許嫁と遊園地デート②
壮大なBGMが流れている。
名前も知らない音楽だが、心の底から、わくわくするかのような曲調。
入口ゲートに並ぶ、前の家族も、後ろのカップルも、遊園地に入る前から楽しそうにしているのが伺える。
「次の方ー! どうぞー!」
入口のスタッフさんが大きく手をあげて俺達に言ってくれる。
言われた通りにスタッフさんのところへ行くと、素敵な笑顔で出迎えてくれる。
「ようこそ! 本日はお二人でご来場ですか?」
その笑顔が例え営業スマイルでも、楽しい気持ちにさせてくれるので、やっぱりプロなんだなぁと感心してしまう。
「二人です」
「お似合いのカップルですね」
笑顔のギアを切り替えるようにスタッフさんが心地の良い笑顔を見せてくれる。
「カップルじゃなく、許嫁です」
シオリが、わざわざ訂正してみせた。
「わぁ!」
オーバーリアクションで驚いてみせるスタッフさんは目を丸めてくれる。
「すごーい! 許嫁同士で遊園地なんて、ロマンチック! 仲良し許嫁さん達には、これあげちゃいます♪」
ポケットからシールを取り出して俺達に配ると、ウィンク1つしてくれた。
「「ありがとうございます」」
お互いにスタッフさんに礼を言うと「おおっと」と、演技っぽく言ってのけると手を出してくる。
「チケット拝見させてもらいますね」
言われてシオリがスタッフにチケットを見せる。
「これで1グループいけると聞いていますけど、大丈夫ですか?」
「はーい。大丈夫……で……すょ」
語尾にいくにつれて細くなる声に違和感があった。
スタッフさんは俺達が提示した年パスを見ると、すぐ近くにいた違うスタッフに確認を取る。
そのスタッフの顔色が変わり、すぐさま手を口に持っていき、コソコソとなにか喋っている様子だ。
インカムでやり取りでもしているのだろうか。
置いてけぼりの俺達へ、スタッフがぺこぺこと頭を下げる。
「も、もも、申し訳ございません。で、ですが、まさか正面ゲートから来るとはつゆ知らず」
「え……」
なにが起こったのかわからず、やたら頭を下げてくるスタッフ。
少しザワつく入口ゲート。
そりゃ、今から楽しい場所に行くのに、スタッフに頭を下げさせている客がいれば白い目で見られるだろう。
「あ、あの。とりあえず頭を下げるのはやめていただいても良いですか」
コクコクコクとシオリも3回頷く。
「あ、ああ……。流石は蒼様。心が広い」
「蒼様……?」
全然違う名前で呼ばれて戸惑っているとスタッフが最敬礼をする。
「どうぞ、本日はお楽しみくださいませ!」
明らかにさっきのテンションとは違い、部下が上司へするような対応。
圧倒的違和感を抱えながらも、俺達は入口ゲート潜った。
「うわぁ……」
入口ゲートでのやり取りはどこかシコリが残るが、ゲートを潜った先には夢の国が広がっており、さっきのことなんて些細なことだと流してしまう。
西洋風の建物が並ぶ、広いストリート。
まだ開園したばかりなのに、沢山の人で溢れている。
「コジロー、コジロー」
グイグイと俺の服の袖を引っ張ってくるシオリのテンションが高いのは誰の目にも明らかであった。
普段クールなシオリが、顔でテンションが上がっているというのは珍しい。
まぁ、遊園地でテンションの上がらない人はいないか。
「あれ」
そう言って指差したのは、どこぞのカップル。
別に彼等を羨ましいと言っているわけではないだろう。
彼女が指差したのは、彼等の頭上。
「私、遊園地に来たら被る系女子。コジローは?」
「遊園地に来たら被る系男子」
「意見の合致。早速ショップへ行こう」
「仰せのままにー」
早速と、俺達はメインストリートの西洋風の建物へと流れて行く。
西洋風の建物の中は限定ショップ。この遊園地でしか手に入らない物がずらりと並んである。
まだ開園したばかりなので、限定ショップの中は混雑はしていなかったが、俺達と同じような考えの人達は多数いるようだ。
カップルが楽しそうに被り物を選んでいるのが伺える。
「シオリはどうする?」
俺達も、被り物を選ぶカップル達の輪に入って行き、色々な被り物を見ながらシオリへ聞いてみる。
「これかな」
そう言って被ったのは、天使の輪。そして、付属の天使の羽を背負ってみせた。
「どう?」
「冷徹無双の天使様!」
思わず叫んで反応してしまう。
「長くきめ細かなキラキラと輝いて見える髪に麗しい顔立ちをしており、華奢で守ってあげたくなる体と肌の透明感。男共をバッタバッタと冷徹に薙ぎ倒す。冷静に相手を分析し、論破
する冷徹無双の天使様そのものじゃん!」
「長い感想どうも」
言いながら、不機嫌にシオリは天使の輪と羽を外した。
「ど、どうして?」
「や。普通にコジローがうざいから」
「ガッデム!」
膝から崩れ落ちる。
「いらぬことを言ってしまったか……。リアル天使と一緒が良かった……」
「そんなに? これじゃダメ?」
シオリの頭を見ると、ネコミミが生えていた。
「ガッデム。最高。ガッデム」
「ガッデムを最高で挟むなんて新しい表現だね」
呆れた物言いの彼女を無視して、シオリの手を握る。
「さぁシオリ。今すぐメイド服を着よう」
「な、なんでメイド服なの?」
「バッキャロ! ネコミミと言えばメイドだろうがっ!」
「わかりみが深い」
理解力のあるシオリは、肯定的な返事をしてくれる。
「でも、メイド服は歩きにくいから着ない」
「わかりみが深い」
そもそも、今日のコーデは遊園地用に歩きやすい恰好を選んでくれているのに、歩きにくいメイド服を着せようなんて俺はなんて馬鹿なんだ。
「とりあえず私はこれにする。コジローは?」
「俺は……」
うーんっと、悩みながら、ツノを選んで着けてみる。
「どう?」
「却下」
「あ、だめなんだ」
「それって、イケメン悪魔のツノでしょ? コジローには似合わない」
「くっ……。夢の国でくらいイケメンでありたかった……」
「コジローはこれ」
言いながら渡されたのは、この遊園地のマスコット的な存在の不細工なうさぎの耳。
「うさぎなんだ」
言われて被ると「ぷっ」と吹き出されてしまう。
「おい。その笑いはどっちだ?」
「い、良いんじゃ……ぷくく」
「だめな方じゃない? その笑いはダメな方でしょ?」
「大丈夫。ちゃんと……ぷく。似合ってないから」
「似合ってないのかよ。ちくしょうがっ!」
笑われてしまったが、こうなったらこの被り物を被ってシオリの腹筋を崩壊させてやる。
お互い選んだ商品をレジに持っていく。
あまり混んでいなかったので、すぐにレジに通してもらう。
「袋はお付けいたしますか?」
「いえ、すぐに使いますので」
「かしこまりました。年間パスポートはお持ちですか? お持ちでしたら3%割引となりますよ」
「あ、はい。持ってます」
シオリが年パスを店員さんに渡してくれる。
「はーい。年間パスポートの3%で──え……」
店員さんが年パスを二度見すると、俺達の顔と年パスを見比べてすぐに言ってくれる。
「本日はお忍びでしたか。このままお楽しみくださいませ」
そう言って俺達へ商品を渡してくれる。
「え、あの……お代は?」
「滅相もございません。楽しんでくださいませ」
深々と頭を下げると店員さんを見て、俺はシオリと目を合わせ首を傾げた。




