許嫁の実家で過ごす時間(シオリ視点)
コジローと、コジローの父親と母親と過ごす時間。
私のお父さんとお母さんの大事な人たち。そして、私の大切な人と過ごす時間は本当にあっという間に過ぎてしまう。
まるで、本当の家族と過ごしているかのような時間はどこか儚く、もっと続いて欲しいと思える。
儚く感じるのは私自身、家族と過ごす時間が極端に少なかったからだろう。
「ちょっと、はしゃぎ過ぎたかな?」
ダイニングテーブルに座る大幸さんが苦笑いを浮かべながら頭をかいた。
「そりゃ両親がいきなり漫才を始めたら地獄でしょうね」
うふふ、と女性らしい笑い方をして美桜さんが言った。
「俺なら両親しばくな。クソみたいな内容だったし」
「それを考えると、お風呂と言って逃げたコーは大人よね」
「あいつは誰に似たんだ?」
「私でしょ?」
「お前は俺よりも酷いだろうが」
「あら? ヒロくんよりはマシよ?」
そんな二人の会話を聞いていると「プクク」と私が吹き出してしまった。
「羨ましい」
心底出た言葉に二人がこちらを見てくる。
「二人の関係が羨ましいです」
素直な言葉をもう一度投げると、二人は少し照れ臭そうにしていた。
「まぁ俺らは、こーんな小さな頃からの付き合いだしな」
大幸さんが指で豆粒をつまむような形を作りながら言った。
「まさか家が隣同士の幼馴染と結婚するとは思わなかったわね」
「だな。幼馴染って結婚できないイメージあるし」
どこか懐かしむような顔で言い合う二人に質問を投げる。
「いつから付き合ってるんですか?」
聞くと美桜さんが、ニヤニヤしながら言ってくる。
「そういえば、告白ってされてないかも」
「はあ!?」
美桜さんの回答に大幸さんが意義を唱える。
「小五の時に告っただろうが!」
「あれ告白なの? あんなんじゃ伝わらないわよ?」
「いや、お前トキメキが止まらない感じだったっての!」
「いやいや。そんなわけないでしょ」
言い合う二人に「なにがあったんです?」と聞くと美桜さんが説明してくれた。
「私たちが小学五年生の頃の運動会で、男女ペアの二人三脚があったのよ。それで、私転んじゃって、膝に傷ができてね。女の子なのに傷が残るって相当でしょ? だからこの人が『その傷は俺のせいでもあるから、俺が責任を取ってやる』って言ったのよ」
「な? 汐梨。これ、告白だよな? な?」
大幸さんの質問に私はため息を吐いて答える。
「それじゃ伝わらない」
「ほらー」
嬉しそうな声を出しながら美桜さんが大幸さんを見た。
「そ、そうなのか……」
落ち込む大幸さんをよそに、美桜さんが私に問いかけた。
「汐梨ちゃんたちは?」
「え!?」
いきなりの質問に私の声が裏返ってしまう。
「許嫁の状態で告白──ってのはなんか特殊な状況だけど、どっちから告白したの?」
「え、えとえと……」
「んー? どっちー?」
「その……コジローから……」
私の答えに二人は、そっと胸を撫で下ろした。
「良かった。答えによっちゃ、今から風呂に殴り込みだったわ」
「そうね。汐梨ちゃんからとかだったら息子に、私たち直々に罰を与えていたところよ」
「あ、あはは……」
良かったね。コジロー。でも正直、答えはわかっていたから、どっちからとかは関係ない気もするけど、黙っておこう。
「本当に羨ましいです」
話題転換も兼ねて、同じ言葉を繰り返す。
「二人の関係も。そんな両親を持つコジローも。私は……私は……」
こんなにも楽しい二人といると、こんなにも暖かい場所にいると、つい家族のことを思い出してしまう。
後悔はしない。前だけを見て生きる。
そう言ったものの、こんなに暖かい場所にいると、後悔が押し寄せてくる。
私が家族ともっと向かい合っていれば、こんな関係の家族を作れたのではなかろうか……。こんな理想的な家族になれたのではないだろうか。
そんなマイナスでネガティブなことは考えないようにしているが、つい思ってしまった。
「なにを言ってるのよ」
ギュッと引き寄せられる。
少し過去を思い出し泣きそうになっていると、いつの間にか隣に立っていた美桜さんが優しく抱きしめてくれた。
「汐梨ちゃんは私たちの娘も同然よ?」
「美桜……さん……」
「そうだぞ汐梨。太一くんと琴葉の娘の時点で俺たちの娘も同然だ。それに、もう少しでマジの娘になるだろうしな」
笑いながら言う大幸さんが続ける。
「だから、ハワイでもドイツでも、どこでも挙式させてやるよ」
「そうよ? 汐梨ちゃんのウェディングドレス姿を楽しみにしてるのは太一先輩と琴葉だけじゃないのよ? 私たちも楽しみなんだからね。大事な娘ですもん」
「大幸さん……美桜さん……」
泣きそうになっているところで、バンっとリビングのドアが開いた。
「おいい! 酔っ払いども! シオリになにしてくれてんじゃ! ボケー!」
風呂上がりのコジローがやって来て、私と美桜さんを引き剥がした。
「シオリ大丈夫か?」
「無事」
「おい! 変態ババア! 酔っ払ったら抱きつくのやめろ」
「あら? 私は変態でも、変態という名の淑女よ?」
「やかましっ!」
そんな光景を見て、やっぱりこの家族は楽しく、理想的な家族だと再確認した。




