置からでも地平線に沈みそうな夕日が観覧車内を照らしている。
「言い訳が古いね」
「うるせぇ」
「ぷくく。照れてるコジロー可愛いよ」
「ふん」
わざとらしく鼻を鳴らして足に肘を乗せ、頬杖付いて窓の外を見る。
泣けるくらいに綺麗な夕日が見えた。
「綺麗だな」
「うん。綺麗」
ついつい声に出てしまった俺の言葉を拾ってくれてシオリが頷いてくれる。
もうすぐ天辺に到達しそうな観覧車。
もうすぐ沈みそうな夕日。
ここからの景色がとても綺麗で。
でも、こんな綺麗な景色は広い地球の中で幾つもあって。その分陳腐な景色もあって。
壮大な景色も。微妙な景色も。笑える景色も。泣きそうな景色も。
その全てを。
シオリと共に見たいと思って。
大好きなシオリと、もっと……ずっと……。これからも、ずっと共に……。
「なぁ、シオリ」
「ん?」
観覧車が天辺に到達した時、珍しい現象が起こっていた。
グリーンフラッシュ現象。
夕日が沈む瞬間、太陽が緑色の閃光を出した時。
「結婚しよう」
息をするように出たプロポーズの言葉。なんの飾りっけもない言葉。
「はい」
色気のないプロポーズに、シオリは即答してくれた。
一瞬、自分でもなにを言ったのか理解が追い付いていなかったが、シオリを見ると真っすぐに俺を見つめていた。
「良いのか? こんな俺だぞ?」
「コジローは過去から私を覚ましてくれた大事な人。向かい風に向かって一緒に羽ばたいてくれる人だよ」
そもそも、と言いながらシオリは髪の毛を解いていつもの髪型に戻す。
「私達は許嫁なんだから、結婚するに決まってるでしょ?」
陽が沈んで薄暗い観覧車内だっていうのに、彼女の長く綺麗な髪が、キラキラと見える。
「私にはコジローしかいないよ。親同士が決めた許嫁って理由じゃない。私が決めた好きな人だから。だから、コジローと結婚するんだよ」
シオリは微笑んでくれる。
「ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いいたします」
慣れない言葉使いで言った後、シオリは瞳を閉じて、ジッと待っている。
俺は瞳を閉じて待っている彼女の唇にキスをした。
誓いのキス。
それは永遠の愛を誓うキス。
永遠にシオリといることを誓うキス。
なにがあっても離れないことを誓うキス。
自分の胸に彼女を刻むように、シオリと唇を重ねた。




