許嫁と2年目のイブ
去年のクリスマスイブは家で過ごしたな。
あの時はまだ自分の気持ちにも気が付いておらず、俺の許嫁は冷徹無双の天使様ということにまだどこか実感はなかった。
そんな彼女と家でまったりとゲームをして、プレゼントを交換して過ごした。
オールをまったりと表現するのかどうかは微妙だが、うん。まったりオールした。
去年のシオリはそれだけで満足そうで、その時はなんでそれだけで満足していたのか少し理解できなかったが、今なら理解できる。
太一さん琴葉さん、両親とシオリのすれ違い。それが彼女の中で傷となり、イベント事はほとんど楽しめてなかった。
だから、イブの日に家で小さなケーキとチキン、テレビゲームとプレゼント交換。それだけで幸せそうだった。それがやりたかったと言っていた。
今年は2回目のイブ。1回目とは違い事情を知っている。
今年のイブは派手に盛り上げて行こうと思う。
今日は、バシッと決めてやる。
駅前の複合施設。そこの天辺にあるレストラン街。ここにあるレストランは映えを意識した内装とメニューで若者に人気らしい。
そして今日のクリスマスランチはクリスマス限定のお洒落で映えると結構噂されており、予約が殺到したみたいだ。運良く予約ができたので今日はそこでランチと洒落こもう。
お洒落なレストランでお洒落なクリスマスランチ。目の前には聖なる日に相応しい美少女。
なにもかもが完璧だ。
「申し訳ございません一色様」
俺の完璧なランチは一瞬にして砕け散った。
「こちら不手際で予約ができていない状態でして……」
「まじ……ですか……」
予約完了のメールを見せたが、どうやらダブルブッキングとなっており、先にそっちの客を通してしまったらしい。ついでに今は満席。待ち時間は数時間となっている大人気具合。
「誠に申し訳ございません!」
深々と頭を下げられてしまい苦笑いで「大丈夫ですよ」と返してその場を去る。
故意的なものでもなし、あそこまで頭を下げられたら逆にこっちが申し訳なる。
「しかし、どうするか……」
レストラン街にある他のレストランもクリスマスに力を入れているみたいで、今日明日と限定フェアを開催している。そのため、どこの店も長蛇の列が見えた。
今から並ぶと数十分から、下手をすれば数時間くらい待たなければならないだろう。
ぐったりと肩を落として途方に暮れていると。
「コジロー」
クイクイとブレザーの袖を引っ張られる。
「ん?」
「私、行きたいところがある」
「どこ?」
「こっち」
彼女に誘われるままに付いて行った。
♢
「らっしゃい!」
覇気のある声が俺達を出迎えてくれる。
「今日は何名様で?」
「2人」
シオリが親指と小指を立てて独特の2のポーズを作る。
「ご新規2名様ご来店です!」
「いらっしゃいませー! こんにちはー!」
店員さんの足踏み揃った声出しの中「こちらどうぞ」とテーブル席に案内される。
「シオリの行きたかったところってラーメン屋なの?」
案内されたテーブル席に着席しながら尋ねると、向かいに座るシオリがコクリと頷いた。
ここはシオリの誕生日の次の日にやって来た塩ラーメンの有名な店。ここの塩ラーメンはゆずが入っており、香りもさる事ながら口いっぱいに広がる爽やかな──。
って。
「クリスマスイブにラーメン屋で良かったのか?」
他にもクリスマスイブっぽい場所はあると思うのだが。
シオリはどこか温かい目で俺を見てくれる。
「あなたと一緒ならどこでも楽しいから。場所なんてどこでもいい」
その言葉はいつももらっている言葉。
クリスマスイブくらいはどこかお洒落な場所でと背伸びした俺へ向けられた癒しの言葉。
俺はなんて良い許嫁をもらったんだ」
「それに……」
言いながらシオリはポケットからカードのような物を取り出した。
すると手を上げて店員を呼び出してその取り出したカードを店員に渡した。
「いつもありがとうございます! 替え玉無料、承りました!」
元気に言い残して店員は去って行った。
「替え玉の無料券。今日までだから」
「俺の許嫁は倹約家」
♢
塩ラーメンの至高と言っても過言ではない店を後にして俺達は駅前の複合施設の中へと戻って来ていた。
元々の計画で言えば、ここの屋上でクリスマスランチを楽しんだ後、映画に行く予定だったからだ。
映画館にデカデカと飾られているポスターに目をやる。
今日の映画の予定は、カップルに人気爆発の胸キュンラブストーリー。
過去のトラウマを抱えて人間的に氷の様に冷たいヒーローが、太陽のように温かいヒロインとなぜか同居するお話。ヒロインの太陽みたいな人柄に当てられて、ヒーローの氷のような心も徐々に溶けて行く。そして様々な壁を乗り越えて2人の絆が強くなる純愛物。
ふむ……。どこかで見たことあるような、ないような……。
「コジロー」
名前を呼ばれて振り返ると、鼻息を荒くしたシオリがスタンド看板を見ていた。
「これ」
そこにはシオリの好きな魔女っ娘アニメの劇場版が公開していることを示していた。
「ソラちゃんじゃん」
「ソラちゃん映画化。まじ栄華」
韻を踏むことを意識し過ぎて言葉の意味がわからなくなるほどにテンションが上がっているのは伺える。
「ファンなのに映画化知らなかったのか?」
「不覚……」
心底残念そうにしているシオリと、今日見る予定だった映画のポスターと見比べる。
「これ、見る?」
「もち」
親指を極限まで立てて即答される。
「じゃ、これにしよう」
まぁシオリが見たい映画を見たら良いか。
別にあれが絶対見たいってわけじゃなし。てか、クリスマスデートっぽいかと思って選んだだけだしな。
「むぅ」
こちらの提案にどこか納得がいっていない様子。
「え? なんでむくれてるの?」
「特典がない」
文句を言いながら今日見る予定だった映画のポスターを指差した。
そこには『カップル限定特典』と書かれているのが伺えた。
「いやいや。子供向けアニメにカップル特典はないだろ」
「子供向けではない」
言いながら入場口の方を見ると、ソラちゃんグッズを持った大きなお友達が沢山いるのに気が付いた。
みんなソラちゃんとクリスマスイブデートかい?
「大人から子供まで楽しめる最高のアニメ」
「みたいだな」
「だからこそ特典がないのはいただけない。抗議の余地有り」
言いながらスマホを取り出して操作しだした。
「なにをしているんだ?」
「抗議の電話。なぜ許嫁特典を付けないのか」
「いや! 許嫁特典とか特殊過ぎるだろ!」
シオリのスマホを奪い取った時に画面を見るとまじで抗議の電話をしようとしてみたいだ。
「止めないでコジロー。許嫁特典を得るため」
「百歩譲って、ソラちゃんの映画には許嫁は出てくるのか?」
「いない」
「あかんやん」
「致し方ない。諦める」
まじで肩を落としている。
いけると思ったのだろうか。
「普通に映画見ようぜ」
「本当に良いの?」
改めて聞いてくるのは、私に合わせて良いのか? って聞きたいのだろう。
「シオリの見たい映画があるならそれで良いよ。俺はなんでも良かったから」
「なるほど」
頷きながらシオリは今日見る予定だったポスターにもう1度目をやった。
「クリスマスデート。映画。純愛物」
ぷくっと笑う。
「単純」
「おいい! 頑張って計画練ったんだぞ!」
「ぷくく。ごめんなさい。でも、単純だったから。ぷくく」
「笑うなっての!」
独特の笑いでなんだか小馬鹿にされている気分だ。というか小馬鹿にされているのだろう。
少しむくれていると「冗談」と笑いながら俺の手を取る。
「ありがとうコジロー。私に合わせてくれて。チケット買いに行こっ」
無表情からニコッと笑うのずるいよな。
「ああ。行こう」
無表情からそんな笑顔見せられたら、拗ねるに拗ねれないじゃないか。
今日も長くなってしまったので、また夜に投稿します。




