許嫁に寄ってくるのは変なのばっか
すぐに勝率0%の噴水に行くと、どうやら試合は終了していたみたいだ。
こちらに向かってクールに歩いてくるシオリの姿が伺えた。
ヘッドホンを首にかけて、長い髪がキュッとなってるのを靡かせて歩く姿はまさに覇王の如し威厳。
そりゃそうだよな。うん。そうなんだよ。答えはわかってるんだよ。でも、やっぱりシオリが誰かに告白されるって聞くと気が動転しちまう。
この前も体育館裏で告白されていたのを見た時は焦った。なにが蛇みたいに威嚇だよ。ただの変態だわ。
ホッと胸を撫でおろしていると「待てよ」と男子生徒の声がしたかと思うとシオリの腕を引っ張った。
「意味わかんねーんだよ。俺が告白してやってんだから付き合えよ」
「はぁ」
シオリはため息を吐いた。
またこの手の輩か。
そんな声が聞こえてきた気がする。
無表情の中に呆れ。
彼女は冷静だった。
俺が冷静じゃなかった。
「離せよ」
「コジロー……」
俺は男子生徒の腕を無理やりに引き離す。こっそり五十棲先輩の筋トレグッズを借りたかいがあったな。
「んだよ! お前!」
低い声で威嚇してくる男子生徒は、流石は学年3位の人気を誇る顔つきであった。芸能界でもトップを取れそうな顔をしている。まずは日曜日のヒーローものに出て主婦層から人気を取りつつ芸能界を駆け上がれそうな男子生徒だ。
見てくれだけは。
「関係ないだろ! モブは消えてろよ!」
「モブ……」
人気者の陽キャにありがちな、都合良くいかないとキャンキャンと吠える声。
そんな声での罵倒が地味にショックだった。
いや、確かにこんなイケメンから見たらモブかもしれないけどさ。
ってだめだめ。ちゃんと言ってやらないと。
切り替えてイケメンを睨みつけてやる。
「シオリは俺の許嫁だ! 触ってんじゃねぇよ!」
幾度となくシオリに告白した男子を追い返してやった。時には先輩だったこともある。だから、こんなイケメン野郎にはっきり言うくらいわけではない。
「はぁ? 許嫁? 何言ってんの? 気持ち悪いな」
「お前になにを言われようがシオリは俺の許嫁なんだよ。触んな」
ちっ。なんて舌打ちをして睨みつけくる。
「頭イカれてんのか?」
吐き捨てるように言った後、小馬鹿にしたように笑い出す。
「ああ、お前あれか。ファンクラブとかいう頭おかしい奴らの仲間か。だからか」
勝手にシオリファンクラブの一員にされている。俺はあいつらに命を狙われてるんだけどな。
「お前なんかが近づける女じゃないが、俺は妄想ストーカー野郎にも優しいからな。勝負で俺に万が一でも勝ったら、話しさせてやる」
「いや、なにを勝手に」
「勝負は簡単」
頭イカれてんのか?
シオリを見ると無表情の中に、虚空を感じた。
無の極致と言ったところだろう。
「俺と相撲で勝負だ」
「は?」
なんで相撲なの? 流行ってるの?
「よーい、ドンっ!」
勝手に勝負が始まった。
てか、よーいドンってかけっこかよ。
せめて、はっけよーい、のこったじゃないの?
こちらの困惑を無視してこちらに突進してくる。
「うらっ!」
俺の腰に手を回して転かそうとしてくるがビクともしない。
そりゃそうだ。
学年3位人気の男子生徒はイケメンだがボディは学年200位くらいだろう。
ブレザー越しでもわかる程にガリッガリだ。
こんなガリガリの男子に平均体型の俺が持ち上がるはずもない。
なんでガリガリのイケメンってやたら好戦的なんだろうな。チヤホヤされて自分の立ち位置が強いって勘違いしてしまうのだろうか。
「ほい」
「ぐふ」
軽く投げてやると、転がっていくイケメン。
改めて言うが、俺は別にガタイが良いわけではない。平均的な男子の肉体だ。
それなのに軽々と飛んで行った学年3位。どんだけガリガリなんだよ。
「は、はぁ? 陰キャのくせに調子乗んなよ!」
負け惜しみを言いながら現実を受け入れられない様子なのはなぜなのか……。
陽キャの人気者が負ける世界線が彼にはなかったのだろうか。
「キモイことばっか言ってる奴が調子ぶっこいでんじゃねえ!」
まさに掴みかかってきそうなところ。
「気持ち悪いのはそっち」
シオリがイケメンを睨みながら言い放った。
「モテるのか知らないけど、女の子を強引に誘って、付き合えとか無理。しかも相撲って意味不明」
激しく同意である。
未だになぜ相撲だったのか詳しく理由を知りたい。
「は、はぁ? 多少強引なのが良いんだろ? イケメンに強引に誘われたら女は嬉しいだろうが! 今までの女はそうだったんだ!」
相当もてはやされたのだろうな。確かに顔だけはまじで良いもんな。
「それに女は強い男が好きだから相撲で──」
チヤホヤされたイケメンの末路が相撲か……。
笑いそうになるのをこらえるのに必死だ。
「イケメンかどうかは美的感覚の違いで意見はそれぞれ。私はそうは思わない。それに強い男性が好きって言うのも同じ。私は別に強いだけの男性には惹かれない」
「あ!? なにが言いたいんだよ!」
「別に言うほどイケメンじゃない」
「あん!? お、お前だってよく見ればブスだろうが! ぼけが!」
「そんなブスに告白するなんて頭おかしんじゃない?」
「くっ……」
淡々と言ってのける姿はまさに冷徹無双の天使様。
「こんなブスに用はないでしょ? それに私の許嫁に相撲で負けたんだから早くどっか行って」
本領発揮の天使様に学年3位の奴は後ずさる。
「くそがっ! なにが許嫁だよ! お前ら気持ちわりぃんだよ! 覚えてろよ!」
イケメンらしからぬ捨てセリフを吐いて舌打ちをしてどこかに行ってしまった。
顔以外全部残念な男子だったな。でも逆に顔だけで学年3位になったんだなと考えると凄いな。
「覚えてろってなにを?」
シンプルに首を傾げるシオリに笑いながら言ってやる。
「さぁなぁ。もしかしたら俺達が許嫁ってことを噂してくれるのかもしれないな」
「それは好都合。ガンガン流して欲しい」
小さく笑った後にため息を吐いた後にシオリはこちらを見る。
「私ってブス?」
ちょっと気にしてるみたいなシオリが可愛くて、クスリと笑ってしまった。
「世界一可愛い」
そう言ってシオリの手を握る。
「俺ってモブ?」
「モブ」
「うっ!」
即答されてしまい大きなダメージが蓄積される。
イケメンに言われた時より格段にダメージが大きい。
「ぷくく」
シオリは独特な笑い方をすると、にぎにぎと手を強く握ってくれる。
「冗談」
笑いながら言うとすぐに訂正してくれた。
「コジローは主人公。私の勇者様。英雄」
「いや、真っすぐそう言われると照れるからやめて」
「でも、やっぱり許嫁ってポジションが1番しっくりくるね」
「そうだな。勇者とか英雄とか言われるの嬉しいけど、やっぱ俺はシオリの許嫁だわ」
言いながら歩みを始める。
「イブだから。こうしてればもう誰もシオリに寄って来ないだろう」
「コジロー浅はか」
言いながらシオリは俺の腕にしがみつく。
「学校でもこれくらいしないと変な虫が寄ってくる」
「そ、そうですね……」
実際、今日変なのが寄って来たし。
「じゃあシオリ。このまま行こうか」
「そういえば、今日はどこかに行くの?」
シオリにはイブの予定は内緒にしていた。
「ふふ。それは着いてからのお楽しみ」
この話は知り合いから聞いた話を元に作らせていただいたものですw




