欠落している感情(シオリ視点)
シオリ視点です。
居心地の良い場所。
そこは楽しい笑い声が上がり、嬉しい涙を流したり、好きな音楽を聞いたり、好きな人と手を繋いだり、抱き合ったり――。
そういえば、ここでキスをしたことがなかった。
まだ彼とは二回しかキスをしていない……。
この大好きな場所でしていないなんて不覚……。
――そんな陽だまりの様な暖かい場所。天国と表現しても良い場所。
ソファーの上で体育座り。
目の前には電源の入っていない真っ暗なテレビ。
そこに鏡の様に映っているのは感情が欠落している人間。親が死ぬと聞かされても涙一つ出ない人間。
それが私……。
「――いきなり……そんな事言われても……」
そうだ。いきなりだ。いつもいきなり。
出かける時もそう。海外出張もそう。許嫁も同居も、死ぬ時でさえもいきなり言ってくる。
こちらの都合なんてまるで考えずに何でもかんでも自分勝手――。
――でも……。
「涙一つなし……」
大人になれば心に余裕ができていて、親の身勝手な行動に対して何も思わない様な人間になっているのかな? それとも、やっぱり放置されていた傷は治る事なく、ずっと家族を疎ましく思うのかな?
そんな事をたまに考える時があった。
どちらの気持ちにしても、人間だから必ずやってくる別れ。それに対し、私は涙の一つ位は流れるのかな? と思っていた。
だが、予想より早い別れの宣告に対して涙は一つも出なかった。
「――一緒に……か……」
こんな状況で尚、コジローと同居を続けたいとは言えない。
病気だからって私の傷ついた過去は消えないが、同居を続けたいと言えばそれこそ人間として終わる気がする。
それにコジローが上手い事、私を両親と暮らす方向へ持っていくはずだ。
彼はずるい……。
私が彼の言う事を断るなんてしない事、それを無自覚で言ってくるのがずるい。
だから、私の選択は両親と住むしかないと思う。
だけど……どう接すれば良い? どう対応すれば良い? どう反応をすれば良い?
事情は分かったけど、私はどんな態度を取れば正解なのかな?
「――どうすれば良いのかな……?」
呟いても答えは出ない。
私は首にかけているヘッドホンを装着する。
私の身体の一部。とても大事な物。
寂しい時、辛い時、いつもヘッドホンをし、周りの音を遮断して一人の世界に入る。
そうする事で気持ちが紛れるから……。
友達がいなくて寂しい時はソラちゃんが歌で元気をくれる。
陰口を叩かれて辛い時はソラちゃんが歌で励ましてくれる。
勿論、他にも沢山の曲を聞いたり、勉強のお供にしたりと様々な使い方をするが、基本的にはソラちゃん達の歌を聞いて気分を晴らしていた。
そんな歌を届けてくれるこのヘッドホンは大切な物。
しかし、今の感情はどうだろうか……。この本当に何も感情の湧かない無にソラちゃんは私をどう励ましてくれるのかな?
いつもの曲を流すと、いつもの明るい曲が流れる。
聞いていると私自身がソラちゃん達の世界に足を踏み入れた気がしてとても気分が上がる曲。
――だけど、今日に限ってはその限りではない。
何だかノイズ混じりの曲を聞いているような気がして頭が痛くなる。
こんな事一度もなかったのだが……。
首を捻りながらヘッドホンを首にかけ直すとベランダの外が光った気がした。
「――なんだろ……」
私は立ち上がりベランダに出た。
夏の夜風が涼しくて心地良く私の髪を靡かせる。
すっかり暗くなった空には星が見えないのは残念だが、月が夜空を照らしていた。
私が感じた光は月の光とは違う何か。
だが、夜空は先程の光を放つ事なく月明かりだけが照らしている。
「――気のせいかな?」
呟きながらも、また光ると思って空を眺める。
しかし、一向に光る様子がない。
「やっぱり気のせいか」
諦めて部屋に戻ろうとすると最愛の人の声が後ろから聞こえた。
「花火でも見えたか?」
次回はまたコジロー視点に戻ります。




