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許嫁と最後の始まり

 3年生編。スタートです。

 カツ、カツ。

 カッ、カッ。


 2人分の足音が通学路に響き渡る。


 同じ歩幅で、同じタイミングで音を奏でる。


 俺はスニーカー。彼女はローファー。


 タイミングは同じでも足音は違い、それぞれ違う音を奏でている。


 それと相まって、彼女との雑談の声。


 いつもの声。


 小さな笑い声や少しふざけたりした声。


 時折、大きく笑ったりとなにも変わらない2人の時間が過ぎて行く。


 サアアァァァ。


 風が吹いた。


 冬の終わり、春を告げるような風はどこか悪戯っぽく彼女の髪とスカートを靡かせた。


 そんな悪戯な春風に乗り、桜の花びらが、はらはらひらひらと舞っている。


 まるで俺達が無事に3年生に進級したのを祝うかのような桜吹雪。


 2年間通っている通学路。


 歩き慣れた通学路だが、この時期はいつもこの光景に目を奪われてしまう。


 綺麗な景色だ。


 1年目の春も、2年目の春も同じような感想を抱いた。多分、何年通おうが同じ感想を抱くのだろう。


 ただ……。


 この景色を。

 この光景を。

 高校の制服姿で。

 高校生の彼女と……。


 共に見るのは今年で最後となってしまう。


 そう思った時、突如として俺の足が止まってしまう。


 それまで、2人分の足音が響いた通学路が1人分の足音だけになってしまった。


 彼女の足音を聞きながら、自然と俺はポケットからスマホを取り出してカメラモードに切り替えいた。


 カツン、カツンと数歩、ローファーの足音が響いたかと思うと、ピタッと止まった。


「コジロー?」


 美少女が振り向いた。


 七瀬川汐梨。


 麗しい顔立ちは男女問わず、2度見してしまうほどの美しさ。


 長くきめ細やかな髪はキラキラと輝いており、トレードマークの首にかけたヘッドホンで、きゅっとなっているのがとてつもなく愛おしい。


 華奢で守ってあげたくなるような体と肌の透明感。


 無表情で無口だった彼女は冷徹無双の天使様なんてあだ名が付いているが、今の俺にはそう見えない。


 七瀬川汐梨は普通の女子高生だ。


 カシャ。


 桜の花吹雪の中の彼女をスマホのカメラに収める。


 綺麗だなんて思っていた景色は、彼女が入るだけ神秘的な景色へと移り変わった。


 いや、これ、普通の女子高生で片付く映え方じゃないだろ。


 なんなん。この写真。


 天使やん。


 いやいや、女神様も超えとるやろ。


「盗撮……」


 いつの間にかこちらに寄って来ていた彼女は、ジト目でこちらを見てくる。


「あまりにもシャッターチャンスだったから、ついな」

「その写真どうするの?」


 聞かれて少し戸惑った。


 別にどうこうするわけでもなく、ただ本当に神秘的だったから撮っただけだ。


 反射的に手が動いただけで、どうこうするために撮ったわけじゃない。


 もし、理由付けをしろと言うのならば……。


 ただひたすらに美しいきみの一瞬を、スマホの中に収めていたかった。


「まさか……」


 なにかを察したのか、シオリは引いた声で言ってくる。


「その写真を転売するつもり? 転売ヤー?」

「シオリ。転売ってのは、他で買った物を更に違う所に売り渡すことだから、今の状況的には使い方が間違っているぞ」

「その写真をオークションに出すつもり?」

「これは高値で売れるだろうな。リアルガチで」


 写真を再度確認するが、絶対売れる。そこらのアイドルの写真なんかよりずっと、ずーっと高値で取引されそうだ。


「そのお金で企業設立。海外進出。億万長者」

「夢が膨らむね」

「早速オークションに出そう」

「でも、だーめ」


 もしかしたら、本当に企業を設立できるまでの金が入って来るのかも知れない。それほどまでに神秘的な写真だ。


 だが、そんな金は必要ないし、誰にも見せる気もない。


「これは俺のホーム画面にすることにする」


 スマホで撮った写真をスマホのホーム画面にする。


 これが現実的で1番の使い方だろう。


 スマホの設定画面を開いて、先程の写真をホーム画面に設定しようとすると、ひょいとスマホを取られてしまう。


「へいへい。シオリさんやい。上手いこと奪い取ったな。でも、なんで俺のスマホを取るんだ?」

「それをホーム画面にするのはだめ」

「なんで?」


 聞くとシオリは俺のスマホを操作した。かと思うと、ピタッと肩を引っ付けてくる。


 同じシャンプーを使っているはずなのに、どうして彼女からはこうも良い匂いがするのだろうか。


 しかもただ単に良い匂いなだけではない。


 泣きたくなるような。それでいて安心するような。ずっとこのままでいたいという気持ちにさせるような彼女の香り。


 壊したくなるほど抱きたくなるのを、グッと堪えていると、シオリは一生懸命にスマホを持った腕を伸ばしていた。


 スマホはインカメが起動されており、俺とシオリの姿が映っている。


「い、いくょぉ」


 頑張って腕を伸ばしているので、若干語尾が震えているシオリの声に、俺は咄嗟にピースサインをした。


 カシャ。


 スマホのシャッター音が切られると「ふぅ」と一息吐いてシオリは出来立ての写真を見た。


「……」


 彼女は数秒間固まってから口を開いた。


「ボツ」

「なんで?」

「なんでも」

「どれ?」

「だ、だめ」


 スマホを見せてと言わんばかりに手を伸ばすと、胸元に隠すように持っていかれてしまう。


「なんでだめなんだよ」

「なんでも。次はコジローが撮って」


 言いながら俺にスマホを渡してくるのは天然なのかなんなのか。


 容赦なく先程の写真を見てやる。


「あ!」


 俺が見ないとでも思ったのか、シオリには珍しく大きな声を漏らす。


 そんな声を無視して写真を見てやるとボツの理由がわかった。


「目、瞑ってるな」


 シオリの目は閉じられている。


「コジロー卑怯者」

「素直に渡したのはシオリだろ」

「そうだけど……。ばか、ばか」


 可愛らしく、ぽこすかぽこすか俺の体を叩いてくる。


「あはは。良いじゃん。これはこれで」


 ちょっとキス顔っぽくて、これはこれで良いと思う。


「だめだよ。そんなのだめ。早く消して」

「良く撮れてるから消さないっての」

「消して」


 言いながら俺のスマホを取ろうとしてくる。


 2度目は腕を高く上げて上手いこと回避できた。


「だめだめー。これも俺のアルバムに入れる」

「うう……。恥ずかしいから消して、よ」


 ジャンプして俺のスマホを取ろうとするが、限界まで伸ばした手までは届かないみたいだ。


「あ、ほらシオリ。もう1枚撮るんだろ?」

「そうだった」

「ほら、構えて構えて」

「うい」


 こちらの言葉に素直に従い、先程と同じ位置に着いた。


 俺は上げていた腕をそのまま少し降ろしてからスマホの画面を見る。


「シオリ。笑って笑って」

「限界まで笑っている」


 確かに、シオリは今、無表情に見えてちゃんと笑顔を作っている。


 長い付き合いの中で、彼女の無表情の中に感情を読み取るのは容易になったのだが、写真越しでは流石にわからない。


 シオリは表情表現が乏しい。


 もちろん、喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しんだり、色々な顔を見せてくれる。ちゃんと感情の変化を表情で表現できる。今まで何度も見てきた。


 ただ、表情を作れと言われた時にはこんな感じになってしまうのだろう。


 だから俺は耳元で囁いてやる。


「好き」

「な……」


 シオリが照れた瞬間にシャッターを切ってやる。


 カシャっという音と「あ」というシオリの間抜けな声が重なった。


「どれどれー?」

「ちょっと! 今のなし!」

「おお。良いじゃんこれ」


 シオリは頬を赤く染めており視線は俺を向いている。


 完璧に照れている姿であった。


 これは美しいというよりは、可愛いな。一生愛でたい。まぁこれからもそのつもりだけど。


 俺の声に彼女はスマホを奪い取ると、プルプルと震える。


「こんなんだめ! 絶対だめ!」

「これ以上ない写真だぞ」

「だめ。こんなの不平等」

「大好きな許嫁男子に照れる許嫁女子の構図だな」


 笑いながら言うと「うう……」と睨んでくる。


 ほら、こうやってシオリは怒りの表情も見せてくれる。


 なんて言ってる場合じゃなかった。


「コジローのばか。ばーか」


 そう言って怒った足取りで歩み出す。


 カッカッと先程よりも歩幅が短いのは怒って歩いている様子である。


「あ、待ってくれよシオリ」

「バカジロー! ばあか!」


 彼女は楽しそうに言ってのけると、そのまま先に学校へ向かって行った。


 今日から高校3年生。最後の学年。


 最後の始まりを告げる日の朝は騒がしくも楽しく過ぎて行くのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] たまにくる情景描写全開の話ですね…あぁああああ好き。写真のところなんて脳内再生余裕です…
2022/09/01 18:44 退会済み
管理
[一言] あ、いえ。普通に季節が進んで、春になったらなぜかまた高2の一年が始まる、というパティーンです。 うる星やつら(なんかリメイクするのだっけ?)が何年たっても誰も卒業しないようなもので… ただ、…
[一言] 昔ナナハンライダーという漫画が有って。高2の夏は今だけだ、と言いながら延々と高2の一年をループし続けて連載していたとか。 ちゃんと時間が進むと、終わりってきちゃうんだよねえ。
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