許嫁と遊園地デート③
財閥総帥の息子がくれた年間パスポートと言えど、順番は守らないといけない。
そんなわけで、俺達はこの遊園地で1番人気のアトラクションに並ぶことにした。
このアトラクションは剣と魔法のファンタジーアクション映画をモチーフとしたジェットコースター。
映画の様な激しいアクションを体験できるジェットコースターとなっているらしい。
まだ開園してそこまで時間が経っていないので待ち時間は90分程度。時間が過ぎれば120分、180分待ちになる場合もある。最初に並ぶのが良いらしい。
「おお……。凄いな」
アトラクションまでの道のりに映画に登場するアブジェクトがあり、長蛇の列を並ぶ間も退屈しないようになっている。
「コジローはこの映画見た?」
「一応は……」
「一応?」
「ああ。見たんだけど、あんまり内容は覚えてないな。長いシリーズだし、オチもなんとなくしか覚えてないな」
「そうなんだ。面白かった?」
「面白いのは面白かったと思う。曖昧だけど」
そんな会話をしながらシオリがオブジェクトに目をやる。
「造りからして面白そう。というか、この作品の愛を感じるね」
「そうだな。よく造り込まれてると思うよ。あの古い小屋とかそっくり。確かに愛を感じるな」
そんな会話をしながら牛歩を進んでいく。
まだまだ先は長そうだ。
「愛と言えば……」
そう言ってシオリは無表情で俺を見つめてくる。
「最近、愛を囁かれていない」
「え……」
いきなりのことで間抜けな声が出てしまう。
「ここ最近、眼鏡と巨乳のカップルはバカみたいにイチャイチャしているけど、私達はイチャイチャしていない」
「そ、そうなのか?」
彼女の言う通り、あのバカ共は所かまわずイチャイチャしているけど、俺達も負けじとしている気がするのだが……。そう思っているのは俺だけか?
「そうだよ。全然ダメ。足りない。倦怠期」
「倦怠期ではないだろ」
「倦怠期フライドチキン」
「食べたいの?」
「今日倦怠期にしない?」
「いやだよ。なんだよその誘い方」
「じゃなく!」
シオリが珍しくノリツッコミをしてくる。
そんな彼女はぷくっと頬を膨らませていた。
「愛してないの?」
「いや……その……」
いきなりの質問に頬をかいて戸惑ってしまう。
だが、ここで答えないと男が廃る。
「愛してるよ」
言いながら俺はシオリの手を握ってみせた。
ギュギュと彼女の手を握ると、シオリは嬉しそうな笑みを見して。
「手汗やばす」
そう言って、俺の手を解く。
「ええ!?」
今の流れで手を解くことに驚きを隠せない俺は自分の手を見た。
「うはぁ。ねちょねちょだわ」
「コジロー。汗っかきだもんね」
「でも、これってシオリの汗も混ざってるんじゃ?」
「私、汗かかないよ」
「昔のアイドルのトイレ事情みたいだな」
そんなくだらないこと会話をしながら牛歩で進んでいく。
『ふぁぁーあ。まだぁ?』
『なげぇー』
『はぁ。だりぃ』
近くからそんな声が聞こえてくる。
そりゃ、確かに90分も並んでいればそんな気分にもなるだろう。
だが、俺はそんな気分にはならない。
なぜなら隣に冷徹無双の許嫁がいるからだ。
いつ見ても飽きないよな。
しかも、長い髪の毛だから髪型がアレンジできて、しかもそれが全部似合うってチートじゃんか。現実界のチートキャラが許嫁とか、俺はどんだけ優遇されてるんだよ。
「コジロー? どうかした?」
「あ、いや……。シオリは髪の毛長いからアレンジが色々できるなぁと思って」
「うん。コジローの好きな髪型なんでもできるよ」
「好きな髪型か……」
言われて意地悪ではないが、ふと思ったことを口にする。
「ショートにはできないだろ」
「ショートが良いの? 切ろうか?」
「待て待て待て」
すぐに彼女を制止する。
「せっかく綺麗な長い髪なんだから」
「好きな人が切れと言うのなら従う」
「髪は女の命じゃ?」
「私の命はコジローだから」
彼女から物凄い愛を感じてしまう。
ここで本当に髪を切ってと頼むと明日には切って来そうだな。
「ほら。最初にも言ったけど、長いとアレンジできるし。今の髪型も超似合ってる」
そう言うと、胸元にある三つ編みを触る。
「この髪型が気に入ったのなら、常にこれにする?」
「時間かかるんだろ?」
聞くと、首を縦に振った。
「なら無理しなくても良いよ」
「でも、コジローが気に入ったのならこれにするよ?」
「あー、いや。いつものストレートロングに、ヘッドホンを首にかけた髪が、キュってなってるシオリが1番好きだから」
心から思っていることを伝えると、俺の真意が伝わったみたいで、シオリが小さく微笑む。
「ふふ。そういえばコジロー、いつもその髪型が好きだって言ってくれるよね」
ちょっと嬉しそうに言って来る。
「体育の時のポニーテールも。今の三つ編みサイドポニーもめちゃくちゃ可愛いんだけど、やっぱり俺の許嫁はロングヘッドホンスタイルよな」
「私の髪型はロングヘッドホンスタイルって言うんだ」
「小次郎命名」
「コジローの命名だから却下」
「嘘だろ……。他にシオリの髪型で良い名前あるか?」
聞くと少し考えてから発言した。
「ロングヘッドホンスタイル」
「俺の命名採用されてるじゃん」
牛歩に牛歩を重ねてようやくと俺達の出番が回って来る。
スタッフさんに、足元ご注意くださいと言われて、アトラクションの乗り物に乗車する。
安全バーが降りてきて上半身が、ガッチリホールドされる。
「そういえばコジローは髪型とか変えないの?」
「あー」
声を漏らしながら、腕はホールドされていないので前髪を軽く触る。
ガコン! ガガガ! と乗り物が機械音を響かせて動き出す。
「ずっとこの髪型だからな。今更感はあるよな」
「そう」
乗り物がゆっくりと上昇していく。
どんだけ上がって行くんだと言いたくなるくらいに上がって行く。
正直乗ったことを後悔するくらいに上がって行く。
ガコンガコン。
まるで処刑台に上がるかのように、ゆっくり、ゆっくりと天まで昇っていく。
はい。観覧車超えました。観覧車の高さ超えましたよ。
「ま、どんな髪型のコジローもかっこいいから」
「……」
こんなところでいきなり褒めてくるなんて照れてしまうが、同時に男としてかっこいいところを見せないといけない気になる。
「そんなカッコいいコジローは遊園地のジェットコースターでビビッてないよね?」
なんだか試されているような言葉が放たれてしまう。
「あれ? もしかして俺がビビってると思ってます?」
「額からの汗を隠してから言いなよ」
「これは武者震いってやつだ」
「震えてはいないよ?」
「こんにゃのでビビっきゃよ」
「呂律が回ってないよ?」
「あああ!」
まだ急降下していないジェットコースターで叫んでしまう。
「なんで許嫁相手に冷徹無双の天使様発動してんだよ」
「ぷっ。ごめん。ビビってるコジローが面白くって」
「あー! ビビってますよ! 思いのほか高いなっ! ってますよ! めっちゃ怖いですよ!」
「しょうがない」
ため息を吐きながらシオリが手を差し出してくれる。
「ビビリのコジローくんの手を握ってあげる」
「べ、別にビビってなんかないんだからね」
「男のツンデレって需要低いよ?」
「うるせっ!」
シオリに噛み付くように言い放ちながらも、遠慮なく手を繋いでもらう。
「手汗やばす」
「2回目!?」
同じネタをされた時にはもう頂上まで達していた。
「ジーザス」
「うそうそ」
そう言って、ジェットコースターが下に傾いていっている途中で手を握ってくれる。
「私がビビってるから、手離さないでね」
「シオ──」
最後の言葉を聞いて、ジェットコースターは一気に下降していった。




