許嫁と最後のクラス替え
はしゃいで、ふざけあった桜並木道を超えるとすぐに3年目の学校が出迎えてくれた。
もう今年で最後ということもあり、なんとなく漢字の円みたいな形をした校舎が『今年最後の1年を悔いなく過ごせや』みたいな感じを出している気がする。
先輩達の言葉と混ざった俺の妄想だろうが、どことなくそう感じてしまう。
新3年生初の正門を、自然と息の合った2人の歩幅で潜って行く。
相性抜群の俺の許嫁であり、普通の女子高生七瀬川汐梨。
だが、それはあくまでも俺の主観であり、多くの生徒の中では『冷徹無双の天使様』という異名が轟いている。
そんな名前勝ちしている容姿の彼女と歩いていれば自ずと注目を浴びてしまう。
後輩達は息を呑むように冷徹無双の天使様を眺め、見たことのある同級生は俺を今にも完全犯罪で地中海にでも沈めそうな目をしている。
俺とシオリが許嫁というか、付き合っているというか、常に一緒にいるってのは、同級生ならば半分くらいは知っているみたいだが、どうもまだ全体には知れ渡っていないみたいだ。
なので、シオリはまだまだ告白されるし、冷徹無双の天使様を発動しないといけない。発動しないとまた変な勘違いイケメンに絡まれてしまうだろうしな。
注目の的になっているのを頑張って無視して昇降口付近までやってくる。
「うはぁ」
「すごい」
そこには沢山の生徒でごった返しており、壁の方は特に蜜になっていた。
なぜなら、ここには去年同様に新しいクラスが張り出されているからだ。
「見え、見え……」
背伸びをしてなんとかクラス表を見ようと試みる。
「見える?」
「見えん」
「だろうね」
諦めて背伸びをやめることにする。
こうなれば去年のリベンジを果たす時が来たようだ。
去年はこの人混みの間をすり抜けようとして、惜しくも敗北。人の波に押し返された悔しい思い出がある。
だが、今回は3年生。成長した今の俺なら、イケる!
「っとう!」
バイン。
「あっふん!」
簡単にはじき返されてしまった。
はじき返された勢いでシオリの目の前で倒れてしまう。
「カッコわるい」
「デジャヴ!」
なんか去年と同じような感じ!
膝を叩いて、去年の屈辱を晴らすことができずに悔しがっていると天の声が聞こえてきた。
「私に考えがある」
「ぬ?」
「しゃがんで」
言われた通りにしゃがむと「よいしょ」と首元から肩にシオリのふとももの感触がある。
肩車をするってことね。
細い足なのに凄く柔らかい彼女の脚を堪能していると「立って」と言われてしまう。
「もう勃ってるけど」
股間は。
「?」
こちらの下ネタはどうやら通じなかったみたい。
壮大にやらかしたので、言われた通りに立ってみる。
シオリは軽い。絶対軽い。だけど、流石に女の子と言えど、人間を肩車するのはきつい。
少しだけ、フラッとしたがなんとかバランス良く立ち上がる。
彼女の作戦はこの誰よりも高い位置から見ると言った単純だが良い作戦だ。
「見えたか?」
「コジロー大変」
緊急事態が発生したみたいだ。
彼女の声色は無のままだが、なにかあったのだろう。
「ど、どした!?」
もしやクラス分けがとんでもないことになっているとかか。
不安で心臓の鼓動が一瞬強くなる。
「そういえば私、目が悪いから見えない」
「だめじゃん」
この肩車になにも意味もなかった。
いや、シオリのぬくもりを脚から感じることができるたので意味はなくないか。
「朝からなにをしているんだ?」
後ろから、男の俺でも身震いするようなイケメンボイスが聞こえてくる。
聞きなれた声に反応して回れ右をしてみるとそこには思い描いたイケメンが立っていた。
「あ、六堂くん」
頭上からシオリは見下ろすように眼鏡イケメンの六堂冬馬の名を呼んだ。
彼は自分の癖である眼鏡、クイっをしながら呆れた顔で見ている。
「朝からお熱いことで」
これはお熱いに入るのだろうか。
まぁ良い。
「人のこと言えんのかよ」
彼の隣にいる天使の様に可愛らしい美少女を見ながら言ってやる。
「おはよう。汐梨ちゃん。一色君」
目が合うと手を振ってくれるのは慈愛都雅の天使様だなんて異名を持つ四条純恋。
彼女は誰にでも優しく、気配りができ、ノリが良い。おまけに胸が超高校生級ということからそんな異名が付いたみたいだな。
ただ、シオリみたいにその異名が浸透しているわけではなく。
四条さん。
純恋ちゃん。
よっちゃん。
すみれん。
じょーさん。
等々。
数多くのあだ名の持ち主でもある。
彼女の挨拶に、俺は一旦シオリを降ろしてから「おはよう」と2人で返した。
「汐梨ちゃん達は新しいクラス見た?」
四条の質問にシオリが「まだ」と端的に答える。
すると、2人の天使様の会話に眼鏡のイケメンが眼鏡クイっをしながら乱入する。
「欲しい情報はこれじゃないか?」
ドヤ顔でスマホを見せつけている。
「おお」
スマホにはクラス表の写真が映しだされていた。
「ふふふ。流石冬馬くんだね」
自慢の彼氏♪
みたいな口調で四条が嬉しそうに言ってのけた。
「去年も冬馬に世話になったな。サンキュ。で? もう見たのか?」
「いや、この人だかりだ。去年みたくみんなで一緒に見ようと思ってな」
冬馬の言葉に「うーあー」と唸り声を出す四条は不安げな顔であった。
「緊張するー」
「大丈夫。みんな同じ選択授業にしたから」
「だ、だよね」
声には出さないが、正直俺も緊張している。
もちろん、違うクラスになったからといってなにかあるわけではない。実際、去年はシオリと違うクラスだったけど、関係なく仲は深まっていった。
強いていうなら、クラス行事が面白くなかった程度だ。
だから違うクラスでも大丈夫。
なんだけど、やっぱりみんなで違うクラスが良いよね。
「見るぞ。今年はどっちから見る?」
冬馬の問いかけに、手を挙げたのはシオリだ。
「コジローの一から」
「コジローの一というか、一色の一ね。それって去年と一緒じゃない?」
「コジローの一から見て、クラス離れたらコジローのせいにする」
「おいい! なにその理不尽! じゃあ、七瀬川の七からだ!」
言ってやるとシオリが俺の手を握ってくる。
「シオリ」
「へ?」
「シオリって呼んでくれなきゃやだ」
「いや、今のはそういう意味じゃないんだけど」
「シオリ」
「シオリ」
「なぁに? コジロー」
「むふ」
「あ、コジロー5組だわ」
冬馬のイケメンボイスが響いて一瞬なにを言っているのかわからなかった。
って。
「おおい! なにを先に見てんだ!?」
「そりゃいきなりイチャつき出したし。なぁ? 純恋」
「そうだよ。いきなり2人の世界に逝っちゃうんだもん。見てられないよ」
うっ。反論できない。
だが、俺のクラスはわかった。
「あ、汐梨ちゃんも5組だ」
四条の声がして一瞬なにを言っているのかわからなかった。
しかし、その言葉の意味を理解した時、シオリの方面を見ると。
「ふ、ふふふ。と、ととと、当然の結果なり」
緊張が解けたみたいに震えている。
語尾もなんだか変になっている。
「きゃ! あたし達も5組!」
突如、黄色い声を出した四条が冬馬に抱き着いた。
冬馬は顔を赤くしながら。
「く、くくく。と、ととと、とうぜーんだ」
ああ。シオリと冬馬ってちょっとだけキャラ被ってんだなと思った。
「てかてか、全員一緒!? 凄くない!? ねぇ!? 凄くない!?」
興奮状態の四条が大きな声で言ってのける。
「ああ神様!」
「呼んだ?」
シオリが四条の前に出ると「きゃあ!」という黄色い声を出すと「うっ!」という吐き声が聞こえた。
四条の抱擁が強くなったのだろうな。
「神様まじエンジェル」
降格してんじゃん。
神様がエンジェルなら降格してんじゃん。
「ありがとう神様。サンキュー神様。まじ感謝」
「うむ」
四条は冬馬から離れてシオリと手を握り合い、ブンブンと振り回していた。
ブンブンと激しくしている様子は、冬馬と一緒になれた喜びか、それとも4人一緒の喜びか。
「神様これからもよろしくね! 楽しい1年にしようね」
「任された」
返事としてはそれで良いのかわからないが、2人の微笑ましい光景を見て笑みがこぼれる。
「みんな。楽しいクラスにしような」
そんなことを自然と口走ってしまうと。
「「「当然!」」」
3人はそう返してくれた。
最後の学年。
それは最高の形でスタートを切ったのであった。




