許嫁と夜中の時間
シオリ……。
シオリ……。
頭の中がシオリで満たされている。
いつもの無表情の顔。整った、整いすぎた綺麗な顔。
時折見せる嬉しそうな顔や、楽しそうな顔。
普段無表情だからこそ、シオリの笑顔は爆発的に可愛さを発揮する。
美しい中に可愛らしさを兼ね備えた清楚な笑み。なににも代え難い笑顔。
拗ねた顔や怒った顔も、シオリには失礼かもしれないが、可愛いと思ってしまう。
頬を膨らましむくれた顔。俯いて泣きそうな顔。
その全てが美しく、触ると壊れそうなほどに儚い。
シオリの全ての表情が、俺の脳内を駆け巡る。
幻影のように現れては次の表情のシオリがやってきて消えていく。かと思ったら、また違う表情のシオリがやってきて俺に微笑みかける。
寝れない……。
ベッドの上でシオリの事を思い浮かべてしまっている。
悶々と彼女のことばかりを考えてしまっている。
初めてシオリを好きだと意識した時でさえ、ここまでではなかった。
だが、今日は理性が振り切り、お預けをくらって、頭の中にはシオリのことしか考えられない頭になっている。
カチャリ。
部屋のドアが小さく開く音がした。
寝ていたら気が付かないだろう極めて小さな音は、起きているからこそ気が付くことができる。
ドアの音に気が付いてすぐに、ガソゴソと布団が乱れたかと思うと、左腕に感触があった。
柔らかい感触に気が付かないフリをする。
「起きてるでしょ」
耳元で聞かされる愛おしい声に「おぅふ」と変態な声が出てしまう。
「ふふ。やっぱり起きてた」
自分の予想が当たり、嬉しいのか弾んだ声を出した。
「こんな時間まで起きてる悪いコジローには罰が必要」
「ちょ。これ以上の罰を受けるんですか?」
今以上の罰なんて受けようものなら、俺の悶々は悶々を超越してしまい、なにをするかわからなくなる。
「冗談」
こちらの焦っている様子とは裏腹に、暗闇で悪戯っ子みたいにクスクス笑われてしまう。
「一緒に寝て、良いよね?」
彼女の舌足らずの声に俺の理性が再起動を果たそうとする。
「今一緒に寝たら、今度こそ止まらないかも」
「止まらないってなにが?」
「そりゃ、その……」
「ぷくく」
わかっているくせに意地の悪いことを聞いてくるシオリはなんでこんなに愛おしいのだろうか。
「今日のクラス替えは最高だった。余韻で眠れないから、コジローの腕で眠りたいと思って」
「眠れないって……。そういえば今何時だ?」
「夜中の2時だよ」
シオリのことを思っていたら夜中の2時とか、どんだけシオリのことが好きなんだよ。
「コジローも眠れなかったんでしょ?」
「誰のせいだと思ってんだか……」
拗ねた声が出てしまうと「あはは」と楽しげな声を出して笑われてしまう。
「元はと言えばコジローが原因」
「それは……そうなんだろうけど……」
歯がゆい気持ちにさせられていると「えいっ」と脇腹をつつかれる。
「ひゅ」
「ぷくく。ひゅ。だって。えいえい」
「ひゅひゅ。ちょ。やめっ」
「隙だらけだよ」
「くっ」
寝返りをうち、シオリに背中を向けると「むぅ」と拗ねた声が聞こえてきた。
「背中見せるの禁止。ちゃんとこっち向いて」
そんなこと言われたら向かざるを得ない。
また脇腹に攻撃をされないように意識を集中させながら元の位置に背中を戻す。
「ね。好きって言って」
脇腹じゃなくて、違う方向から会心の一撃が繰り出された。
「ええっと……シオリさん……?」
「好きって言って欲しい」
夜中の眠たいけど寝れないハイテンションになっているのか、甘々な声でねだってくる。
「シオリ。好き」
「えへへ……」
こちらのはっきりとした好きという言葉にシオリには珍しく、にやけた声を出していた。
「でもねコジロー」
「ん?」
シオリは俺の耳元で囁いてくる。
「私は大好きだよ」
ドキンと心臓が跳ねた。
そんなことはお構いなしにシオリは俺に抱き着いてくる。
「ぎゅ~ってするね」
「してから言うのか」
「ふふ。強制だからね」
「強制ですか」
「うん。強制」
言いながら、彼女は俺を感じ取るみたいに強く抱き着いてくる。
「コジローの心臓の音、すごい音してる」
「そりゃ好きな人に抱き着かれてたらドキドキするだろ」
「ん? ただの好きな人?」
「大好きな人」
「えへへー」
ギュッと彼女の抱き着くが強くなり、柔らかい感触の奥にシオリの鼓動を感じ取ることができた。
「シオリの心臓も、すごい音だな」
「そりゃ、大好きな人に抱き着いてるんだもん」
「嬉しいな。俺でドキドキしてくれるなんて」
「一生ドキドキするよ。これから先も私はずっとあなたにドキドキする」
「おふ……」
そんなこと言われてにやつかない男子がいたら俺の前に来て欲しい。説教してやる。
「はぁ……。んっ……。熱くなってきた」
春の夜中はまだ寒い。掛布団がないとだめな時期だが、若い男女が心臓の鼓動を早くさせたまま布団でくっついていれば熱くなるのも当然だ。
「ちょっと、脱ぐね」
「え……」
シオリは、ガサゴソと寝間着を脱ぐ。
暗い部屋の中でうっすらと彼女は下着姿になったのを確認できる。
そのまま、先程と同じ態勢になるもんだから、感触が段違いだ。
「あのシオリさん」
「んー? なぁに?」
「そんなことされたら、風呂でのこともあって俺の理性が持たないのですが」
「ふふ。だめだよ。まだ罰は続いているんだから」
まだ罰は続いていたのか。
この生殺し感……。苦しくてどうにかなりそうだ。
「でも、変なことは考えて良いよ。頭の中、私だけにして」
「もう……シオリのこと以外考えてない……」
「ふぅん」
シオリは声を漏らすと言ってくる。
「私もコジローでいっぱい」
「シオリ……」
俺はシオリを強く抱きしめた。
「えへへ。コジローと一緒なら寝れると思ったけど、今日は朝まで寝れないね」
「誰のせいで眠れないと思ってんだが……」
「ふふ。なら、もう罰は終わりにする?」
「え……」
こうして俺はシオリと共に過ごして一睡もできなかった。
気が付いた時には朝になっていて、でもそれは、眠れなくても幸福な時間を過ごしたのであった。
朝までナニをしていたのかは読者様方のご想像にお任せいたします……。




