許嫁と普通のカップル
シオリ。四条。冬馬。
最後の学年。
最後の1年でいつメンが同じクラスという結果に全員で喜びを分かち合った。
興奮冷めやまぬまま、俺達は人の流れに乗っかりつつ、新しい教室である3年5組の教室へ向かっていた。
新しい教室といってもフロアは変わらない。
1年生の時でいう1年5組。
2年生の時でいう2年5組の教室だ。
2年4組だったシオリと冬馬。2年6組だった俺と四条からすれば隣の教室に移動になったって感覚が1番近い感じだろう。
すっかり上り慣れた廊下の階段を、べちゃくちゃと喋りながら上がって行く。
廊下を進み、4組の前を通り過ぎて5組の教室へ前のドアから入る。
教壇に上り、ここから軽く教室内を見渡す。
まだ朝のチャイムが鳴るには時間がある。
なので人の数はまばらだった。
ここから、席が穴ぼこに埋まっているのが伺える。
ただ、1年の時と違い、通い慣れた学校だ。教室内ではグループに分かれて立ち話しをしていたり、スマホゲームをしていたりと、すっかり新しい緊張感ってのは感じなかった。
そう思うと1年の頃のあの緊張感ってのがひどく懐かしい。
少々、昔を思い出しながら俺達は黒板に視線を向けた。
例年通り、教室の前、黒板のところに席順を示した紙が貼ってあるので俺達はそれに目を通す。
「やった♫ 冬馬くん。前後だね」
1番最初に声を出したのは四条。
嬉しそうな声を抑えられないといった様子だ。
「計画通りだな」
なぜ冬馬が勝ち誇った顔で眼鏡、スカラッチャとしているのかはわからない。ただ運が良かっただけだろうに。
毎年、進級した後のクラスってのは出席番号順が鉄板だろう。
我が校も例に漏れずに、新しいクラスの時は出席番号順となる。
これは学校によって違うかもしれないが、我が校では出席番号の若い数字が窓際から始まって、廊下側で終わるスタイルを取っている。
中学の頃は廊下側から始まって窓際で終わるスタイルだったので、学校によって様々なのだろう。
六堂の『ろ』が5組の名前順で1番最後のらしい。
その前が四条になっている。
つまり初期設定の時点で、バカップルが1番後ろの端っこでイチャコラするって構図が出来上がるってわけだ。
くそが。
「ふっ。残念だったな。運も実力のうちというわけだ」
冬馬がこちらに言ってくるので何事かと思っていると、どうやら彼は俺の席について述べているらしい。
俺は窓際の1番前。
どうやら今年も出席番号は1番らしい。
そして俺の後ろは江藤さん。なのでシオリではない。
まぁ、この設定で『い』と『な』が近くになることなんてないからわかってたけどさ。
「うるせーよ。すぐに担任に席替えを要求してやらぁ」
「それ」
シオリが即答で肯定してくれる。
彼女の場合、教室のど真ん中の席になってるからそれも席替えをしたい要因なのだろうがな。
「2人とも……なんでそんなこと言うの……? 席替えなんて……。どうしてあたしと冬馬くんを引き離そうとするの……?」
「四条.悲劇のヒロインを演じているけど、嬉しさが余裕で上回ってめっちゃムカつく感じになってるぞ」
「純恋ちゃん。ニヤけててムカつく」
「たははー。しょんなことにゃいよんー」
くそ。
クラス替えと最初の席が幸せすぎてなに言われてもへっちゃらってか。
「ふっ。流石のクールマックス七瀬川さんも、コジローと離れ離れで寂しんボーイか?」
「この眼鏡もムカつく」
バカップルのテンションが上がり、こっちサイドのイラつきが上昇してしまう。
そんなやり取りをしていると、カタッと教壇に上がる人の姿が見えた。
「おっと。他の人の邪魔になる。ここに長居は禁物だ。行こうか純恋。俺達の廊下側の1番後ろの席(楽園)へ♡」
「うん♡」
廊下側の席と書いて楽園と読ませてやがる。
「お前らだけラブコメしやがって!」
「そーだ、そーだ」
こちら側の抗議に冬馬が呆れた様子で眼鏡を、クイっとした。
「お前らが言うか……」
「今まで散々見せつけられたからね……。次は許嫁っプルじゃなくてあたし達普通のカップルが見せつける番!」
「うるせー! 普通じゃねぇわ! 美男美女のお似合いカップルだ!」
「そーだ、そーだ。美男美女。誰もが羨むカップル」
素直な煽りをしてやると。
「さぁ。誰もが羨むことをしようぞ。純恋」
「だね♡ えへへー。ごめんねー。2人ともー」
と、言い残して2人は廊下側の席へ向かって行った。
俺とシオリもそれぞれの席に向かうことにする。
座り慣れた窓際の1番前の席。
そこに腰を下ろしてふと廊下側の席に目をやる。
「ちっ。あいつら……。速攻イチャコラしてやがる……」
周りの目などお構いなしに四条が後ろを向いて冬馬と親しげに話していやがる。
あー、羨ましい。
俺もシオリと近くの席になりたかったな。
いいし……。
帰ったらイチャつくからいいもん。
「コジロー」
いじけていると、狂おしいほどに愛おしい無機質な声が聞こえてくる。
「シオリ」
「来ちゃった」
なんだか逢引きのイケない恋をしているみたいなセリフにちょっとドキッとした。
「なぁシオリ」
「なに?」
「廊下側の1番後ろの席より窓際の1番前の席の方が楽園ってことを思い知らせてやろうぜ」
提案するとシオリは微笑んで「いいよ」と言いながら俺の机に座った。
「あっちは美男美女でもたかがカップル。私達は深い絆で結ばれた許嫁。設定で大きなアドヴァンテージがある」
言いながら廊下側の1番後ろの席に視線を送ると、奴らも俺達の動向に気が付いたのか、こちらを見てくる。
バチバチと火花を散らす視線。
さぁ、どちらのイチャつきが上かはっきりさせようじゃないか。
なんて、思っているうちに始業を告げるチャイムが鳴り響いたのであった。




