許嫁との一年
お久しぶりです。
後日談となります。お楽しみいただけたらと思います。
この部屋には女神がいる。
もちろんこれは比喩表現だ。
でも、もし仮に女神様というのが存在したとしても、彼女を見れば裸足で逃げ出してしまうだろう。
それほどに七瀬川汐梨という女性は美しい。
そんな女神の様な彼女は俺──一色小次郎の許嫁だ。
一年前──俺の部屋の前に座っていた彼女に、いきなり許嫁と言われた時は驚きを隠しきれなかった。
今となっては彼女と許婚という関係で本当に良かったと思う。
こんなにも美しい許嫁がいて俺は果報者だ。
「どうしたの? コジロー」
1LDKの部屋。そこのソファーに座っていると、マグカップを二つ持ったシオリがこちらにやって来る。
一つをソファーの前にあるセンターテーブルの俺の前に置くと、彼女はソファーに腰掛けて、両手でマグカップの中身を飲んだ。
「ありがとう」
礼を言いながらシオリが淹れてくれたカフェオレを飲む。
段々と寒くなってきたので暖かいカフェオレが体に染みる。
心なし、彼女が淹れてくれたので普通のカフェオレも美味しく感じた。
「なんか黄昏てたけど?」
先程の質問に答えていなかったので、シオリが続け様に質問を投げてくる。
「あ、いや……。もう一年経ったんだな……と」
「なるほど『思い出に浸っている俺、かっこいい』と?」
「そんなこと思ってねぇわ」
「なに思い出してたの?」
「シオリとのこと」
即答で答えると、彼女は無表情で「そう」と答えながらマグカップをセンターテーブルに置いた。
無表情でアクションがないように見えるが、俺にはわかる。
「今、照れただろ」
「別に」
「ふふ。そっか」
「コジローのくせに余裕ぶってるのムカつく」
「いや、だってシオリ、顔赤いぞ」
言うと彼女は両手で自分の頬を触る。
「赤くない」
「ほれほれ」
スマホのインカメを彼女に向けてやる。
「こ、これは……温かいものを飲んだから」
「ふむ。そういうことにしてやるか」
「むぅ……」
シオリは拗ねた声を出すと「貸して」と言って俺のスマホを奪い取る。
そして、グッと俺との距離を縮め、密着してくる。
彼女の温もりが部屋着越しに感じることができた。
その感触に心臓が高鳴る。
「お、おい。シオリ?」
「ふふ」
軽く笑いながら顔も近づけて彼女は腕を目一杯伸ばす。
そして──カシャっとスマホのシャッターを押した。
「ほら、コジローの方が赤いよ。トマトみたい」
言いながら写真を俺に見してくる。
「そりゃ、いきなり好きな人が密着してきたらドキドキするだろ」
言うと、写真に写った俺よりも、もっと顔を赤らめるシオリ。
「す、素直のは良き……」
「あはは! 顔沸騰してるぞ!」
「うう……。コジローのくせに……」
拗ねたような、照れたような声を出す彼女はとても可愛くて愛おしい。
「そ、それで? わ、私のことを思い出してたって?」
照れているシオリが話題変更をしてくるので、俺は素直に乗ってやる。
「あ、ああ……。シオリが俺の部屋に来てから今日までのことをな」
言うとシオリは「色々あったね……」と、しみじみ言った。
「上げたらキリがないくらいに思い出がいっぱいある。そんな一年」
「だな。──いきなり部屋の前にいて『許嫁』とか言った日は驚いたな……」
「あの時は、家族のことが嫌いだったから。だから、家族よりもクラスメイトの許嫁といた方が良いと思ってた」
でも、とシオリは首を横に振った。
「お母さんが天国に行っちゃって……本当は私、家族のことが好きだったんだ……って。勝手に理由をこじつけて、被害者ぶってたのは私なんだって……。もっと早く気がつけばお母さんともっとお話ししたり、出掛けたりできたのに……」
「それは何度も反省したろ?」
「うん。たまに反省はするけど、私は前を見て歩くって決めたから。それに離れてても私たちは家族だから。だから、大丈夫」
シオリが、ジッと俺を見つめてくる。
「ん?」
「お母さんに花嫁衣装見せれたけど、あれは演劇の衣装。本物を見せてあげかった」
「花嫁衣装……」
そんな言葉を聞くと、嫌でも妄想してしまう。彼女の花嫁衣装。
それはどこの誰よりも似合っていて、世界で一番美しい姿なのだろう。
それを妄想すると、ニヤけてしまいそうになる。そんな顔を見られると、またシオリにからかわれてしまうだろうから、グッと我慢する。
「なんか嫌そう」
我慢した顔がそんな風に見えてしまったみたいだ。
そんなことない。そう言おうとしたが、先にシオリが俺の手を強く握ってくる。
「私たちは許嫁なんだから。結婚してもらうから」
「は、はい」
強い彼女の言葉に素直に頷くことしか出来なかった。
数秒後、自分の言った言葉が恥ずかしくなったのか、パッと手を離して、わたわたと焦り出す。
「あ、えとえと……。あれだね……」
とにかく話題転換がしたい彼女は焦りながらなんとか、話題を提供してくれる。
「も、もうすぐ修学旅行だね!」
「あ、ああ。そうだな」
「沖縄だね! 海だね!」
「もう秋で、段々寒くなってきてるのに海なんて本当にいけるのかな?」
「大丈夫だよ! ほら!」
シオリは高速でスマホを操作すると、画面を見してくる。
そこには秋の沖縄のことが書かれていた。
「まだこの時期はギリギリ大丈夫だから!」
「まぁ沖縄の気温はこっちとは違うって聞くけどさ……。ほんまかいな? って思うんだよな」
「大丈夫! 沖縄の太陽を信じて!」
「シオリって海とかプールになると、ハシャグよな」
「は、ハシャイでなんてない! 当然の反応!」
「今年の夏にプールに行った時もはしゃいでたじゃないか」
「あ、あれは……あれだよ」
「どれよ?」
「そういえば!」
ポンと手を叩いてまたまた話題を変更してくるシオリは、立ち上がり寝室へと向かった。
すぐに帰ってきて、俺の隣に座り直すと、その手にはブレスレットみたいなものが持たれていた。
「謎の超絶イケメンがくれた遊園地の年パスじゃないか」
「プールで思い出したけど、この遊園地の年パスを使っていない」
「怪しくて使ってなかったよな」
「怖いけど、調べたらちゃんと使えるみたいだよ」
「あ、調べてくれたんだ。ありがとう」
言うとシオリは嬉しそうな顔をして言う。
「また行こうよ。純恋ちゃんと六堂くんを誘って」
「ありだな。──でも、修学旅行終わってからにしよう」
「だね。水着も新調しないと」
「え? 今年の夏に着てたのあるんじゃない?」
言うとシオリは、ジト目で見てきて「はぁ」とため息を吐いた。
「私という許嫁がいながら、女心がわからないとか、まじコジロー」
「俺の名前を悪口みたいに言うなよ」
「毎回新しいのを見せたいじゃん……。す、好きな人に……」
そう言って頬を赤くするシオリが尊い。
「お、俺も新調しようかな?」
「あ、男の水着は女の子はあんまり見ないよ?」
「ですよねー」




