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許嫁といつもの朝

「コジロー起きて」


 声が聞こえる。愛おしい人の声。

 

 この声はどのアラームよりも効き目があり、俺の脳内を瞬時に潤してくれる。そしてすぐに脳内が覚醒される。


 俺はベッドから体を起こしてシオリを見た。


 朝一番に見る彼女の姿は、カーテンの隙間から漏れる光に当たり神秘的で、本当に同じ人間なのか疑うレベルである。もしかしたら本当に天界に住まう存在で、なにかしらを司る女神様なのではないか、と最近本気で思うレベルだ。


 それにシオリの声。これがまた良い。なんと表現すれば良いのだろうか……。ストレートに表現するのであれば可愛い。これに尽きる。例をあげるなら……うん。わかんない。ともかく俺にとっては耳に心地良く、ずっと聞いていたくなる声だ。


 顔も声も可愛いとか、神様の最高傑作かよ。


「眠い?」


 ボーッとシオリを見つめていたので、彼女が聞いてきた。


「あ、いや……。いつも通り目が覚めたよ」

「そ」


 少し素っ気なく言うと部屋を出て行こうとして、扉を開けながら言ってくる。


「朝ごはんできてるから一緒に食べよ」

「うん。すぐに行くよ」


 シオリが寝室を出たので、ベッドから降りて彼女に続いて寝室を出た。


 洗面所で顔洗い、リビングのダイニングテーブルのいつもの席に座る。


 ダイニングテーブルには朝食が並べられていた。今日は和食みたいだ。シャケとだし巻き卵とほうれん草のおひたしと白米。そして──。


「はい。どうぞ」

「ありがとう」


 犬のエプロンをしたシオリが豆腐の味噌汁をキッチンから運んでくれて俺の前に置く。


 シオリは自分の分をいつもの彼女の席に置くと、犬のエプロンを外して隣の椅子にかけ、いつもの席に着席する。


「いただきます」

「召し上がれ。──いただきます」


 お互いに言った後にシャケをいただく。うん。良い塩加減で美味しい。


 チラリとシオリを見る。すると軽く微笑んでくれた。


「美味しい?」

「美味しいよ」

「良かった」


 シオリは嬉しそうな笑みで箸を進めた。


 こんな新婚みたいな高校生、世界広しといえど、俺たちだけじゃなかろうか?


 朝、好きな人に起こしてもらって、好きな人の料理を食べる。これほどに幸せなことはない。


 ああ、ありがとう父さん、母さん。俺に一人暮らしをさせてくれて。


「今日も手抜き」


 心の中で感謝を告げていると、シオリが簡単に言ってのけた。

 俺は「ぷっ」と笑ってしまう。


「本気出すと暗黒物質になるもんな」

「あれが不思議。思いを込めれば込めるほどに黒くなる」

「なんちゅう能力だよ……。まぁ味は良いから俺は別に良いんだけど」

「だめ。料理は見た目も大事。目で楽しんだ後に舌で楽しむ。これが常識」

「暗黒物質製作所の所長に言われたくないな」

「むむ……」


 シオリはどこか悔しそうに口を尖らせた。


「そういえばコジローって料理しないの?」

「俺? ああ……まぁシオリが来る前は、ちょこちょことな」

「へぇ」

「でもさ、わかったんだけど、一人暮らしの自炊ってマジで最初だけなんだよな。最初は『よし! 食費削減にもなるし、料理もできるってなるとすごくない!?』みたいな感じで自炊してみるんだけど、結局だるくなるんだよ。学校から帰って飯の準備しないといけないし、食ったら洗い物もしないといけない。しかも正直、スーパーの惣菜とかコンビニ飯とかと一人ならあんまり変わらないんだよな。だったら、準備がないのと、洗い物しなくて良い分、そっちで良いやってなるんだよな」

「一人暮らしってそうなるんだね。でも、もうそんな生活には戻ることはない」

「ん? どういうこと?」

「私という許嫁がいるから。一人の生活に戻ることは二度とない。一生一緒」

「おまっ……。くぅふぅ……」


 朝からいきなりドキドキするような事を無表情で言ってきやがった。

 思わず変な声が出た。


「だ、だから、まぁシオリの質問に答えるなら最初はしてたって感じ」


 ドギマギしながらもなんとか彼女の質問に答える。


「そ。なら、今度コジローの料理食べてみたい」

「大した料理なんてできないぞ?」

「良い。食べたい」

「そう? まぁ……いつも作ってくれてるし、別に良いけど」

「やった。ふふ」


 シオリは嬉しそうに笑いながら朝食を食べていた。


 こりゃ、下手なものは出したくないな。







 朝食を食べ終えてシオリと一緒に家を出る。


 俺の住んでいるマンションから学校までは十分程度。すぐそこの距離だが、この登校デートは俺の楽しみの一つである。


 シオリとはクラスが違う。


 シオリは二年四組。俺は二年六組。なので学校で一緒にいられる時間が少々足りない。だから登下校デートは俺の貴重な時間だ。


 俺の住まいである五階の部屋から降りて、エントランスを出て、いつもの通学路を歩く。


 隣を歩くシオリを見る。


 すると目が合い、首を傾げてくる。


「どうかした?」

「いや、それは本当に俺と同じ学校の指定のブレザーなの? と目を疑いたくなるほど制服姿が似合ってると思って」

「なにを今更言ってるの? 当然でしょ。それにいつも見てるじゃん」

「そうなんだけど……やっぱさ俺、シオリのヘッドホンを首にかけて、長い髪が、キュってなってるのがありえないほどに好きだわ」

「ちょ……。いきなり……」

「ありがとうございます」

「ど、ども……」


 朝の軽い仕返しをしてやると、少し照れながらシオリがペコっと頭を下げ、ヘッドホンに手をかけた。


「実は……このヘッドホンもそろそろ寿命かも。音がおかしくなってきている」

「そうなんか? でもそれは──」


 俺の言葉の途中で「でも」とシオリが俺を見る。


「これはお母さんの形見。だから絶対に手放さない」


 そう言った後に、少し照れながら「それに」と付け加える。


「コジローがこのスタイルが好きって言ってくれる間は絶対に変えない」

「シオリ」


 なんて許嫁思いな女神様だ。惚れてまうやろ。もう惚れてるけど。


「だ、だから、今度コジローも私好みのファションして」

「ぬ? 仰せのままに」

「今度買い物行こうね」

「ああ。ふふ」


 俺はつい思い出し笑いをしてしまった。


「どうかした?」

「いや、俺たち行きたいところばっかりあるな」

「だね。コジローと行きたいところいっぱいある。もしかしたら私たちの寿命じゃ足りないほどに行きたいところがね」

「どこまでもお付き合いしますよ。許嫁様」

「うぬ。良きかな、良きかな」







「──それじゃね。コジロー」

「ああ。また昼に」


 二年の教室が並ぶ廊下で手を振り合って別れる。


 シオリは四組へ、俺は六組へ向かい、教室に入った。


 教室に入ると、いくつかのグループが雑談をしているのがうかがえる。


 最初は全く仲の良くなかったクラスだったが、体育祭や文化祭を通して少しずつ仲良くなってきた印象だ。


 元担任の三波先生がいればもう少しクラス仲が良くなるのが早かったかもしれないが、仕方ない。

 三波先生は結婚、妊娠をして教師を辞めた。一年の頃からお世話になった身としては残念だが、先生の人生だ。先生が決めるのは当然。


 そういえば、もうそろそろ出産の時期ではなかろうか? できれな赤ちゃんを見てみたいが、それが叶うかな?


 そんなことを軽く考えながら窓際の一番前の席に座る。


 いつまで春先から変わらずに名前順の席なんだ? と思うが、もう長い間この席だし、なんでも良い。利点を上げるとすれば、定期テストの時に移動しなくて済む。


 すっかり慣れ親しんだ席に着席すると「おはよ。一色くん」と女生徒の声がした。


 現れたのは慈愛都雅の天使様の異名を持つ四条純恋。

 誰にでも優しく、気配りが出来、ノリが良い。おまけに胸が超高校生級。──と、いう事もありシオリの異名『冷徹無双の天使様』に匹敵する人気を誇っている為に付けられた二つ名が『慈愛都雅の天使様』と言う訳らしい。


 しかし、そんな慈愛都雅の天使様も彼氏持ち。その存在が学校中に知られると、段々とそう呼ぶ輩も減っていっているみたいだ。


 そんな彼氏持ちの巨乳美少女天使様が朝から俺に微笑んでくれる。


 こんなもんシオリで耐性付いてなかったらイチコロだ。ま! 俺はシオリしか勝たんからな!


「おはよ。四条」

「今、ムカつくこと思ったでしょ?」

「へ?」

「どうせ『ああ、シオリの方が可愛いな』とか思ったんでしょ?」

「どうしてわかった!?」

「そりゃ一色くん単純だもん。それに長い付き合いだしわかるよ」

「ふっ。大丈夫だ四条。お前も十分に芸能人レベルだ。しかし相手が悪い。シオリは女神レベルだからな」

「例えがムカつくし、それがまた真実なのもムカつくし、なんなの? 朝から惚気聞かされて……」

「いやいや。四条の方が惚気多いぞ? いきなり惚気る時あるからな?」

「だって、あたし冬馬くん好きだもん」

「なんなの? 仕返しなの? お前らの惚気話は聞き飽きたよ」

「それは本当にそっくりそのままクーリングオフだよ」

「クーリングオフて……」

「そんなことより一色くん。大変だよ」

「なにが?」


 急な切り返しに俺は首を捻って尋ねた。


「もうすぐ修学旅行だよ」

「だな」

「海だよ!」

「らしいな」

「水着買わないとっ!」


 そんな発言に俺はつい「ぷっ」と吹き出してしまった。


「なんで笑うの?」

「ああ、いやごめん。昨日、シオリとその話題になってな。同じこと言ってたからさ。仲良いなぁと思って」

「そりゃ、あたしと汐梨ちゃんはラブラブだから。一色くんよりラブラブだから。胸焼けするよ?」

「それを言えば俺と冬馬もラブラブだぞ? 濃厚だぞ?」

「ごめん。あたしノーマルだから。その絵面はちょっと……。胸焼けじゃなくて吐き気がしそう」

「言い過ぎじゃ?」

「冬馬くんは美男子だけど、一色くんがつり合ってないよ」

「おいっ! 親バカならぬ彼ピッピバカかっ! たしかにそうだけど!? 真実を言われると傷つくだろうがっ!」

「うそうそ。一色くんもかっこいいよ」

「あいあい。そうかよ。ありがとさん。それ言いにきたのか? だったら散れ散れ」


 しっしっと野良犬をはらうように言ってやると「ひどーい」と笑っていた。


「そうじゃなくてね。水着、買いに行くから今日の放課後四人で行こうよって誘いに来たんだよ」

「女子の水着を買うのに俺らが行っても良いのか?」

「もちろん、買うのは水着だけじゃなくて、修学旅行のものとかも買うからね」

「なるほどね」

「今日の放課後大丈夫?」

「ああ。俺は大丈夫。シオリも大丈夫だと思う」

「おっけ!」


 四条の声にタイミング良く、朝の予鈴のチャイムが鳴り響いた。


「あ、じゃあまたお昼に部室でね」

「あいよー」

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