許嫁とゲレンデでの恋模様
「フュウウウゥゥゥ!」
見渡す限りの銀世界の山。
その世界を1枚のボードで駆け下りて行く。
ゴオオオと凍える吹雪のような風が舞い、雪煙を上げて加速していく。
スピードが上がれば上がるほどに冬の冷たい風が当たるのだが、ちゃんとスノボ専用のウェアは着ているので、普段なら凍えるだろう風も今は心地が良かった。
「やるじゃんコジロー」
ザアァっと隣に並ぶのはスノボウェアを着たシオリ。
ゆとりあるダボっとした恰好はいつものシオリらしくない格好だが、スノボウェアというのはダボっとしているのが一般的らしい。なんかプロテクタとか入ってるらしいから。逆にスキーウェアはタイトな感じになっている。
ゲレンデマジックというのか、普段も可愛いシオリがスノボウェアを着ると何倍も可愛く見える。
この子には可愛さの限界値はないのだろうか。
「コジロー。前見ないと危ない」
「おっと」
注意されて前を見ながら率直にシオリへ伝える。
「シオリのウェア姿に見惚れちゃったな」
「コジローもカッコいいよ」
言いながら小さく「馬子にも衣装」と付け加えてくる。
「え。普段はカッコ良くない?」
コクリと頷かれてしまう。
ちょっとショックを受けているとすぐに訂正してくれる。
「うそ。普段もかっこいい。今のは照れ隠し」
照れてなさそうに無表情で言われてしまい、ジト目で見てやると慌ててシオリが言ってくる。
「本当。スノボしてる姿も超カッコいい」
「どうも」
「それにしてもコジロー上手」
話しを変えてきやがったな。
まぁ乗ってやるか。
「そういうシオリこそ初めてなのに乗りこなせるなんて凄すぎるだろ。俺なんか初めての時、転けまくってたぞ」
「才能」
「悔しいが、才能だわ」
この子、まじで万能な子だわ。
改めて許嫁の凄さに感心してしまう。
「ぬおおおおお!」
「うおおおおお!」
スキープレイヤーの男女が俺達の後ろから叫びながら物凄いスピードでやって来る。
五十棲先輩と夏希先輩だ。
「夏希! 俺が勝ったら部室での筋トレを認めてもらうぞ!」
「だから! 裸じゃなかったら良いって言ってんだろうがっ!」
「なにを言っているのだ! 筋トレと裸は切り離せない!」
「なんでだよ! 切り離せよ!」
言い合いながら俺達を軽く追い抜いて行ってしまった。
「2人ともハッチャけてんなぁ」
今日は以前より四条が計画してくれていた仲の良いメンバーでの旅行。先輩達からすれば卒業旅行みたいなもの。だからテンションも爆上がりなのだろう。
「コジロー。私達も競争しよう」
「良いね」
「負けた方がなんでも言う事聞くってことで。よーい、どん」
「ちょ!」
いきなりペナルティを言ってのけると、シオリは一気に加速し出した。
俺は一歩出遅れてシオリを追いかける形で加速した。
こういう時の一歩出遅れというのは結構致命傷だ。全然シオリに追いつけない。
だが、こっちは一応経験者で向こうは今日初めての初心者。
プライド的に負けたくない。
その思いが乗ったのか、グングンと加速してなんとか隣に追いついた。
「ゴール!」
隣に追いついた時にはもう降りきって、レストランとリフト乗り場のある麓の方まで戻って来ていた。
「私の勝ち」
「おいおい。今のは同時だろう」
「違う。私の方が早かった。異論は認めない」
「そもそもいきなり始めるの、せこくないか?」
「コジロー男らしくない」
「うっ」
他の人には言われても気にしないのだが、シオリに言われると物凄いダメージが俺を襲う。
「あ、あれ? そういえば先輩達は?」
「あ、誤魔化した」
「いやいやまじでどこ行った?」
「あれ」
シオリが指差した方向を見ると夏希先輩と半そでの変態がリフトに乗ってるのが伺えた。
人がいてるから半そでなんだろうな……。貸し切りだったら裸なんだろうな、五十棲先輩。
「俺達ももう1回滑る?」
「ふっ。負けず嫌いは良いことだけど、負けを繰り返して傷つくのはコジローの方」
「よおし。ギャフンと言わせてやらあ」
いくら許嫁でもここまで言われちゃ男が廃る。
俺達は勝負する気満々で2人乗りのリフトに乗った。
「これはこれで面白いよね」
「だな」
ガコンガコンと俺達を運んでくれるリフトはちょっとしたアトラクションみたいで楽しい。
登って行く時に下を見ると、列になって滑っている人や俺達みたいに競争している人。転んで笑っている人など、様々な人がいるのが伺えた。
「そういえばあのバカップルはどこだ?」
先程から冬馬と四条の姿がない。
リフトに乗りながら軽く探してみるが、彼らの姿が見つからない。
「いた」
シオリが短く言ってのけた先は初心者用のコース。
そこの中腹辺りに見知った雰囲気の2人を見つけた。
ウェアの恰好から2人で間違いないだろう。
「あいつらのところ行くか」
「コジローは勝負から逃げ出した」
「に、逃げたわけじゃねえよ!」
こちらの焦った声に、ぷくくっと笑うと「冗談」と一言申す。
「お邪魔だろうけど、一旦顔を出しに行こう」
話がまとまったところで俺達は初心者コースでリフトを降りて颯爽と2人の前に姿を現した。
「うわぁ♡」
「きゃっ♡」
シオリと共に2人の前にやって来ると、わざとらしい声を上げてスキーウェアを着た2人が軽くぶつかって雪の上に転けてしまう。
語尾に♡が見えた気がした。
冬馬が四条に覆いかぶさる形で見つめ合っている。
「大丈夫か純恋」
「大丈夫だよ冬馬くん」
そのまま2人は惹かれ合うように唇を。
「なにしてんねん!」
とりあえず、冬馬の頭を、スコーンと叩いておく。
「ぬ? 小次郎」
「『ぬ? 小次郎』じゃないわい! どこでなにしようとしてんだよ!」
「雪山で一冬の思い出をと思ってな」
「公共の場で一冬の思い出作ってんじゃねえよ!」
このままだと最悪ここで一線を越えてしまうのではないかと思ったので、強制的に冬馬を起こしてやる。
「最近のお前ら見境なくない?」
「最近、愛が更に強くなってしまっている」
相も変わらず眼鏡を、クイッとして気持ち悪いことを言ってくる。
四条もシオリに起こされて、たはは、なんて苦笑いを浮かべていた。
「いやー。スキーって難しいね」
四条はスキー初心者と言っていたな。
そして以外にも冬馬もスキーやスノボーと言ったスポーツは苦手だ。
「バランスの悪いカップルだな」
どちらかができれば教えてあげれるってのにな。
「それは一色君達もだよ」
「むしろそっちのバランスの方が最悪ではないか」
四条の言葉に拍車をかけて言い切る冬馬に「なんで?」と純粋に聞いてしまう。
「俺達はこうやってわざと転けて公共の場でイチャイチャできる」
「今、わざとって言った」
シオリの無機質な声を無視して冬馬がビシッと指を差してくる。
「だが、どちらもできる状態ならそれは不可能! ただ競争すると言った小学生みたいなことしかできまい!」
勝ち誇ったように言ってのけると。
「おりゃあああああああ!」
「ぬりゃあああああああ!」
なんて聞きなれた声がゲレンデに響き渡っていた。
夏希先輩と五十棲先輩。まだやってたんだな。しかも次は初心者コースで。
「あれは?」
「あれは筋肉馬鹿とその飼い主だ」
眼鏡を、クチャンとしながら言い切りやがった。先輩だぞ。
「そういえば」
シオリが思い出したかのように2人に問いかけた。
「あの2人って付き合ってるの?」
「そういう関係ではない」
「けど、仲は良いよね」
冬馬と四条はお互いを見合うと、ニタリと笑った。
「これは俺達が一肌脱ぐしかないな」
「だね。もう卒業だし。それまでに関係をはっきりさせないと」
「おいおい」
呆れた声を出しながら2人の間に入る。
「なんだよそれ。くそ面白そうじゃん」
「右に同じ」
シオリも間に入って4人輪になって話し合う。
「結局のところ、恋愛感情があるのかないのかわからないんだよね」
「純恋の言う通りだ。これはこの後、事情聴取しないとな」
「事情聴取と言えば」
シオリが短く言うと、俺達は彼女の話しに耳を傾ける。
「ここの温泉はデトックス効果抜群」
「おいおい皮脂腺から老廃物出まくりかよ」
「急な夫婦漫才!?」
「純恋ちゃん夫婦漫才じゃない」
「許嫁漫才だぜ」
「同じだよ!」
「負けてられないぞ純恋!」
「なんかあたしの彼氏に変なプライド芽生えた!? 今は負けて良いよ! それより先輩達の関係の方が重要だよ」
「温泉でお互いに胸の内を聞く作戦」
「「「それだ!」」」
シオリの発言に3人の声が合致する。
「ガールズトーク、ボーイズトークなら夏希ちゃんも五十棲先輩も本音をぶっちゃけてくれるかも」
「そう。旅行。温泉。このロケーションでテンションの上がらない人はいない」
「決まりだな」
「俺達は筋肉馬鹿の」
「私達は夏希ちゃんの」
「「「「ぶっちゃけトークを誘い出す!」」」」




