許嫁と正式な初部活
キーンコーンカーンコーン。
すっかり聞き慣れた学校のチャイムの音は本日の授業の終了を知らせてくれる。
今日に限って言えば学校は午前授業。それも、新しいクラス発表を見に行くだけみたいなものだ。
「じゃあな一色」
「ああ。またなー」
坊主頭の野球部のクラスメイトが俺の前を通ると声をかけてくれるので手を挙げて挨拶を返した。
今から部活にでもいくのだろう。運動部の3年。最後の夏をかけて今から自然と練習に身が入るってものだろうな。
先程、ざっと教室内を見渡した時、意外と知り合いが多いのがわかった3年5組。
1年生の時に同じクラスだった人もちらほら見えたし、初めて同じクラスになるけど喋ったこともある人もいる。
教室の後ろの方を見ると、女子生徒が黄色い声を出して女子生徒と楽しげに喋っているのも伺えた。
どうやらこのクラスには王子様系の女子生徒がいるみたいだ。なんだか漫画みたいだな。
結構、個性的なクラスメイトが多くいるこのクラスは、2年の時よりも楽しいクラスになりそうな、そんな予感がしている。
「コジロー」
誰よりも個性的で有名人だろう俺の許嫁がこちらの席までやって来る。
ああ……。去年は教室まで迎えに行ったり、来てもらったりしたが、同じクラスだとすぐに会えるんだな。この距離間。最高だね。
「一緒に帰ろ」
尊い。
なぜ、こんな簡素で簡単で単純な一言がこんなにも切なくも甘く聞こえてしまうのだろう。
どうしちまったんだ俺の耳。いや、ありがとうというべきか、俺の耳。
シオリの言葉1つ1つが嬉しくてたまらない。
「うん。帰ろうぜ」
断る理由がなに1つとして見つからない。即答してから鞄を持って立ち上がる。
2人並んで教室の前のドアの方へと歩みを始める。
「帰りにスーパーに寄らなければならない」
「冷蔵庫の中身空っぽだっけ?」
「そうじゃない。でも、寄らなければならない」
「ん? そうなんだ?」
言っている意味がいまいちわからなかったが、とにかく帰りにスーパーに寄るということだろう。
今から目指す場所が決まり、教室を出ようとした時だ。
「待つんだ」
「ここは通さないわよ」
2人の影が俺達の行方を阻む。
「映画研究部のプリンス。冬馬!」
「同じく! 映画研究部のプリンセス。純恋!」
「2人合わせてバカップル」
シオリの合いの手に、ドジャーンと謎のポージングを取る冬馬と四条。
「「見参」」
「スーパーっていつもので良いの?」
「良き」
「ん」
スタスタとスルーして教室を出て行こうとすると「ちょちょちょ」と俺の肩に冬馬の手が触れた。
「待てよ」
「待たねーよ。高三でプリンスとプリンセスを自称する映画研究部とか見てられねーよ」
「同意」
シオリはジト目で頷いていた。
「それは俺も同意見なんだが……純恋がな……」
焦りながら眼鏡を、クイっとして四条の方を見る。
俺も視線を四条の方へと向けると。
「こうかな……。いや、違うか……。こう? いやいやこうかも」
先程のポージングに納得いってなかったのか、色々なポージングを試している。
段々とグラビアアイドルみたいなポージングになっていくのはサービスなのかな。
冬馬と同じクラス。近くの席になれたテンションは放課後も健在なのね。
「そんなことより」
テンションの上がったグラドルポージングプリンセスは放っておいて、冬馬が行方を阻む理由を話してくれる。
「お前ら、部活動を忘れてないか?」
「部活?」
言われて首を傾げてシオリと顔を見合わせる。
「やはり忘れていたか……」
呆れた声を出しながら冬馬が眼鏡を、クイっとする。
「映画研究部に入部してくれただろう」
彼の言葉に手を、ポンっと叩いた。
「あー。はいはい」
そういえば映画研究部に入部したのをすっかり忘れていた。
五十棲先輩の最後の頼みで映画研究部に正式に入部した。
シオリにも事情を話すと二つ返事でOKをもらい、俺達は正式な部員となったのだ。
ただ、入部してから部活らしい活動をしていなかったので、自分が入部していたというのを忘れていたな。
シオリも俺と同じらしく、冬馬の言葉でやっと思い出したみたいで、無表情で頷いている。
「今日、部活するのか?」
「無論だ」
眼鏡を光らせて答えたので、俺はシオリの方を見た。
どうする? とアイコンタクトを送ると、なに見てんねん。みたいな顔をされる。
絆は深まったはずなのに、アイコンタクトは全然伝わらないね。
「でも、昼飯持って来てないな」
「ふむ。俺もだ」
冬馬が当たり前のように言ってのけるのでシオリが質問を投げた。
「お昼ごはんなしで部活? ブラック部活」
「流石にそんな一昔前の運動部みたいなことはしない。文化系の部活だしな。今日は今年の方向性を話し合おうと思ってただけなんだが……」
「なら、ファミレスは?」
シオリの提案に「あー」と冬馬が声を漏らす。
「話し合いだけならファミレスでご飯食べながらできる」
「うむ。七瀬川さんは予定大丈夫なのか?」
「問題ない」
「よし。なら、ファミレスに行こう」
2人の中で話が勝手にまとまったのが少し悔しかった。
「ちょっと待て。なぜに俺の予定は聞かない」
「ふん。七瀬川さんに予定全振りなお前にわざわざ聞く必要がどこにある?」
「わかりみが深い」
速攻論破をくらっちゃった。
反論もできないや。
俺の予定、シオリ全振りだもんね。
「純恋。行くぞ」
話しがまとまったので、冬馬が四条に声をかける。
「これだ! これで冬馬くんは我慢できないはず!」
あいつはさっきからなにをしているんだ?
中腰になって腕で大きな胸を寄せる、グラドルの王道的悩殺ポージング。
胸が強調されて、パツパツのブレザーが逆にエロさを倍増させている。
ふむふむ。
ついつい雄の本能的に見てしまうな。
あれで同い年とか考えるだけでとてつもなくエロさを感じてしまうぞ。
「はっ!?」
殺気を感じて振り返ると、シオリが「むぅ」といじけた顔をしていた。
「シオリ……さん?」
プイッとあからさまに顔を背けて四条の方へと向かって行った。
「行こ。純恋ちゃん」
「ん? どこ行くの?」
四条は悩殺ポーズ開発でこちらの話しを聞いていなかったみたいだな。
しかし、シオリを不機嫌にさせてしまったか。
ポンっと優しく肩に手が乗る感触。
「俺の彼女が魅力的過ぎてすまないなぁ。小次郎きゅん」
「う、うるせーよ」
凄くムカつくが、上手い返しが見つからない。
そんな俺の様子を察してか、冬馬が小馬鹿にしたような口調で言ってくる。
「彼女が可愛すぎるというのも考え物か。くっくっくっ」
あの野郎。いつか絶対眼鏡かち割ったる。
そんなことよりも。
シオリの機嫌を取らないとな。




