作戦決行(男湯)
カコーン。
鹿威しの音が露天風呂に響く渡る風流な露天風呂。
見上げれば、冬の空は澄んでおり星々が無限に広がっている。
「ふぃぃあぁぁ」
岩の露天風呂に浸かると冬馬が、極楽極楽なんて言わんばかりの気持ち良さそうな声を出した。
独特の声だったが、彼の気持ちは理解できる。
ここの風呂は弱アルカリらしく、看板には入る石鹸風呂なんて謳われていたな。実際、湯に浸かってみると、すべすべで本当に石鹸の風呂に入っているみたいだ。
そんなだから浴室内の床が滑りやすくなっているので注意と書かれていたな。
ガチーン!
「いであ!」
物凄い音と共に五十棲先輩の声が浴室内に響き渡った。
あんな風に転んでしまうので、弱アルカリの温泉は足元注意ヨシだ。
「大丈夫ですか?」
「ふむ。やはり床ではご褒美にはならないか」
転んだのがドMで良かった。普通の人ならテンション下がってただろうから。
別段痛そうなところもない様子で五十棲先輩は俺達のところへ来てくれる。
「それって夏希さんならご褒美ってことですか?」
冬馬が速攻で仕掛けた。
その心意気は良いのだが。
「おい眼鏡野郎。なんで俺を見ながら言ってきやがる」
「おっと、すまない小次郎だったか。眼鏡を外しているとボヤけてしまってな。波動が同じだったから、先輩だと思ったぞ」
「おい待て。つまり俺はガチムチのドMと同じ波動ってことか?」
「そうなるな」
「オーケー。ホーケー。そのことに付いて詳しく話そうじゃないか。この皮被り野郎」
「日本人の7割は皮付ウィンナーだぞ」
「知りたくなかった事実!」
そんな会話をしていると「あっはっはっ!」と豪快な笑い声がこだました。
俺が彼の方向を見ると、冬馬はなぜか星空を見上げていた。
「なんで今のが空から聞こえるんだよ」
言いながら冬馬の頭を掴んで五十棲先輩の方向へ向けてやる。
「やっぱりお前らは面白いな。ははっ!」
はぁ……と笑い疲れて一呼吸入れると、五十棲先輩は俺を見てくる。
「一色とも一緒に部活したかった」
「ああっと……」
いつもの五十棲先輩とは雰囲気の違う言葉をもらい、こちらが詰まっていると、すぐに優しく豪快に笑ってくれる。
「困らせるつもりはなかったんだ。すまない」
「い、いえ」
「まぁほとんど部員みたいなものだったし。今日だって来てくれて感謝している。ありがとうな」
「冷静に考えたら部員でもないのに、ノコノコ来て迷惑だったかなとも思ってたりしてたんですよね」
「あっはっは! 迷惑なんて思うはずないだろ! 一色も俺の可愛い後輩だ。そんな後輩を迷惑だなんて思うはずもない!」
この先輩、なんで今日はこんなにかっこいいの? 卒業間近だから? 18歳だから? もう18歳から成人になった世の中で、成人として芽生え出しているから?
「そうだな……。もっと部活というか……。学校生活送りたかったな」
いつも変態な先輩が、どこかアンニュイな雰囲気で、ボソリと呟いた。
いつも変態で明るい先輩でも、卒業が近づくとこんな風になるのか。
誰だって通る道である卒業。
俺も来年の今頃は五十棲先輩みたいな感じになっているのだろうか。
「学校生活に後悔はない。楽しかったし、充実していたと自負している。ただ1つ心残りがあってな」
「五十棲さんの心残りとは?」
眼鏡もないのに、エアクイッをしながら冬馬が問う。
「おいおい。六堂。他人事みたいな言い方だが、お前のことでもあるんだぞ」
「え?」
「映画研究部。このままだと同好会になっちまうぞ」
「なんでですか?」
「なんでって。そりゃお前と四条の2人だけになっちまうからだろ」
「ファニチャー!」
なんで家具! って叫んでるんだろう。
まぁ深い意味はないだろうな。
「そうか。部として認められるのは4人。3年になれば純恋と秘密の隠れ家的に部室を使用できると思っていたが、このままだと同好会になってしまうのか……」
「使用用途が不純だが……。別に良いんじゃねぇの?」
「同好会になれば部費が出ない。それに部から同好会に降格したのならすぐに人数を集めないと廃部になってしまう」
ああ。なるほど。そういう縛りがあるのね。
「つまり純恋との《ドキッ。みんなが授業をしている中で2人だけの秘密の授業》が結構できないではないか!」
「冬馬……。お前変わったよ……」
変な方向に。
「わかる。わかるぞ六堂。あそこがないと筋トレできないもんな」
この先輩は先輩で耳がイカれてるらしい。今のがどう筋トレに結びつくというのだ。
まぁ……ガタイを見る限りでは全ての物事は筋肉で片付けるタイプだろうし、今のも筋肉のお導きだとでも言いたいのか。
うん。意味不明。
「小次郎! 3年になったら七瀬川さんと共に映画研究部に入ってけろ!」
「手を触ってくるな! てか、お前の手たまご肌!」
「頼む!」
「俺が入ったら隠れ家じゃなくなるぞ?」
「昼休みには図々しく来てるじゃないか! 今更だろう!」
「言い方っ! 反論の余地もないわ!」
手をにぎにぎされて気持ちがっていると「一色」と真剣な声で五十棲先輩が呼んでくる。
「俺からも頼めないか。もちろん強制じゃない。ただ、所属していた部がなくなるなんて嫌だからな。なんていうか、せっかく色々と活動していたものが全部消えてしまう気がしてさ」
「五十棲先輩……」
彼の言葉を受けて、これまでの活動が蘇る。
「……」
部員でもないのに共に活動したのは最早部員と言っても過言ではない。
逆になんで部員じゃなかったのか疑問にも感じる。
別に映画研究部に所属しても俺の生活は変わらない気がする。
それが誰かのためになるのなら。
「そうですね。ほぼ部員みたいなものでしたし。入部届出すだけですので」
「本当か!」
「小次郎!」
「てめーのためじゃねえよ!」
にぎにぎしてくる手を乱暴に振り払うと「あふん」と大袈裟に声を出されてしまう。
あのクールな冬馬はどこへやら。
「ありがとう一色」
「代わりと言っちゃなんですが」
五十棲先輩が嬉しそうにしているのを見て、少し申し訳ないが、この状況を利用させてもらう。
「五十棲先輩は学校生活で後悔はないって言ってましたけど、本当はあるんじゃないですか?」
冬馬の仕掛けは流されてしまったからな。次は俺が仕掛けてやる。
「ぬ?」
「夏希先輩とのこと。聞かせてくださいよ」
今日のメインに辿り着く。はっきりと聞いてやると「でかした小次郎」と嬉しくもないお褒めの言葉をもらう。
「夏希とのこと……。あれは俺の癒しだ」
恥ずかしげもなく言ってのける。
「あいつに殴られるとなぜだろうな。良いんだ。ものすごく。良い」
しっとりと噛み締めるように言ってのける姿は、本気で良いと思ってるんだろうな。
俺にはわからない感性だ。
「好きなんですか?」
「ちょ! はっ!」
おっと。なんか過敏に反応したぞ。
「え? それって普通に好きってことですよね」
「そ。らん。そーらん?」
なんでソーラン節になるんだよ。
まぁこれは好き確だな。
顔真っ赤だし。
「なぁ冬馬。そういうことだよな」
「告白しないんですか?」
ナイス冬馬。
冬馬の畳み掛けに五十棲先輩は「ちょ! ぎっ!」とどこから出しているのか、変な声が出ていた。
「もう今日、告白ですね」
「あ! え? そ!?」
動揺しすぎだろ。
「好きなんですし。高校最後の旅行ですし。告白しましょうよ」
「そ、うなるのか?」
「ええ。俺ら応援してますから」
グッと親指を突き立てると冬馬も「ですよ」と同じポーズをした。
それを見て先輩は豪快に笑った。
「そう、だな……。そうだな! 俺は夏希が好きだ!!」
おお! ストレートに言った。
「今の関係が心地良くて甘えていたのかもな。ははっ! 今日、告白して高校最後の思い出に最高の色を付けてやるぜ! あっはっはっ!」
露天風呂に先輩の男らしい声が響き渡ったのであった。
次回は汐梨視点で女湯となります♪




