イケメンの衝撃証言
1度しか見たことがない。
会話をしたのも、ほんの少しだけ。
それなのに、イケメンという意味での個性的な顔と、甘い声は1度体験すれば忘れる方が難しい。
服装は正装ではなく、チェーンの服屋で買った安い服を着ているのに、どうしてこの場に似合うと思ってしまうのだろう。まるでこっちの服の方が正しいとも思えてしまう。
この人が着る服が正しい。そう思ってしまう。
蒼さんは俺の視線に気が付いたのか、自分のシャツを軽く触って爽やかに笑って見せる。
「すみません。ラフな格好が好きでして」
「あ、い、いえ……」
「一色さんも同じような恰好なのでおあいこってことで」
「あ、あはは……」
だ、だめだ。
次元が違いすぎてなにを言って良いのかわからない。
こちらの戸惑いに気が付いているのか否か、手に持っていたお洒落な箸入れをテーブルに置いて俺を見る。
「でも、ちゃんと来てくれるなんて嬉しいですよ。僕の名前も覚えておいてくれてましたし」
「そりゃ。それに、その。それはこちらも同じというか……」
「同じ?」
「お、俺みたいな庶民の名前を覚えてくれているのですから」
そう言うと、優しい兄のような笑みで、シオリの座っていた席に腰かけた。
「人の顔と名前を覚えるのは得意ですので。それに、一色さんはどこか俺に──僕に似ていますからね」
「いや! あ、あの! 末恐ろしいのでやめてください。俺と蒼さんが似てるとか……」
「末恐ろしいですか? それは財閥の息子と同じは嫌だという意味ですか?」
「あ! いや! 違います! その! 俺は蒼さんみたくイケメンじゃないってことで、その……イケメン過ぎる人と似てるって言われると困ります」
あたふたと必死に伝えると、蒼さんは涼しげに笑って見せた。
「同性にそんな風な評価をもらえるなんて中々ありませんでしたので嬉しいですね」
イケメン過ぎるが故に、近く同性が評価しないパターンか。人間は嫉妬深いもんねぇ。
「えと……。蒼さんはどうしてここに? ていうか、なんで箸?」
気になったことを聞いて見ると「ああ」と声を出して答えてくれる。
「紗奈から聞いたのですよ。今日、去年年パスをあげた人達が遊びに来てるって。それで、来てみたら、ウェイターさんがお箸を持っていこうとしていたので、挨拶がてら僕が持っていくからと代わってもらったんです」
どうしてこの店にいるのがわかったのかは置いておいて良いか。
「たかだか年パスをあげた見ず知らずの高校生に財閥の息子がわざわざ会いに?」
嫌味を言ったつもりではないが、後々思い返すとそう捉えてもおかしくない物言いに、蒼さんは少しだけ驚いた表情を見せた。
しかし、それも一瞬。
なにかを理解して返答してくれる。
「去年は水原蒼でしたからね。あなたと出会った当初は財閥の息子ではありません。だから会いに来た」
言いながら言葉の途中で頭をかいた。
「なんて言い方は少し無理があるか」
「ですね……」
仲の良い友達だったとかならわかるが、ほんのちょっぴり会話だけした人間にわざわざ会いに来るなんておかしい。
なにか理由があるのだろう。
「疑ってます?」
こちらの不信感が伝わったのか、苦笑いで聞いてくる。
「正直……。会いに来るのは不自然かと」
「じゃあ、なんで会いに来たのだと思います?」
逆に質問をされてしまった。
「普通に考えたら……。これですよね?」
俺は年パスを蒼さんに見せた。
やっぱり返して欲しいとか、そんなところかと思ったが、蒼さんは小さく首を横に振った。
「違いますよ。それは一色さんにあげたもの。好きに使っていただいて結構です」
「はぁ……。じゃあ、なんで……」
なんでこの人は会いに来たんだ?
財閥の息子だぞ。そんな奴が一体、なんの用なんだ?
皆目見当つかない状況で蒼さんは「正確には」と前に付けて教えてくれた。
「七瀬川さんに会いに」
ガタっと反射的にテーブルに立つ。
「シオリは俺の許嫁だ! 絶対に渡さない!」
つい、頭に血が上り、そんなことを口走っていた。
しかし、口でそうは言っても、相手はイケメンの財閥の息子。
権力でも外見でも勝てない……。
絶望に打ちひしがれていると「ぷっ」と蒼さんが吹き出した。
「確かに、七瀬川さんは綺麗だけど、なにも略奪愛をしに来たわけじゃない」
「え、え」
「てか、今の流れでどうしてそういう思考になったんだ? 俺は一言でもそんな感じのこと言った?」
「え、ええっと……」
言ってないし、この人そういう流れも作ってない。
ただ、正確には七瀬川さんに用事があるって言っただけだ。
「いや、熱いね一色さん。2人の愛が見えるよ。まじで」
蒼さんは口調を崩して囃し立てるように言ってくる。
「お似合いの許嫁同士だと俺は思うよ。まじで。うん。いきなり『シオリは俺の許嫁だ!』だもんね。最高だよ」
「や、やめてください……」
言いながら俺は着席する。
「許嫁かぁ……。許嫁を愛せるなんて羨ましいですなぁ」
「いや、もう、ほんとすみません……」
「謝ることじゃない。それだけキミは七瀬川さんを大事に思ってるんだろ。素晴らしいじゃないか。俺には到底無理だな」
「蒼さんにも許嫁がいているんですか?」
紗奈さんは今のご時世では少なくなってきているとは言っていたが、彼の言い方は許嫁がいる喋り方であった。
「いた。って言った方が正確かな。今はいない」
「はぁ……」
「高校生活のうちに色々とあってね──って、今は俺の話しじゃない」
コホンと咳払いをして蒼さんは切り替える。
「実は、七瀬川琴葉さんとはちょっとした知り合いで」
「え……」
いきなりの名前に俺は衝撃を受けてしまう。
シオリの母親の琴葉さんの名前が急に出て来て、俺は冷や汗が出てしまう。
「益田家の手医者が琴葉さんを担当していてね」
蒼さんが言葉を詰まらせて俯いたので、俺も声にならなかった。
「いや、すまない。キミにも辛い過去だったよな」
謝ってくる蒼さんを無視して、睨みつけるように彼を見た。
不安とちょっとした怒りが混じった目で彼を見つめる。
「だからなんなんですか?」
「ああ、いや。琴葉さんの病気のことの研究を進めているんだ」
そう言われた瞬間に俺は掴みかかりそうになるのを必死に抑えた。
「研究を進めているのをシオリに言うつもりですか? いきなりなんの嫌がらせだよ!」
なんとか冷静に言おうとしたので小さな声になってしまった。
そのことを言うためにわざわざ来たのなら俺は彼からもらった年パスを投げつけて、今すぐシオリの手を引いて帰ろうと思った。
せっかく、母親の死を超えて、シオリは成長しているのに、どうしてぶり返すことをしようとしているのだと。
そんなことは許せない。
財閥の息子だからなにをしても良いわけではない。
こちらの睨みが伝わったみたいで、蒼さん「違うんだ」と否定から入る。
「別に嫌がらせで七瀬川さんにお母さんのことを言おうと思っているわけでじゃない」
「じゃあ、なんなんですか? 嫌がらせじゃないなら、なんだってんですか!?」
「七瀬川さんも検査をした方が良いと医者が言っている」
「は?」
意味がわからなかった。
どうしてシオリがそんなこと……。
「琴葉さんの病気は奇病だ。彼女以外の実例がない。実例がない以上、娘の七瀬川さんも慎重に検査をした方が良い」
その言葉が入って来ず、俺は蒼さんに掴みかかっていた。
「シオリは……! シオリは琴葉さんと同じ病気ってことですか!? そうなんですか!?」
「いや! だから!」
「どうにか! どうにかならないんですか!? いきなり……こんな……ありえない……! なんでなんですか!?」
「落ち着け! 小次郎!」
思いっきり肩を掴まれて離されてしまう。
「同じ病気じゃないというのを証明するために検査するんだ!」
「はぁ……はぁ……。すみません……。つい……」
取り乱してしまい、素直に謝りを入れると、ポンっと手を頭におかれる。
「それだけ取り乱すってことは、相当七瀬川さんのことが好きなんだね。キミたちの愛がとても羨ましいよ」
兄が弟に頭を、ポンポンっとするみたいにやられると蒼さんは背中を見せる。
「いきなり現れて変なことを言ってすまなかった。七瀬川さんには、キミが落ち着いてから話すことにするよ。次はちゃんとアポを取ってから話させてもらう。また連絡をするよ」
そう言い残して去って行く蒼さん。
ぐちゃぐちゃの頭で「また連絡って、どうやってだよ」なんて、1番どうでも良いことを呟いてしまった。




