許嫁と修学旅行前日③
「──で? お前らいつ結婚するの?」
実家のリビング。
俺の今の住まいより倍はある広さのリビング。そこにあるダイニングテーブル。
仕事から帰って来た父親の一色大幸を加え、四人で母さんが用意してくれた晩御飯。
久しぶりの親の手料理を食べていたら父さんがいきなり言い出した。
父親の顔が赤くなっている。どうやら酒が回ったのだろう。まだ缶ビールを一本も空けていないというのに……。相変わらず、酒は好きだが弱い人である。
「明日」
「できねーよ! 俺、まだ十七だから! てか明日修学旅行だから!」
躊躇なく即答するシオリに速攻でツッコミを入れる。
すると、ガンッと缶ビールを勢いよく置いて「馬鹿野郎!」と叫び出す中年の酔っ払い。
「コジ! 結婚に法律なんか関係ねえ!」
「あるわっ! なにを血迷ったこと言っとるんだ!?」
「そうね! 結婚に関しての法律なんて守る必要なんてないわよ!」
母さんも飲んでいるからとんでもないこと言い出した。
「なんなの!? 夫婦揃って血迷ってんの!?」
「結婚に関しての法律などないのだ! 小僧! 法学部出身の俺が言うのだから間違いない!」
「あんた経済学部って言ってなかったっけ!?」
「じゃあ結婚できるわねー! イェー!」
「母さん!? 今のでなんでその結論になったよ!?」
こいつらはなにを言っているんだ?
「てか、明日の修学旅行先で結婚しろ! な! 決まり!」
「きゃー! 修学旅行先で結婚とか、ネットニュース一面に出るわねー!」
「おい! 親! あんたらバグってんの!? なにをめちゃくちゃ言ってんだよ!?」
「失礼な奴だな」
「正常よ」
「酔ってない奴はみんなそう言うんだよ! くそがっ! 酒の弱い中年共めっ!」
「てか、バグってんのはお前だぞ、コジ。普通、許嫁いたら修学旅行で結婚だろうがっ!」
「普通はそうよね! あーあ。こんな異端児に育てた覚えないのに……」
もうやだ、この両親。バグってるもん。
「コジロー。真面目過ぎ。私を貰う気ない?」
この上にシオリまで乗っかってくるとか、俺にどうしろと?
「あるよ! 存分にあるよ! もう貰う気満々よ!? でもね、法が許してくれないんだよ! 来年まで待てよ!」
「法なだけに、ほう……」
父さんが意味不明なダジャレを言いながら眉毛を、ピクッとさせた。
「来年と……? それってことはつまり……」
「学生結婚!? きゃー! 憧れるー!」
母さんが騒ぎ出すとシオリが「学生結婚……」としみじみと呟いて俺を見る。
「あり」
言われて、学生結婚の妄想を少しする。
「ありだね」
普通に憧れるやろ。そんなん。
「ふふ。学生結婚。やばす」
「いや、ありだけどさ……ちょっと待てよ!?」
「なにを?」
「学生結婚とか、働いてないじゃん。社会人じゃないじゃん。それってのは難しいだろ?」
シオリが口を尖らせた。
「むぅ……。つまんない」
「そこはつまらないとかじゃ……」
困惑の声を出していると、缶ビールを一気に煽る父さんが、ガンッとテーブルに置いた。さっきからガンガンガンガンうるさいよ、この親。
「馬鹿野郎! コジ! 金の心配なんていらねーんだよ!」
「そうよ! なに金玉小さいこと言ってんの!? 全面バックアップしてあげるわよ!」
「うるせー! 理想的な両親だな! おい! でも、あんたらバグってるんだよ! 今はバグってんの! だから黙っとけ! くそボケっ!」
「大幸さん、美桜さん。私、ハワイで挙式がしたいです」
「シオリさーん! バグりに対してとんでも発言はNGよ!?」
バグっている両親に、容赦のないシオリの願い。
「ハワイ! ワイワイ! ワイキキビーチ!」
「ナイトビーチで子孫繁栄ね」
どこの大学の飲み会だよ……。これ……。中年だよな? こいつら……。ノリが若いよ。付いていけないよ……。
「おい! コジ! 弟か妹が一人できるかもな!」
「子孫繁栄ってそっち!? あんたらがいたすの!?」
「もう、お父さんったら! 双子の可能性もあるでしょ?」
「なっはっはっ! なら二人ってか!」
ご機嫌すぎるだろ……早くなんとかしないと……。
「大幸さん、美桜さん。やっぱりノイシュヴァンシュタイン城で挙式が良い」
「容赦ないね! バグり相手だからこの許嫁様容赦ないよ!? ドイツまで行くの!?」
両親が缶ビールを見つめながら「ドイツか……」と呟く。
「よし! アインシュタイン城で挙式をしよう」
「相対性理論の人じゃねーよ! 奇しくもその人ドイツ生まれだけどな!」
「ドイツはビールの本場だからな。行かないわけにはいかないわね」
「酒豪みたいなこと言ってるけど、あんたくそ雑魚だからね? アシャヒスウウパアアドラアアイ半分で泥酔状態だからね?」
「ビールの味も知らないヒヨッコが言いよる」
「もうやだこの中年夫婦。もうやだ!」
両手で顔を覆い、酔っ払いの相手をしていると「コジロー」とシオリに呼ばれる。
「なに?」
「ホーエンツォレルン城かエルツ城も良き」
「ドイツ三大美城揃ったよ。ドイツ好きなんだねシオリ」
「最高の国」
「行ったことあるの?」
「ない」
「ないんかい!」
そんなやりとりをしていると「夫婦漫才フォー!」と言いながら、いつの間にか二本目ビールを空けようとしている二人。
「おい、ミオ! こっちも負けてられんぞ!」
「そうねヒロくん!」
両親が昔の呼び名で呼んでるの耐えられない。もう本当恥ずかしい。
「どうもー」
「ヒロアンドミオでーす!」
更に言えば、まじで夫婦漫才を始めやがった。ここは地獄ですか?
シオリは笑ってくれてたけど、この夫婦漫才はクソほどスベってた。




