許嫁と遊園地デート④
あっという間だった。一瞬だった。
俺とシオリはいつの間にかジェットコースタ―から降りて、並んで出口を出ている。
『面白かったー!』
『さいこーだったな!』
『ねぇ! もう1回行こう!』
前後を歩く他の客の声が聞こえてくる。
そのタイミングでシオリと目を合わせる。
「めっっっ──ちゃ! 面白かったな!」
溜めて、溜めての感想をシオリに言うと、激しく首を縦に振ってくれる。
「あの映画ってこんな感じだったっけ思わせるほど面白かったな」
「買えりにレンタルしたいくらいだね」
「そうそう! 帰ったらネットでレンタルしようぜ」
「全シリーズ見るまで寝れないよ?」
「このシリーズの長さえぐいぞ?」
「ふっ……。学校で寝れば良い」
「シオリって意外と不真面目なところあるよな」
呆れた物言いで言うとシオリが「でも」と、ジェットコースターの方を見ながら言った。
「でも、こんなに並ぶとは予想外」
「だなぁ」
無意識に首を、コリコリとしながら提案する。
「じゃ、次は空いてるやつ乗るか」
歩きながらの提案にシオリは、ピタッと足を止めた。
すぐに気が付いて振り返る。
「シオリ?」
「別に私は混んでても良いよ」
「ん?」
シオリは自分の言葉を発した後に。駆け出して俺の手を握る。
そのまま俺を引っ張るように軽く走り出す。
「だってコジローとなら行列に何時間並んでても楽しいから。あなたがいるだけで私は楽しいから」
いきなりそんなことを言って来るもんだから、心の準備が出来ておらず、ダイレクトに心臓を無双された気になる。
軽く息を整えながら、シオリを見て微笑んだ。
「そんなん俺もに決まってるだろ」
そう言って、シオリよりも早く駆け出して、次は俺が彼女を引っ張る形になる。
周りの客がこっちに視線を送って来るのがわかる。
そりゃ走ってたら反応で見てしまうだろう。
会話も聞こえるかもしれない。
でも。
「シオリが隣にいるだけで楽しいよ。ずっと一緒にいようなっ!」
人前で言うにはなんとも恥ずかしいセリフも、遊園地という非日常感を体験したあとだからか、周りの目など気にもせず、くさいセリフを吐くと。
「私の方がコジローといると楽しいと思ってるよ!」
言いながら、また先頭が入れ替わる。
「俺だって!」
「私だって!」
そんな言い合いをしながら、俺達は遊園地内を走り回った。
「ぜぇ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
アトラクションに乗るのも忘れてバカップルみたいにお互いの好きなところを言い合って走っていると、2人共ガス欠状態になってしまった。
「遊園地に来てアトラクションに乗らないなんて。コジロー。バカなの?」
「俺だけ!?」
息を整えたシオリは早速と毒を吐くと、ぷくくと笑っていた。
「お腹空いたね」
言われてスマホを見ると時刻はお昼時であった。
「まだアトラクション1つしか乗ってないのに、もう昼時ってやばいな」
「最初っから90分待ちだったからしょうがない」
「どうする? 飯にするか?」
聞くと、グウゥゥとシオリから腹の虫が鳴いた。
「コジロー。失礼だよ。レディーの前でお腹鳴らして」
「あのさ……。なんで2人っきりで誤魔化せると思うんだよ」
「私、お腹鳴らないから」
「なんなの? 並んでる時もそういうキャラ付けしようとしてたけど、アイドルになりたいの?」
「歌って踊れるアイドルを目指す」
「歌って踊れるか。確かにシオリは歌も……」
ズキンと一瞬頭痛がした。
こめかみの方に手を持っていき、軽く頭をマッサージしてやる。
シオリは歌が……。なんだ?
「コジロー?」
俺の不穏な空気を察してシオリが俺を心配そうな目で見つめてくる。
「あ、ああ。いや……」
シオリと歌に違和感があった。シオリは歌が上手いはず……だよな……。うん。カ
ラオケの点数もめっちゃ高かったから。
「心配しないよ。アイドルになっても私はコジローだけのアイドルだから」
「なる気はあるんだ」
「そんなことより、お腹を空かせたコジローのためにお昼にしよう」
「お腹を空かせているのはシオリだろ」
「私、お腹空かないよ?」
「無限ループ!?」
さっきのシオリとの会話にどこか違和感があったのだが、そんなことはどうでも良くなってしまう。
「コジロー大変。お腹と背中がくっ付く」
「お前……腹減らない設定じゃ?」
「なに言ってるの? 人間なんだからお腹空くよ?」
ついさっきまでのキャラ付けはなかったことになっているのが怖い。
「あ、もしかして、私のこと本当の天使とでも思った? ぷくく。残念。天使みたいな存在だけど、シオリちゃんは人間でした」
シオリらしからぬ、舌を出してのウィンク1つ。
「お前のテンションが遊園地でバグっているということはわかった」
シオリのテンションバグっている。早く店に入らないと。
この遊園地には5つの飲食店があるのだが、今のところ4つ目を回って全てアウト。
しかし、先程から遊園地内の飲食店を探しているのだが昼時なのでどこも空いていない。レストランもフードコートみたいな場所も全部空いていない。
ラストは、ランチをするにはお値段が異常な金持ちしか入れないだろうレストランのみ。
「もう、この際は仕方ないか……」
年パスを見つめて呟いた。
紗奈さんが言っていたが、この蒼さんの年パスは遊園地内の全ての物が無料となる。
もちろん、今から入ろうとしているレストランもそれに入っているだろう。
俺は根っからの日本人体質なので、高価なものを無料で頂くというのに億劫になり、他のリーズナブルな店にしようとした。
しかし、他の店は満席。
仕方ないよね。
「い、いきょう! シオリ!」
「コジロー。ネクタイ巻いてないのに、なんでネクタイ巻いてる仕草なの?」
「高級なところに行く時はこうなるだろうよ!」
「ふっ……。あさはか」
そう言って、シオリは胸元の三つ編みを後ろになびかせた。
「高級店の入り方を教えてあげる。後に続け。コジロー」
「シオリさぁん! 頼りになりゅううう!」
「すみません。お箸ください」
「えええ!?」
案の定というか……。なんというか……。
店の入り口で年パスを見せろと言うので、素直に見せると、高層レストランの最上階に通されて、見晴らしの良い席に案内されてしまう。
そりゃ、財閥の息子が持ってる年パスを見せられたら良い席に案内するよなと思いながら、内心ばくばくで席に座る。
だって、昼なのにスーツやドレスの大人しかいなくてさ。俺とシオリの恰好がめっちゃ浮いてるのよ。
普通の服着た高校生が来るところやないで。これ。
そう思った矢先にシオリの、箸くれコール。
もうやだ。恥ずかしい。
「かしこまりました」
ウェイターは特にリアクションなく下がって行った。
「シオリ。おまっ……。箸て……」
「ふっ……」
余裕の笑みで、また三つ編みを後ろに靡かせる。
「大和魂見せちゃる!」
「なにと戦ってるんだよ……お前……」
そういえば、こいつのテンションバグってんだよな。
呆れた物言いをすると「ん……」とシオリがポケットからスマホを取り出した。
「あ、お父さんからだ」
そう言って目を見てくるので、出て良いよってアイコンタクトを送る。
すると、何見てんねんどさぐれがっ、みたいな顔をする。
シオリとの絆はかなり深いと自負しているが、アイコンタクトだけは絶対に通じないな。
「出て良いよ」
「ごめんね」
そう言ってシオリは席を外して、奥の方へとはけて行った。
「お待たせしました」
あ、そういえば箸を頼んでいたんだな。
やべ……。シオリがいない時に来るなんてタイミングわりぃ。
恥ずかしいじゃんかよ。
そう思ってウェイターの方を見ると、さっきのウェイターには申し訳ないが、恐ろしいほどのイケメンが立っていた。
「お久しぶりですね。一色小次郎さん」
「蒼さん」




