あの時のメッセージ
何度か彼女を呼びかけるとようやくと反応があり、こちらを振り向いてくれる。
安堵の息を漏らしながらシオリの隣に座り問いかける。
「体調悪いのか?」
聞くと彼女はフルフルと小さく首を横に振る。
「そうか……。疲れてるんだな。ほら、これ」
俺は持っていたコンビニ袋から先程買った暖かいペットボトルのミルクティーを彼女に差し出す。
それを無言で受け取ると、彼女は蓋を開けずに両手で大事そうに持った。
「それは?」
彼女の視線はもう一つの紙袋の方へ向いていた。
「父さんがシオリに渡してくれって。中身は見てないから俺にも分からないな」
言いながら俺は紙袋を彼女へ差し出すと、ペットボトルをセンターテーブルに置いて受け取ってくれる。
「中……見ても良い?」
「シオリの物だから当然」
律儀に俺の返答の後に中身を確認して取り出した。
出てきたのは紙袋の割には小さな物。一枚のCD? DVD? だった。
真っ白なそれには特に何の明示されていなかった。
「何……?」
「何だろうな……。見てみるか?」
彼女が小さく頷いたので俺はテレビの電源を入れてから立ち上がりゲーム機にそれをセットすると彼女の隣に戻る。
ゲームのコントローラーで操作していると『DVDの再生』と書かれていたので、これが動画である事が判明した。
何だろう? と思いながら俺は再生ボタンを押すと画面に映ったのは学校の中庭だった。
『ここら辺で……良いかな』
聞き覚えのある女の人の声が聞こえるとカメラが何処かに置かれて、足音が遠ざかって行くと共に画面に現れたのは琴葉さんだった。
これは……。
『えっと……。あはは……。いきなり撮ってるけど何言うか飛んじゃった……』
琴葉さんは少し照れ笑いを浮かべながら頬を掻くと『コホン』と咳払いをして真剣な顔を見せた。
『まずはコーちゃ――小次郎さん。ご迷惑をかけて本当に申し訳ありません。そして、いつも汐梨と仲良くしてくれてありがとうございます』
頭を数秒下げた後にまた上げて言葉を続ける。
『小次郎さん……。あーもう呼びにくいからコーちゃんで良いや。コーちゃんとは……あれは五歳位かな? の時に初めて会って、そこから十五歳? 十六歳かな? で再会した時、不思議と久しぶりって感じじゃなかった。ヒロ先輩とミィ先輩から話を聞いてたからかな? でも、生で見たら凄く逞しく、男前に成長しててビックリしちゃった。その成長が我が子の成長の様に嬉しかったよ。それに見た目だけじゃなくて中身もヒロ先輩とは大違いのしっかりした大人の男性って感じになってたね。今日だって……』
琴葉さんは指を顎に持っていき言葉を詰まらせる。
『今日? 見てるのは今日じゃないか? あれ? 今日って何日? うーん……』
腕を組み、悩んで明るく『何でもいっか』なんて軽く言ってのける。
『私が汐梨に変装して学校に来た日だって……にゃはは。久しぶりの学校ではしゃいじゃって迷惑かけちゃったね。ごめんごめん』
頭を掻きながら言うと再度真剣な表情になる。
『コーちゃんは物凄く気にかけてくれて、頼りになって、やっぱりコーちゃんなら汐梨の事を安心して任せられると再認識したよ。これからも汐梨をよろしくお願いします』
頭を下げた後に頭を上げて次は『汐梨……。見てくれてるかな……』と前置きをしてから続けた。
『汐梨。その……。色々と汐梨の人生を振り回してごめんなさい』
次は最敬礼を長い事してから語り出す。
『汐梨の気持ちを最優先にしないといけないのに自分の事ばかり考えて、汐梨の気持ちを理解してあげれてなかったね。これじゃあ母親失格だし、汐梨だって家族なんかじゃないって思うのも当然だよね。でも、最後の時間を家族三人で過ごしてくれて、心の優しい女の子なんだって、私達の娘はこんなにも優しい女の子だって何処に出しても鼻が高い自慢の娘だよ。会話は少ないけど、あなたがいるだけで私達は幸せ。でも、もう時間がないと思う……。出来れば汐梨の花嫁姿を見てから逝きたかったけど、多分それは叶わないかな……。だからコーちゃんにネックレスを託すね。このネックレスは七瀬川家が結婚する時に代々花嫁に受け継がれている物なんだ。私も結婚した時に着けてもらったよ。だから最後の贈り物になるけど、結婚式の時はコーちゃんからネックレスを着けてもらって華やかな結婚式にしてね。――って……最後って私から汐梨に送ったのはネックレスとヘッドホンだけか……。ごめんね、少なくて。汐梨が大事にヘッドホン持っていてくれて凄く嬉しかった。それは太一さんが高校卒業の時にくれたヘッドホンなんだよ。これがあれば俺が卒業しても寂しくないだろ、とか何とかカッコつけてプレゼントしてきて、最初は意味不明だったけど、でも、いざ着けてみると彼を感じる事が出来て、太一さんのいない高校生活も何とか耐えれたんだ。それを大事に使ってくれて本当に嬉しいよ。――汐梨……ごめんね……私……先に逝くけど……。汐梨はどう思ってるか分からない……。家族になれていないかもしれない……でも、離れていても、どう思われてもあなたは私の大事な娘。大事な宝物。また、あっちで会ったらいっぱいお話ししようね。コーちゃんとの惚気話をいっぱい聞くよ。孫の話とかも聞きたいな。だから、汐梨、コーちゃんと幸せにね。コーちゃんとの時間を大切にね。――またね』
手を振った後、カメラに近づいて琴葉さんがフェードアウトするとガサガサと音がすると画面が安定しなくなった。
『――ぐすっ……。泣かないって……決めたのに……』
そんな声の後に『やっと……見つけた』と俺の声がすると『あら、コーちゃん』と明るい声がして動画は終了した。
琴葉さん……あの時、これを……。
真っ暗になった画面を見つめていると目頭が熱くなり、泣きそうな目でふとシオリを見てみる。
「シオリ……」
彼女は左目から静かに涙を流していた。
「お母……さん……」
彼女はヘッドホンに手を持っていき泣きながら呟いた。
「私……お父さんとお母さん……に……酷い事……。私……家族じゃないって……そんな事……思って……謝りたい……家族だよ……って……言いたい……。でも……もう……遅い……」
お母さん、お母さん……と嘆く彼女を俺は泣きたいのをグッと堪えて彼女を抱きしめた。
「遅くなんかあるもんか。今からでも間に合う。シオリが想えば良い。シオリが強く家族だよって想えば、あっちにいる琴葉さんに伝わるさ。だってシオリは人形じゃなくて、大切な人との別れに涙出来る心の優しい女の子なんだから」
「う、うぅ……うぁああああああ!!」
まるで幼い子供の様に泣きじゃくるシオリをずっと抱きしめていた。
こっそり俺も涙を流したのは彼女には秘密だ。
長い事泣いていたので抱擁を解いた時に見えた彼女の目はすっかり腫れてしまっていた。
「落ち着いたか?」
聞くとコクリと頷く。
「ありがとう……コジロー。私、コジローがいなかったら……」
不安そうな声を出す彼女の手を握ってやる。
「許嫁だからな。こうやって側にいる事しか出来ないけど」
「充分だよ。充分過ぎるよ。あなたが居てくれるだけで私は充分」
言うと彼女は何か決意したかの様な表情で俺に聞いてくる。
「コジロー。行きたい所があるんだけど付いて来てくれない?」
「良いよ。何処に行くんだ?」
シオリは俺の手を引く様に立ち上がったので、彼女と共に立ち上がる。
「私達七瀬川家が家族になるのを見届けて欲しい」
そう言われて俺は何処に行くのか察した。
「分かった。一緒に行こう」
「ありがとう」
俺達は手を繋ぎながら目的の場所へと足を運んだ。
本日残り二話投稿します。
もうすぐ完結となります。




