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新学期

 駅の改札前に立つ女性を道行く男性が彼女の前を通る度に振り返っているのが伺えた。


 そんな彼女は周りの目なんて気にしていない様で、ヘッドホンをしてスマホを眺めている。


 地元の駅で買った切符を改札に通しながら、切符面倒だな、定期券買おうかな、何て思いながらヘッドホンをしている彼女の前に立つ。


 こちらの存在に気が付いた彼女はヘッドホンを外してこちらを見る。


「おはようシオリ」

「おはよう」


 いつもの朝のやり取りは場所が違うだけで何だか新鮮である。


「なんか……あれだな……。あの……」

「デートの待ち合わせみたい」


 こちらが言葉を詰まらせているのに対して彼女はケロッとそんな事を言ってのける。


「いつも出掛ける時は家からだったもんな」


 俺の言葉に頷くとスマホを制服のポケットにしまったので、どちらからともなく歩き出す。


「――そういや、待ってる時にスマホ眺めるなんて珍しいな。いつもは本読んでるイメージだけど」


 駅を出て、同じ制服の人達が歩いている学校への道を歩く。

 いつも利用している駅なので、慣れた光景なのだが、朝、学校の制服を着て歩く学校への道は何だか違和感がある。


「電子書籍にハマっている」

「電子書籍か……。俺、あんまり本とか読まないから分かんないけど、どうなの?」

「これはこれで使い勝手が良い」

「シオリは賛成派ね。なんかさ、ほら、電子書籍よりやっぱ紙の方が良いって人もいるじゃん」

「どちらもメリットがありデメリットがある」

「物事には何に対してもそうなんだな……」


 そんな他愛もない話をしながらも思うのは、昨日はどうだった? 家族と何か話をしたのか? 上手くやれそうか?


 そんな思いが俺の脳内に浮かび上がるが、まだ初日だからそんな事を聞くものでもないし、そもそもこちらから聞くのも何だか違う気がする。


 本当に辛かったり悩んでいるならば彼女から相談してくれるだろう。


 だから、この話題を俺から上げる事はない。







 夏休み明けのクラスに入ると、いよいよ夏休みが終わって新学期が始まったと実感させられる。


 体育祭等の学校イベントを超えて、多少はクラス仲が良くなったのか、ちらほらとグループで喋っている人達を見かける。


 春頃には考えられない光景だが、知らないうちにちょっとずつ仲良くなってきているのだろう。


 ただ、やはり一年生の頃と比べるとクラス仲が良いとはっきりとは言えない。


 そして、春頃から一回も行われていない席替え。

 もう、ここまで来たらこの席で良いと思いながらも、やっぱり一番前って嫌だな、なんてショボい矛盾な考えの中、スクールバックを自分の席に置いた所で「おはよー」と聞き慣れた女の子の声が聞こえて来た。


「おはよう。四条」


 俺の前に立つ慈愛都雅の天使様の異名を持つ四条 純恋は相変わらずアイドルみたいな笑みを見してくれている。

 いや、笑みというよりは、それは慈愛に満ちている顔だ。


「今日はどうしたの?」

「ん?」


 主語なき言葉に疑問の念が出る。


「何で駅から来たの?」

「見られてたか?」

「ふふふ。私達の隠密行動は軽く君達を超えているからね」


 自信満々で言ってくるのは、この前の水族館での嫌味なのだろうな。


 しかし『達』って事は冬馬と一緒に登校か……。


「ラブラブなこって……」


 溜息混じりで言うと「ふふふ」と嬉しそうに微笑みで返してくる。

 シオリという大切な人がいなかったら惚れてしまったかもしれない。


「朝から手繋いで来ちゃった」

「そりゃよーござんした。ご馳走様です」


 シッシッと野良犬を払う仕草をすると「――じゃなくて!」と話を戻される。


「何で駅から?」


 俺の住んでいたマンションを知っているから疑問に思ったのだろう。


「ああ……。実は……」


 俺は真剣な眼差しでリズムにのる。


「ずん、ちゃ、ずんずんちゃ。ずん、ちゃ、ずんずんちゃ。俺の家は遺影と化し、強制帰宅はマジお宅。実家戻ると父ジジ化、母はハハッと笑う地獄。子供に告知なしなのマジ酷使。だから駅から来たぜえのき茸。だけだけだけそれだけさ。ずんちゃ、ずんずんちゃ、ずんちゃ、ずんずんちゃ」


 四条の口角が少しだけ上がっているのは微笑んでいる訳ではなく無表情の表れ。


「抑えられないこの衝動。お前の壁は低いぜ相当。レベルの差がありすぎてイラついたろ? お前との差は摩天楼。イラついてんなら来いよ上等、ウチが狙ってるのはかなり頂上。どうだ? 分かったか? 成長したか? よー、ブラザー」

「え……うま……」


 ラップと言うより歌が上手くて引いた。


「――分かったのは恐ろしく一色君にラップの才能が無い事だね」

「――ずん、ちゃ、ずんずんちゃ――」

「しつこっ!」


 これ以上やると四条が怒りそうなので俺は軽く笑って答える。


「俺の親が海外出張から帰って来たからさ。実家に戻ったんだよ」

「最初から普通に答えてよ――って、そうだったんだ……。じゃあ一人暮らしは終わり?」

「そうだな。親が帰って来たからな」

「そっか……。あれ? じゃあシオリちゃんは? 一色君の実家?」

「いや、シオリも家族の所帰ったよ」


 答えると四条は何か言いたげな言葉を飲み込んで頷いてくれる。


「そうだったんだ、寂しいね」

「まぁ高校生なんだし、そんなもんだろ。別に俺達の関係が変わる訳じゃない。住む家が変わっただけさ」


 言うと四条はニタリと笑ってくる。


「愛だねー」

「お前らには負けるけどな」

「いやいやいやいや」

「いやいやいやいや」


 そんなやり取りをしていると夏休み明け始めてのチャイムが鳴ったので「あ、それじゃあまたね」と手を上げて四条が自分の席へ戻って行く。


 ――四条が根掘り葉掘り聞いて来ない事に感謝する。


 今の発言だけでも俺なら気になる点がいくつがあったが、四条は深くまでは聞いて来なかった。

 多分、彼女なりに何かしらを察してくれたのだろうと思う。

 

 ラップをしている時に四条と冬馬には話をしても良いかな、なんて思ったが、通学中に俺からは話題を出さないと決めたばかりなので、彼等にわざわざ言うのは避ける事にした。


 本当に困った時は二人に相談しよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] ごく普通の恋人、ってのをやったことが無いのだからなあ。 そういったことは先輩に色々聞いてみようね。
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