許嫁と修学旅行①
「いや、父さん。まじでありがとう」
まだ日も上がっていない早朝の高速道路。
高速道路から見える田舎町の景色が好きなのだが、今は暗がりで外の景色は見えない。
もう、あと少ししたら明るくなってくるだろう時間に父さんがSUVで送ってくれる。
本当は母さんが送ってくれる予定だったのだが、父さんがいきなり「よし、行くか」と言い出した次第である。
なので、俺は助手席側の後部座席から運転席に向かって感謝の言葉をかけた。
「良いって、良いって」
「でも、この後に仕事って精神的にキツくない?」
「なにを言っとるんだ?」
「え?」
疑問符を浮かび上がらせていると、助手席に座っていた母さんが後ろを向いて、どや顔で言ってくる。
「汐梨ちゃんとコーを送ったら、私たち下呂温泉行くから」
「岐阜!? え!? 岐阜!? え!? 仕事は!?」
驚きの声を出していると父さんが「馬鹿野郎!」と言い放つ。
「息子が修学旅行で良い思いしてるってのに、親の俺たちが旅行に行かないわけないだろうが!」
「意味のわからない理論を半ギレで言ってくるな! 働けよ!」
「そんなもん有給だ!」
「有給ってそんな簡単に出せるの?」
「コジ! お前有給をなんだと思ってるんだ? あれは社員の権限だぞ? 会社側が有給を縛れないんだよ」
「労働基準法的にはそうかもだけど……実際はどうなの?」
「ああん? しょうがない。俺が正しい有給の使い方を見してやる。母さん」
父さんが母さんを呼ぶと「はいはい」と言って、父さんのスマホを操作する。
そのスマホの画面を見ると、メッセージアプリのチャットの画面であった。
「『休みやーす』──これだけ?」
「見たか!? これが俺という立場だぜ!」
「将来のなんの参考にもならねー!」
「ちなみに突発休は結構迷惑かかるからやめた方が良いな」
「説得力ねーよ」
そんな会話をしていると隣に座っているシオリが楽しそうに笑っていた。
「コジロー」
「ん?」
「将来は大幸さんみたいになってね」
「やだよっ!」
♢
「じゃあな」
「私たちもお土産買ってくるからねー」
空港に着いて、車から降りると、車内の窓を開けて両親が別れの挨拶をしてくれる。
「マジで行くの? 今から岐阜? 車で?」
「馬鹿野郎。車で三時間とか余裕過ぎて草も生えんわ」
「草とかいうなよ……」
呆れていると隣でシオリがペコっとお辞儀をした。
「大幸さん。美桜さん。ありがとうございます」
「良いってことよ。汐梨の頼みならなんでもきくからな」
「そうねー。土地買ってって言われても買うわね。きっと」
「じゃあ、コジローと住むタワーマンションの最上階を買って」
「あっひゃひゃ! 俺たちも一緒に住むならいいぞ?」
「やっぱりいい……」
「もう。遠慮しちゃって」
今のは遠慮じゃないだろ。いやだろ。タワーマンションに二世帯で住むの。てか、うちにそんな金あんの?
「それじゃあな二人とも。沖縄楽しんで」
「なんくるないさー」
最後に有名な沖縄弁を言い残して父さんと母さんは去って行った。
「はぁ……疲れた……」
修学旅行前から異常に疲れた。昨日頼んだ時に、こうなることは予想できたから親を頼るのは抵抗があったんだが……。
「なにを言ってるの? 今からが本番」
「だな」
こうやって、ちゃんと間に合ったんだから文句を言ってたらバチが当たるよな。
沖縄土産はなにか奮発して良いのを買って帰ろう。
♢
空港のターミナルに入ると、こんな時間なのにスーツを着た人や私服の人を見かける。出張なり旅行なりで今から同じ飛行機にでも乗るのだろうか。
あの人たちも今日は相当早起きだったのだろうと考えると感傷深いものがある。
その中に、私服姿の学校内ですれ違ったことある程度の人物たちを見かけたので少しの安心感を得る。
こういう時って、喋ったことなくても、見かけた顔があるとちょっと安心するよね。
まだ飛行機の時間まで余裕があるので、待合室の方へ向かうと、俺は更なる安心感を得た。
「冬馬、四条」
待合室には学校内の見知った顔もあったり、他のお客さんもいたりしたが、その中に仲の良い二人を見つけたので俺たちはすぐに駆け寄った。
「一色くん。汐梨ちゃん」
反応を示したのは四条だけで、冬馬は俯いている。
「おはよ、二人とも」
「おはよう純恋ちゃん。──六堂くんどうしたの?」
汐梨が俯いている冬馬を指差して聞くと、四条は苦笑いを浮かべるだけだった。
「んー? もしもーし。冬馬キューン? 今日が楽しみ過ぎて寝れまちぇんでしたかー? 四条と一緒に寝て興奮状態でちたー?」
からかいを含んだ声で彼を呼ぶと、ぶつぶつとなにか聞こえてくる。
「大富豪、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、ポーカー、ブラックジャック──」
「うおっ!?」
なぜか、冬馬が呪文のようにトランプゲームを唱えている。
「どういう状況!?」
「あははー。実は昨日、お父さんが酔っ払って『娘が欲しければ俺と勝負だ』って言って冬馬くんとトランプしてたんだよね」
「ぷっ」
シオリが思わず吹き出したが、俺は四条の肩に、ポンっと手を乗せた。
「お互い、酔っ払いの親を持つと苦労するよな……」
「その言い方ってことは、昨日シオリちゃんも一色くんの実家の方に泊まったんだね」
「ああ……。もう鬼絡みよ……。てか、もう恥を晒すとかのレベルじゃないのよ……」
「そっちは、そっちで大変だったんだね……」
四条は苦笑いのまま同情してくれる。
「大富豪、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、ポーカー、ブラックジャック、大富豪、ポーカー、ブラックジャック」
あんな風になっていないだけマシか。




