許嫁に怪しまれる
もう修学旅行まで残りわずか。
旅行の準備も済ましたし、あとは当日が来るのを待つだけなのだが……。
少し悪あがきをしようと思う。
今日はシオリに先に帰ってもらい、俺はこっそりと映画研究部へと足を運んだ。
俺は部室のドアに、そーっと手を置いて開けようとした時だ。
「ふぅー」
「あふょん……」
耳に息を吹きかけられて変な声が出てしまう。
何事かと思い見てみるとシオリが立っていた。
「シオリ……?」
彼女は無表情ながら少し怒っている様子であった。
「放課後。渡り廊下を歩くコジローが怪しかったから付けて来た」
「あ、怪しくなんかないぞ」
「ここに来るなら、そうと言えば良いのに、曖昧に『用があるから先に帰って』と……」
「そ、それは……」
「そこで歯切りが悪くなるのも怪しい」
「え、ええっと……」
「密会? 逢引き? 浮気?」
「なんでそうなるんだよ!?」
「密会は切腹、逢引きは打首、浮気は吊し上げ」
「全部処刑じゃん。てか、違うから!」
「じゃあ、なに?」
ジト目で見てくるシオリに本当のことを言おうか悩む。でも、ぶっちゃけ恥ずかしいな。
なので俺は誤魔化すことにした。
俺はシオリの手を握る。
「え……っと……」
戸惑うシオリに顔を近づける。
「お、俺がシオリ以外の女に興味があるはずないだろ?」
「コジロー……何を隠してるの?」
「え?」
シオリはそのまま繋いだ手を逆の手でドアに手を付いて壁ドン、ならぬドアドンをしてくる。
壁ドンされるのってこんな気持ちなんだな……。めっちゃドキドキする。
「べ、別に……何も隠してないぞ?」
無意識に顔を逸らしてしまう。
すると、首元に顔を近づけて、鼻を首に付けて、クンクンと匂いを嗅がれる。
そんなんだからシオリの髪の毛が俺の鼻の真下にあって、彼女の良い匂いがダイレクトに届いてくる。
同じシャンプー使ってるのに、なんでこの子こんなに良い匂いなの?
「お、おい。シオリ!?」
「私がコジローのことわからないはずないでしょ? これは嘘を付いている匂い」
「え!? 臭い!?」
「そうじゃない。良い匂い。コジローの匂い好き」
「あ、ありがとう。俺もシオリの匂い大好きだぞ」
「えっと……ありがとう。えへへ……」
あれ、なんで俺たちこんな格好でお互いの匂いを褒めてるんだっけ?
シオリの良い匂いをダイレクトに嗅いでいるから頭が、ポーッとして状況がわからなくなってきた。
「おいバカップル共……部員でもないのに、部室の前で何を変態的にイチャついてんだ?」
外野から声が聞こえて来たのでお互いに見てみると、ポニーテールを揺らして呆れた顔をした三年生の二階堂夏希先輩がやって来た。
「夏希先輩。コジローが何かを隠している件」
「なるほど。それで問いただしていたと」
「そう」
「オーケー。でも、ここで拷問をしていたら、ただの変態イチャップルだ。部室を貸してやるから中に入るぞ」
「中で拷問は良い?」
「好きにしろ」
「どもです」
シオリがペコったところで話に入る。
「いや、話しが進んでるけど、俺拷問にかけられるの?」
「当然。疑わしきは罰せよ。それが私の座右の銘」
「物騒な座右の銘だな。おい」
そんな会話をしながら夏希先輩が部室のドアを開けた。
すると中から『ふぅん。──うぃ──』と変態的な声を出しながら全裸の三年生、五十棲大吾先輩がダンベルでサイドレイズをしていた。ダンベルを横に肩の位置まで持っていき、ゆっくり下ろす、肩トレの種目だ。
「おー。みんなー。ふぃ! 来たかー!」
「ゴミがああああああ!」
中に入った瞬間、夏希先輩が猛ダッシュで飛び蹴りをかます「フォ!」とダメージ声を出す五十棲先輩はどこか嬉しそうに倒れた。
「毎度、毎度、なんで脱いでんだよ! 良い加減にしろよ! カスがっ!」
「おふっ! おんふっ! そこっ!」
ガシガシと踏みつけるいつもの光景。
「なぁシオリ?」
「ん?」
「俺たちに変態的なイチャつきとか夏希先輩言ってたけどさ。あの人らのあれも変態的なイチャつきだと気がついていないのかな?」
「おそらく。両片思いのイチャつきほど甘く切ないものはない」
「あれは特別な両片思いだと思うが……。ま、良い」
俺は、ガシガシと全裸で女子高生に踏みつけられている変態のところに足を運びしゃがみ込む。
「先輩。ご褒美中さーせん」
「む? ──おんっ! 良いぞ。──ンフッ! 先の件か?」
「あ、はい。ご褒美終わりで大丈夫ですか?」
「うむ。──イフィン! すまないな。 ──そこっ! すぐに終わらすから」
「いえ、思う存分堪能してからで良いので。部室の前にいますので」
「ぬ。──あん!」
五十棲先輩に用件を言うと、俺はシオリと共に部室の外へと出る。
「もしかして五十棲先輩に用事だったの?」
部室の外、目の前の廊下に出て、ドアを閉めたのに中から気持ち悪い喘ぎ声が聞こえてくるのを無視してシオリが聞いてくる。
「まぁな」
「珍しい。どうしたの?」
「あ、いや……。その……」
もう、ここまで来たら隠しても意味がないと思いシオリに伝えた。
「夏にプールに行った時に思ったんだけど、シオリの水着姿と同等になるなら少しでも鍛えようと思って……。筋肉と言えば五十棲先輩だから相談したら、一緒にジムに行こうって言ってくれてな。まぁ修学旅行までには立派な体にならないけど、継続したら、来年の夏には仕上げて、シオリと同等になりたいというか……」
説明していると、シオリが俺の手を握ってきて、上目使いをしてくる。抱きしめたくなるくらいに愛らしかった。
「心配した。コジローが隠し事ってしないから、もしかしたらって……」
シオリは「プクク」と笑った。
「コジローはそんなことしなくても、私と同等……ううん。それ以上の人だよ」
「シオリ……」
もう、抱きしめたくなる衝動が抑えられない──。
『おおおンフッ!』
しかし、中から変態の声がしてきてそんな気は失せるのであった。




