年パスの正体
「なんかおかしいよなぁ」
「そうだね」
店を出て俺の呟いた不満の言葉をシオリが拾い上げて肯定してくれる。
それはお互い頭に装着したものを差しているのではない。
「ぷっ……。やっぱ……無理……」
シオリは俺の方を見ると、我慢できずに吹き出していた。
この子の場合は俺がおかしいと思っているのかな? シオリが選んだのだから今日は1日着けるがね。
ぷくく、と笑う彼女を無視して年間パスポートに目をやる。
入口の時のシコリがさっきのショップで更に大きくなった気分だ。
これ、普通の年パスじゃないの?
遊園地に来てるのにスタッフさんペコリだすし、ショップは無料だし。
俺のこと蒼様とか言うし。
去年の夏に、ここのプールで出会ったイケメンの名前は確かに蒼、水原蒼≪みずはらそう≫と名乗る男だった。
その人物の名前が出てくるってことは、この年パスはただの年パスでは……。
「お久しぶりです。小次郎様。汐梨様」
聞き覚えのない涼しげな声が聞こえて来て、振り返るとそこにはショートレイヤーの髪のクール系の女性が目の前に立っていた。
深みのあるブルーのシンプルニットは落ち着いた大人の印象があり、定番のボトムスで合わせたシンプルな大人カジュアルなコーデ。
美人だからこそ服装はシンプルにすることにより、その人本来の良さが出ている。
学校で出会ったのなら美人が振り切ってしまう高嶺の花タイプ。
「あ、確か……」
彼女は確か、水原蒼さんの妹で……名前は……。
こちらの反応に妹さんが、小さく微笑むと頭を下げる。
「自己紹介がまだでしたね。私は水原紗奈と申します」
「ご丁寧にどうも。一色小次郎です」
「七瀬川汐梨です」
相手の自己紹介につられて俺とシオリも自己紹介してしまう。
「本日は昨年、蒼様がお渡しした年間パスポートでのご来店、まことにありがとうございます」
「あ、ど、どうも~。って、あれ? え?」
今、この人『蒼様』って言わなかった? 確か妹だよな?
俺は聞いたことないけれど、お兄様ならわかる。双子の妹だとしても、兄を蒼様って言うのは変なんじゃないのか。
こちらの困惑に気が付いたのか、紗奈さんがすぐに説明をしてくれる。
「私は幼少期より蒼様の専属メイドを務めさせていただいております」
「め、メイド?」
「リアルメイドがメイドっぽくない件」
シオリがボソリと呟くと紗奈さんが小さく笑う。
「屋敷では、ちゃんとメイド服を着てますよ」
「なるほど。出先では目立つから普通の服ってことですか」
「その通りです。あと、動きにくいですし」
「ふむふむ。やっぱり動きにくいんだ……」
そんな会話を繰り広げるシオリには悪いが、話題を戻させてもらう。
「あの、紗奈さん? えっと、妹だと言ってませんでしたか?」
尋ねると小さく笑って言ってくる。
「私、当時はそう名乗りました?」
言われて去年の記憶を蘇らせる。
あれは……いや……言ってなかったか……。そもそも自己紹介もしてなかったか? だから今日、自己紹介したのか。でも、相手は俺の名前知ってた気がするし……。蒼さんに聞いたと考えたら知ってるのか。そういえば、妹さんの名前聞いてなかった気がする。いや、この人は妹じゃないのか。
ぐるぐると考えていると、クスリと紗奈さんが笑った。
「申し訳ございません。当時は蒼様と兄妹という設定で過ごしていたので、勘違いされてもおかしくないかも知れませんね」
「せ、設定?」
つい笑いながら聞いてしまう。
「ええ。蒼様が高校生活を過ごす時に本名で生活することができませんでしたので。その時に私の名字を名乗って生活しておりました。小次郎様と汐梨様とは高校生活の時にお会いしましたので、蒼様は水原を名乗ったと思います」
「ええっと……」
なんかちょっとわからなくなってきたけど、とりあえず蒼さんは偽名を使ってたってことなんだろう。
偽名て……。
「蒼さんは何者なんですか?」
シンプルにそこに行きつく。
専属のメイドがいて偽名を名乗るハーレムイケメン野郎の実態はなんなんだ。
「はい。彼の本名は益田蒼。益田グループ総帥、益田高進の息子にして跡取り息子です」
「益田グループ……総帥……」
ボソリとシオリに耳打ちする。
「総帥ってなに?」
「さぁ……。聞いたことはある」
「なんか偉い人ってことはわかるよな」
「それ」
そんなこちらの会話が聞こえたのか、紗奈さんが教えてくれる。
「財閥等の企業グループのオーナー経営者のことを差します。つまり、簡単に言えば益田グループで1番偉い人。大金持ちの人」
簡単に説明してくれた紗奈さんに。
「その偉い人の息子が蒼さん?」
「そうです。蒼様はボンボンのお坊ちゃまというわけです」
「蒼なだけにそうそう」
「シオリ様。そのいじりをする人を蒼様は大好きなので、きっと良いお友達になれますよ」
いじられるの好きなんだ……。財閥トップの息子、いじられるの好きなんだ。
「つまり、これは……」
俺は年パスを見ながら質問を投げた。
「益田グループ総帥の息子がくれた代物ってことですか?」
「はい。ここは益田グループが経営する遊園地。ですので、全ての商品や乗り物を無料で乗ることができます」
「いやいや! 色々とぶっ飛んでますよ!?」
「ふふ。それを言えばお二方もぶっ飛んでますよ? 今時許嫁だなんて、財閥の人間でも少なくなってきているのに」
「あー……」
た、確かに。許嫁ってやっぱりレアよな。
「紗奈さん。私達は普通の許嫁じゃない」
そう言ってシオリが俺の腕に抱き着いてくる。
「超許嫁」
「超……許嫁……」
ノリの良いメイドさんみたいで、衝撃を得たみたいなリアクションをしてくれる。
「許嫁を超えた存在というのはどういう存在なのでしょうか?」
「え、ええっと……」
まさか深堀されると思ってなかったシオリは考えた後、クールに答える。
「コジローのお嫁さん!」
「あ、そこは普通なのですね」
「くぅぅう……」
普通と言われて悔しがるシオリ。確かに回答としては普通だったな。
「あ、あのー……」
「はい?」
シオリを論破? した紗奈さんへ俺の思いを告げる。
「去年の夏に、蒼さんがくれた年パスがこんな高価なものと知らなかったので、お返しします。蒼さんからしたら、自分の連れが迷惑かけたと思っているでしょうけど、俺達は別にそんなことはなかったので」
「お気になさらずお使いくださって大丈夫ですよ」
「ですが……見ず知らずの一般人にこんな高価なもの……」
小心者の俺はなんだかこれを使うのにビビッてしまった。
そこで紗奈さんは少し考えてから答えてくれる。
「言い方が悪くなってしまいますが、財閥の人間だからこそ、その程度のものという考えもできますよね?」
「た、確かに……。自分の会社のものだったら、痛くも痒くもないのか……」
「ええ。ですので、お二人はお気になさらず存分に今日を楽しんでください。今日はそれを伝えに来たのです」
「そうだったのですか」
「まぁ、本当はスタッフから『蒼様の年パスを使っている人がいるけど、本物か?』という連絡を受けたので飛んで来たのですがね」
「あ、あはは」
まぁ、怪しいわな。そりゃ。
「ですが、そういえば渡したと蒼様も仰っておりましたし、私自身も少しですがお話しした方々でしたので安心しました」
「良かったです」
「では、私はこれで失礼いたします。高校を卒業して、自分の置かれている状況に自覚を持ち始めた蒼様ですが、目を離すと消えますので監視しないと」
あー。あの人やっぱり年上だったか。そんな気はしていた。
「では、楽しい時間をお過ごしくださいませ」
そう言って紗奈さんはそそくさと去って行った。
「つまり、これを思う存分使えるってことか」
「コジロー。お主も悪よのぉ」
「シオリ殿こそ」
「「くくく」」
お互い変な笑い方をした後に、ぴょんとシオリが跳ねた。
「じゃ、絶叫系巡りに行く。後に続けコジロー!」
「御意!」




