最高の夜も許嫁との思い出となる
風呂から上がり、本日宿泊させてもらうコテージの居間のソファーに男3人での話し合い。
「それで、どうやって告白します?」
先程の風呂での件の延長戦。
告白のシュチュエーションをどうするか問いかけてみる。
「うぬ……。どうするか」
タンクトップの五十棲先輩は腕を組んで悩んだ声を出す。
しかし、いくらコテージ内は暖房が効いていると言え、この時期にタンクトップってのはどうなんだ。今から告白する奴の恰好ではない。まぁ、俺達が囃し立てているのでなにも文句は言えない
が。
「いいか?」
冬馬が律儀に手を挙げて発言権を取得する。
「こういうのはどうだろうか?」
立ち上がり、ちょいちょいと俺も立てなんてジェスチャーをしてくるので素直に立ち上がる。
冬馬は俺を壁際まで行くように促すと。
ドンッ!
なんて激しい音を立てて俺を見つめる。
「俺の女になあれ」
「ださっ」
あ、やば。普通に言っちゃった。
「な、なにがダサいんだ!?」
「古い、古い。発想が古いし今の時代は受けん。それになんだよ。『俺の女になあれ』って。昭和の魔法少女が魔法でもかけてんか?」
「くっ……」
反論してこないってことは冷静になって思い直したってことだろう。
「なら小次郎。お前の意見を聞かせてもらおうか」
「ええ……」
ガシガシと頭をかきながら考えるが、良い案は出ない。
「普通に好きです。付き合ってください。で良いんじゃない?」
「つまんな」
「おいい! つまんなってなんだ!? なんで告白に面白さを求めてんだよ!」
「体育祭と俺を利用した、特殊性癖告白を披露しているお前がなに普通を語っているんだ」
「確かに」
俺は膝から崩れ落ちた。
「借り物競争を抜け出して告白するお前に、壁ドンを貶す資格はないのだよ」
「反論の余地なし」
悔しいが冬馬の言う通りだ。
俺は壁ドンをバカにしてしまった……。すまない全国の壁ドンファンのみんな。
「懺悔として七瀬川さんに壁ドンな」
「俺は……それで許されるのですか?」
「壁ドンは迷える子羊の味方。誠心誠意、壁ドンをすれば壁ドンも心を広くして許してくれるだろう」
「おお……。壁ドン……」
こちらのコントを見ていた五十棲先輩は「ふむ」と声を漏らした。
「今のは、かなり参考になったな」
「「え」」
今のが?
不安な思いを抱いていると「ただいまー」なんて軽快な声を出して女性陣が帰って来る。
「おかえり」
冬馬と俺は、ソファーに座り直しながら出迎えの挨拶をする。
女性陣は男性陣の対面に腰を下ろした。
湯上りの3者3用の恰好。3人の部屋着にドキドキするが、見慣れているシオリがダントツで可愛い。
「なに?」
「んにゃ」
2人なら、可愛すぎて見惚れていた、なんて言える。しかし、冬馬達はともかくとして、先輩達の前で言うのは流石にうざがられるだろう。
「まったく……。なにを今更照れているのやら……」
眼鏡を、ククイッとしながら冬馬が四条を見つめて平然と言ってのける。
「部屋着の純恋は世界一可愛いぞ。抱きしめたい」
「抱きた……。あ、えと……」
ん?
いつもの四条らしくなく、もじもじとして顔を赤くし出した。
「むっつり発動中」
「ちょっと! 汐梨ちゃん!」
「むっつり?」
状況のわかっていないこちらは、なぜ今のでそんな発言が飛び出してくるのか理解に苦しむ。
「わーわー! 一色君! 声に出さないでー!」
「純恋ちゃん。今のはそういう意味じゃない」
「だ、だだだ大丈夫。わかってるから」
汐梨と夏希先輩が無反応だから、四条が1人でてんぱっているように見える。
というか。
「夏希先輩大丈夫ですか?」
先程から一言も発さずに、顔を真っ赤にして座り呆けている。
湯上りの赤さにしたら異常に赤い。
もしかしたら湯あたりでもしたのか心配になった。
「夏希先輩?」
こちらの声かけに無反応だったので、再度名前を呼ぶと「え?」と、ようやくと反応してくれる。
「大丈夫ですか? ちょっと体調悪いような気がしますけど」
「だ、だだ、大丈夫だ。うん。大丈夫なんだ」
「そうですか?」
女性陣を見ても特段心配している様子はなさそうだ。なにより、本人がそう言っているのなら大丈夫なのだろう。
「あ、みんな」
四条が汐梨と夏希先輩を見比べた後に発言した。
「こういう時ってトランプして場をあたため──コホン」
なにかを言いかけて咳払いをするとシオリが追加する。
「トランプしよう」
四条がなにを言いかけたのか気になるが、冬馬が「良いな」と賛同の声を上げると、先輩達も肯定の意を示した。
「でも、トランプなんて持って来てるのか?」
「ふふふ。ぬかりはないのだよ。一色君」
四条が怪しい笑みを浮かべながら立ち上がると、2階にある寝室へと向かって行った。
すぐに降りてくると、その手にはどこにでも売っていそうなトランプが持たれている。
「とりあえずババ抜きでもする?」
「とりあえずな」
四条の提案に冬馬が乗っかり、誰も否定しないのでソファーのセンターテーブルにそれぞれ6人分のカードが配られて、ババ抜きが開始された。
数分後。
夏希先輩が1位で抜けて、五十棲先輩が最下位で幕を閉じた1回戦。
続いてやるものだと思ったが、四条が立ち上がり「喉乾いたぁ」と冬馬に視線を送る。
「冬馬くん。ジュース買いに行こっ」
「ぬ? ああ。そうだな」
「先輩達もなにか適当に買って来ますね。ほら、行こう冬馬くん」
どこか違和感のある四条の発言。
いつもの彼女なら、気を利かせてなにを飲みたいか聞くと思うのだが。
怪しい背中を見つめているとシオリがこちらに視線を送っているのがわかった。
「コジロー。今のバトルで体が火照った」
「波乱万丈もなにもないババ抜きでか?」
「波乱万丈もなにもないババ抜きで」
「ほぅん」
「外で涼みたい。来て」
とてもそうは思えないがシオリは立ち上がり俺を誘う。
断る理由もないので、先輩達に軽く会釈をしてからコテージを出た。
「あ、来た来た」
コテージを出ると、飲み物を買いに行くと行った2人が目の前に立っていた。
「なにしてんの?」
シンプルな疑問に冬馬が答えてくれた。
「2人っきりにする作戦なんだと」
「そう」
四条は自信満々に言ってのけた。
「名付けて≪ドキッ! 雪山コテージで2人っきりの夜! こんなの最高の夜になるに違いない大作戦≫だよ!」
古臭いネーミングセンスってのは彼女に映るものなのか……。昭和の時代を生きたことはないけれど、昭和臭さの滲み出るネーミングだな。
だが、それを聞いてシオリと四条の行動には納得した。
「まぁ。結構無理くりだけど、2人っきりにしたと」
「大丈夫か? 現場的には温まりが甘いと思うが……」
冬馬の言う通り、まだババ抜きを1回しただけだ。
「だって、夏希ちゃん見てられないんだもん」
確かにずっと真っ赤だったな。
「風呂でなに言ったんだ?」
「言ったのは五十棲先輩」
俺の疑問にシオリが答えてくれるが、どうして五十棲先輩が出て来たのか理解できなかった。
「先輩のバカでかい声がこっちまで聞こえてきたんだよ」
「あー。もしかして『夏希が好きだ』っての?」
「それそれ」
確かにあの声は大きかったな。
照れ隠しもあってか、どでかかった。それが聞こえて夏希先輩はずっと顔が赤いのか。
「じゃあ、まぁ既に告白の準備は整っているのだな」
「うん。だから、あたし達はどっかで暇潰して帰れば中ではカップルが誕生してる──ってシオリちゃん!?」
四条の言葉の途中でシオリがバルコニーの方へと足を向けていた。
「暇つぶしなら。覗くべき」
「おいおいシオリ」
呆れた声を漏らしながら言ってやる。
「なにそれ。超面白そうじゃん」
シオリに続いてバルコニーに向かうと。
「この波に乗るしかないな」
「ええ! あたしも2人の様子気になるっ!」
結局、4人でバルコニーから2人の様子を見ることになった。
バルコニーの窓から頭を少しだけ出し、バレないように4人で覗き見る。
「な、なんだか悪いことしてるみたいでドキドキするね」
「成績悪いのはドキドキしないの?」
「うっ!」
シオリの1撃が四条にクリーンヒットした。
最近、シオリが四条に厳しいな。仲の良い証拠なのだろうが。
「ふむ。しかし、なんのアクションも起こしてないな」
「だな」
2人は座っている位置から動いておらず、会話もしていない。
「ああ。じれったい。俺がイヤらしい雰囲気にしてくる」
眼鏡を光らせて、腕まくりをしながら冬馬が凸ろうとしているのを全力で止める。
「バカ野郎。今俺達が出て行ったら作戦が無駄になる。信じようぜ! 先輩を!」
無駄に熱く語りかけるとシオリが冷たい声を出した。
「変態を?」
「うん。信用できないね。脱ぐかもだね」
あの先輩ならやりかねない。
「折角の告白なのに裸とか……」
四条がどこか頬を赤らめている。
「純恋ちゃん。むっつり発動中」
「ち、違うよ!」
「四条……。お前、むっつりなの?」
「ち、違うって!」
「むふっ! 純恋はむっつり……」
「そこの変態眼鏡。興奮して眼鏡を高速にクイクイしてるお前が変態だぞ」
「俺は変態眼鏡じゃない。むっつり眼鏡だ」
お前、変わったよ。冬馬。
ドヤ顔で言ってのける冬馬の眼鏡をなぜかシオリが奪い取る。
そしてサウスポーよろしく眼鏡を思いっきり雪に目掛けて投げた。
スライスの軌道で、ボスっと眼鏡が雪に埋まっていった。
「七瀬川さああん!?」
「ごめん。無性にイラついた」
「きゃ」
言いながらシオリは四条の胸を鷲掴みにしている。
なんなの? このカオスなバルコニー。
「おい! お前ら! 五十棲先輩が動いたぞ!」
俺の声に真剣な空気になる。
眼鏡を取りに行った冬馬も加わり、4人で中の様子を伺う。
五十棲先輩は夏希先輩の隣に座りなにか言っているのがわかるが、流石の先輩の通る声もここまでは聞こえない。
だが、手をドンっと叩いた後にバカでかい声を発した。
「俺のダンベルになあれ!」
──は?
一同、頭に?マークを出しながら中を伺うと、硬直していた夏希先輩が、どんどん怒りのボルテージを上げて立ち上がり、飛び蹴りをかましていた。
そこからいつもの攻撃が始まるのかと思いきや、夏希先輩は震えながらなにかを五十棲先輩に伝えていた。
その言葉に反応した五十棲先輩が起き上がると。
「「きゃ」」
思わず女性陣が声を漏らす程の、儚い抱擁を見してくれた。
「なんだかんだで上手くいったみたいだな」
「だね」
「それじゃ、お祝いのジュースでも買って来ますか」
「そうだな」
「かんぱーい!」
ジュースで乾杯をして俺達は先輩達へそれぞれお祝いの言葉をかけてあげると、2人は珍しく恥ずかしそうにしていた。
「ありりがとうな。みんな」
「まぁ……。うん。ありがとう」
特に夏希先輩が恥ずかしそうにしていた。
「卒業前に思い残すことなく終われそうだ」
「そうだね。悔いなく卒業できそうだ」
「みんなも来年の今頃に悔いのない高校生活にしろよ」
「あと、1年なんてあっという間だからな」
悔いなくあと1年。
2人の言葉にどこか考えさせられていると冬馬が五十棲先輩に質問する。
「あの。ダンベルになあれってのはどういう意味ですか?」
「ああ。それは気になった」
うんうんと、意味のわからない告白のセリフに全員が気になっていると、五十棲先輩は笑いながら言ってくる。
「ダンベルみたいに俺をいつでも鍛えてくれって意味だ」
「「「「「伝わるかっ!」」」」」
5人のツッコミが入り、場に笑いが起こる。
こうして、先輩達に取っても、俺達に取っても最高の夜は過ぎて行き、この先輩達との旅行もシオリと過ごした日々の思い出に変わっていった。
次回から3年生編に突入しようかと思います。
3年生……。最終学年……。高校生活最後の1年。
彼らはなにを思って過ごすのか……。




