修学旅行前日②
冬馬をからかいすぎたので二人で謝りを入れておく。
彼は震えながら「わかっていたさ」と言って四条と帰って行った。
その震えが俺たちの、からかいではなく、四条の親に会うものだと言うのは誰の目にも明白であった。
今回はなにもしてあげられない。俺たちは心の中で冬馬を無事を祈るしかできなかった。
そして、学校から家に帰ってくる。
せっかくの雨だし相合い傘を──。なんて思ったが、明日は大事な修学旅行の日。近い距離とはいえ、濡れて風邪でも引いたら笑い話にもならない。
安全を期して、お互い傘をさして帰って来たのであった。
「明日って……」
「明日?」
玄関で靴を脱いで中に入ると、シオリが俺の靴を揃えてくれながら俺の呟きを拾ってくれる。
そのことに「ありがとう」といつも通り言うと「好きでやっていること」といつも通りの返答があったところで、彼女の問いに答える。
「あー、いや、明日めっちゃ早起きだなぁと思って」
「確かに。でも、安心して。私がいる限り寝坊という概念がない」
「これほどに頼もしい許嫁はいないですな」
「むっふ」
見た目とは裏腹に鼻息を荒くするシオリ。そんな姿も可愛いとか、もうなにしても可愛い。可愛いは正義と言うが、そうなると大正義シオリ様だな。おい。
大正義シオリ様とリビングに入り、俺はソファーに腰掛けた。シオリはキッチンに向かっていた。
「私、カフェオレ飲むけどコジローは?」
「貰うわ」
「り」
シオリは手際良く、キッチンでカフェオレを作ってくれて、カップをソファーのセンターテーブルに持って来てくれる。
「どうぞ」
「ありがとう」
二人で同時に飲み、同時に「ふぃ」と声を漏らすとお互い見合って「ふふ」と笑い合った。
放課後の一服。こんな小さなことも、シオリとなら幸せな時間である。
「そういや、空港までの道を確認しておかないとな」
「それが良い」
俺はスマホを取り出して、ここから空港までの道を検索する。
「げっ……」
なんとも言えない声が漏れてしまう。
そりゃ、新幹線とは違い、空港は結構面倒な乗り継ぎになるとは思っていた。電車を乗り継ぎ、更にモノレールに乗らないといけない。
しかし、そんな電車の乗り継ぎ等は別に良い。遠いだけだとなんの文句もない。
「これって始発乗り過ごしたら終わりじゃん」
「ハイリスク、ノーリターン」
「マジでそれな。うわぁ。どうしよう……」
「私という最強の許嫁がいるけど……ワンチャンある」
「安心、安全な許嫁がいるけど、寝坊ってワンチャンはあるよな」
「そのワンチャンが明日発生する可能性があるっ!」
「ネガティブの方に自信満々!? そんなところも可愛いけどね!」
シオリはカフェオレを飲んだ後、俺を見る。
「きた。きたよ」
「なにが?」
「カフェインが脳内を巡り、閃きという扉を開いてくれた」
「なにか良い案でも浮かんだか?」
「ふふふ」
不敵に笑う彼女の表情は、許嫁歴も年単位になった俺だからわかる。
あかんやつ。
「空港でオール」
はい。あかんやつでした。
「無理だろ。普通に無理だろ」
「遅刻はしない。いや、もはや集合している状態。完璧」
「不完全すぎて、草超え、森越え、森林伐採だわ。草跡地だわ」
「私たち許嫁が力を合わせれば不可能などないっ」
「あるわっ! 不法侵入でタイーホじゃい!」
「くっ……しかし、他に方法が……」
なんだかシオリのテンションが高い。
これが修学旅行前日のテンション。つまりは楽しみにしているってことだ。
もし、万が一にでも修学旅行に行けなければ……。シオリが可哀想だし、そもそも俺も修学旅行行きたい。
「色々としゃくだが……仕方ない」
「なにか手が?」
「明日は遅刻できないからな」
冬馬が四条に送ってもらったというのを参考に、俺はスマホの電話帳から『母さん』をタップする。
「もしもし母さん? 頼みがあるんだよね──」
♢
「汐梨ちゃーん! 久しぶりー!」
俺のマンションの部屋に響く中年女性の声は黄色い声で、息子としては恥ずかしい声であった。
「お久しぶりです。美桜さん」
「相変わらず可愛いわー。もう、ほんと……」
「美桜さんも可愛い」
「あっは! もう、この子好き! 大好き! 娘にしたい」
「ほぼ美桜さんの娘です」
「きゃー! なにこの子!? 天使!? 天使なの!? 天使超えて女神様超えて主神様!?」
「シオリです」
「きゃー! きゃー!」
おばはんと主神様のやりとりを、ジト目で見ていると母さんがこちらを見る。
「あ、いたの? コー」
「ここは俺の家だ」
「家賃、光熱費、生活費は親負担だけど?」
「ありがとうございますっ!」
普通に論破されたから頭を下げておく。
「母さん。いきなりごめんな」
頭を下げているついでに謝っておく。
「なに言ってるのよ。そんなことは謝ることじゃないわよ。親として当然よ」
「でも、いきなりだったからさ」
「いきなりでも、二人が泊まってくれるなら嬉しいわ。あの家にお父さんと二人は広いのよね」
「あはは」
苦笑いを浮かべながらシオリを見たが、シオリは母さんと楽しそうに喋ったいた。だから嫌というわけではなさそうで良かった。
母さんに頼んだのは、明日の修学旅行の引率だ。
公共交通機関を使用するよりも、車の方が抜群に早く着く。
いきなりのお願いをすんなり聞いてくれた母さんだったが、交換条件として、今日は実家に泊まれとのことだった。
シオリは「泊まる」と言ってくれたから、その条件を飲んだ。
今日は雨が降っているので母さんが車で迎えに来てくれた。そして、今の状況である。
「それじゃあ帰りましょうか。路駐してるから警察怖いのよね」
「ああ」
「はい」
俺たちは、母さんが来るまでに用意していた明日の荷物を持ってマンションを後にした。




