許嫁は関係が進んでもモテる
3限終わりの休み時間。
体育の授業のため体操服に着替えて体育館にやって来た。
前のクラスが片づけ忘れたのだろうか、バスケットボールが壁際に放置されているのが目に入った。
見て見ぬふりをしても良かったのだけど、手持無沙汰でまだ授業までは時間もある。体育倉庫なんて目と鼻の先だ。
善意行動を取って優越感に浸るのも一興。
適当なことを考えて壁際のバスケットボールを拾いに行く。
『──年の頃……。そこから──』
「ぬ?」
バスケットボールを拾おうとすると、体育館特有の下の小窓が開いており、そこから声が聞こえてくる。
仰向けに寝転んで、外の様子を伺うと。
!?
衝撃な光景が目に飛び込んできて、声が出そうになるのを必死に抑える。
なにこれ。どういう状況。
「一色くん? なにしてるの?」
聞きなれた声が聞こえてきた。
寝転んだまま視線を声の主に向ける。
ショートボブのシオリとは違うタイプの美少女。体操服越しの巨乳は男子の股間を破壊できるだろう四条純恋が立っていた。これが冬馬だけのものかと思うと腹立たしい。切腹物だ。介錯は任せろ。
彼女は俺を不審な目で見てくる。
「しっ!」
寝ころんだまま人差し指を立てて口元に持っていき、逆の手で四条を手招きする。
「?」
疑問に思っているのか首を傾げる。
しかし、彼女は慈愛都雅の天使様の異名を持っている。四条は空気を読んで一緒に仰向けに寝転んでくれた。慈愛都雅=空気が読めるって意味ではないとは思うがね。
空気は読んでも、不審な視線は未だ俺に向けている。
近い近い。いくら友達でも美少女なんだから近すぎるとドキッとするわ。
なんて思いながら、そのまま指を外に向ける。
四条は素直に俺の指の先を見ると「お、おお……」と驚きの声を出した。
小窓の外の景色は見知らぬ男子生徒とシオリが体操服姿で立っていた。
「そうか。さっきの時間はシオリのクラスの体育だったんだな」
「言ってる場合!?」
四条が、コソコソ話しの中で最上級の声を出してツッコミをしてくる。声がかすれるが精一杯なのが伝わってくる。
「これって明らかに告白だよね?」
声量を抑えて確かめるように聞いてくる。
「おそらくな」
現場の様子から明らかに男子生徒がシオリを呼び出したのだろうと容易に予想できる。その証拠に先程から男子生徒の口だけが動いている。
「くっそ! なんであいつ俺のシオリに告ってんだよ!」
どうしてシオリに告白だなんて発想になるんだよ。
「そりゃシオリちゃん可愛いし。そもそも去年まで何人の男子生徒が犠牲になったと思ってるの?」
「そ、それは確かに……」
はぁやれやれと言わんばかりにため息を吐かれてしまう。
「まぁなんやかんやで言ってる間にクリスマスだしねぇ。高2のクリスマスはなによりも最高にしたいんじゃないかな? 来年は受験とか就職とかで色々あってクリスマスなんて素直に楽しめないだろうし」
四条の冷静な分析は間違いはないだろう。
「くそがっ! 思い出作りのためにシオリに告りやがって! 変な噂流してやる! 3組の坂之上乃下空気読目内丸(仮)の性癖は眼鏡だって噂してやる!」
「個性のわりに性癖が弱い! てか一色くんうるさいよ! 見つかっちゃうでしょ!」
「見つかってしまえば良い!」
こちらが騒ぎ立てているのを知ってか、知らずか、坂之上乃下空気読目内丸(仮)は『付き合ってください』と早速と告白をして手を差し出した。
「「言った!?」」
唖然とした声が出てしまう。
シオリは? シオリの反応は!?
あかん。やっぱり無表情だからここからじゃわかんない! もうちょっと距離近くないとわかんない!
「四条! 俺の足を掴んでくれ!」
「へ?」
いきなりの注文だったので四条から間抜けな声が漏れた。
「良いから早く」
「足って……どこ?」
「足は足だよ」
「そういうプレイはちょっと……」
少し恥じらいながら、もじもじしている。
「冬馬くんともしてないし」
「そういうプレイってなに!? する予定なの!?」
「え、えへへ……」
可愛らしく笑みをこぼした。
「んな! お前らのプレイはどうでも良いんだよ! ムッツリスケベカップルめ!」
「なっ!? ま、まだだもん! まだ冬馬くんと繋がってないもん! だからムッツリスケベじゃないもん!」
「ムッツリの意味しらねーのかよ! まだ繋がってないのなら尚の事ムッツリだわ! てか知らねーよ! どうでも良いから足を持てってんだ!」
「うう……ムッツリじゃないのに……」」
ぶつぶつと文句を垂らしながらも、なんだかんだで四条が足首を持ってくれる。
俺はそのまま窓の外に上半身を出した。
「おうしゃらあああ! んだほおおお!」
「なに……してんの……?」
小窓から出した上半身を背筋を使ってエビ反りで威嚇の声を上げた。イメージは蛇。
だが、目の前には若干引いた顔をしたシオリしかいなかった。
「し、シオリ!?」
こちらの驚愕の声も無反応で、しゃがみ込み視線を合わす。
「もしかして今の見てた?」
「んだら……ほい……」
まるで蛇の脅威が現れたかのように、しなしなと力が抜けた返事をしてしまう。
シオリは「はぁ」とため息を吐くと諭すような声を出す。
「人の告白覗いたらだめ。プライバシー侵害」
「で、でも。俺は……」
「でもじゃない」
「すみません」
確かに。許嫁だろうと人の繊細な事情に首をつっこんではいけない。プライバシーの侵害にあたる。告白はそれに当てはまるだろう。
彼も略奪しようとしたわけではないだろう。それをわかってのシオリの言葉。
反省の色を見せるとシオリは俺の頭に手を置いた。
「心配して飛び出してくれたんだよね?」
「ま、まぁ……」
「ふふ。安心して。私は誰になにを言われたってあなたのもの。あなただけの許嫁だから」
そう言って最後に額にデコピンをしてきやがった。
「あでっ」
「人の告白覗いた罰」
「うう……」
額をおさえながら、論破された心境に陥る。
「純恋ちゃんごめんね。バカなことさせて」
「ううん。バカにはバカなことさせて自分がバカだということを自覚してもらわないとね」
「ぷく。そうだね」
独特の笑い方をしてシオリは軽く微笑んでこちらを見た。
「それじゃまたお昼にね。おバカさん」




