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旅立ちと修行仲間との出会い

いよいよ出発を明日に控えた夜である。北塵<ホクジン>藩の景色もしばらく見納めか、と窓を開いて外を眺めるが、すでにどっぷりと日が暮れていて、点々と光る民家の灯り以外は何も見えない。それでも、そのささやかな灯りは、領民たちが確かにここで暮らしている証であり、大切な光だった。

 生ぬるい夜風が頬を撫で、北風<ホクカ>は目を細めた。

 そんな時、部屋の外から声がかけられた。

「北風。入っても良い?」

 姉の声だった。

「どうぞ」

 と答えれば、襖が開けられ、姉が入ってくる。姉は北風の横に並んで、窓の外を眺めた。

「明日から、北風は修行に行ってしまうのね。……こんなに長くあなたと離れるのは初めてね」

 六実<リクミ>は少し寂しそうに笑む。六実の手が、窓枠の上で、北風の手の上にそっと重ねられた。

「あの『隕石の夜』から、私達ずっと一緒にいたものね。ずっと、二人きりだった」

 姉は北風の肩に頭をもたせかけた。姉の体温が伝わってきて、北風も目を細めた。

「北風、あなたの決めたことだから反対はしないけれど、どうか怪我はしないでね。何か助けが必要だったら、すぐに呼んで。飛んでいくから。──姉さんは、いつでもあなたの味方だから。今までも今も、他の誰より一番、あなたのことを大切に思っているのだから」

 姉の声は真摯だった。その言葉を疑っているわけではなかった。

 ──でも、それじゃあ駄目なんだよ、姉さん。

 北風は心中でそうひとりごちる。北風と六実は、すでに、あの焼け跡で二人きり、必死に互いの手を取り合っていた小さな子どもではない。何一つ残らなかった大地には再び領民たちが暮らし始め、姉には大切な人もできた。

 北風と六実は、先に進まなければいけないのだ。

 今回の短い別離が、その一助になればいいと、北風はそう思うのだった。


 ***

 出立の日は、抜けるような青空から陽光の降り注ぐ、とてもいい天気だった。北風は眩しさに編笠をかぶり直す。

 駕籠を雇うかと言われたが、人に運ばれるのはどうにも慣れない。『隕石の夜』から続いた姉との放浪生活では、徒歩と野宿が当たり前だったから尚更だ。結局馬を使うことにしたが、それだって贅沢だと思う。

 城には北風の馬もいるが、修行先で預ける場所があるか分からないので、街道沿いに設けられた問屋場で借りることにした。馬は次の問屋場で返し、そして次の馬を借り、その馬をまた次の問屋場で返す。そう繰り返すことで、馬が疲れることもなく、目的地までたどり着けるという寸法だった。

 やがて北塵藩を出る。途端に建物が増え、賑やかな市場が現れて、北風は苦笑してしまう。いくら復興したとは言え、北塵藩はまだまだ発展途上だった。

 問屋場で馬を交換する際、ついでなので、茶屋で名物を楽しむことにした。

 緋毛氈の敷かれた席に腰掛けると、茶を一杯と、名物だという団子を頼む。茶屋の娘はなぜだか顔を赤らめ、足早に厨房に戻ったかと思うと、クスクスとさざめき笑う声が聞こえてくる。

 北風はなぜだか、同世代の女の子たちからそんな反応をされることが多かった。あまり気持ちのいいものではなくて、顔をしかめる。

 が、運ばれてきた茶は透き通った翠色をして深い甘みがあり、焦げ目のついた団子はもちもちとした食感で、団子に絡んだ甘辛いタレが格別の旨さだったので、あっさりと不快を忘れる。

 つい昨夜姉離れを決意したのも忘れ、これは姉さんにも食べさせてあげたいな、と考えてしまう。

 そんな時だった。ドンガラガッシャン、とひどい物音がして、思わずそちらに目を向ける。

 そこには、北風と同じ年頃だろう少年が一人、問屋場の屈強な大人たちに取り囲まれていた。大人たちは一様に険しい顔をしており、通行人達は、何事か、と顔を見合わせ、彼らを見守ってた。

「このガキ、しつけぇんだよ! 通行手形のないやつに馬は貸せねぇって言ってんだろ!」

 その言葉を聞いて、多勢に無勢の少年に同情的だった通行人たちも、それは仕方がない、という顔をする。通行手形は旅人の身分を証明する大切なもので、それ無くして旅をすることは許可されていない。馬は高級品、身分証明もできぬ者に貸し出せるものではない。

「通行手形は家人の不手際で発行が遅れただけだ。後から送られてくる。金はあると言っているだろう」

 少年は苦虫を噛み潰したような顔でそう反駁するが、それは大人たちをますます苛立たせるだけだった。

「金があっても手形がなけりゃしょうがねぇんだよ! 諦めて歩いていきな!」

「徒歩では、上戸殿の修行に間に合わない!」

 少年もまた声を荒げた。その内容に、傍観していた北風がピクリと眉を動かした。

 少年は大人の一人の腕を掴んで食い下がっていたが、その腕を振り払われ、地面に尻もちをつく。問屋場の男たちは少年に背を向けて持ち場に戻り、少年は悔しそうに唇を噛んでいた。

 北風は団子を食べ終えると、小さく溜息をつく。そして、立ち上がると、少年に歩み寄って、手を差し伸べた。少年は不審げな目を北風に向けると、北風の手を借りること亡く立ち上がり、袴についた土を手で払う。北風は苦笑した。さっさと背を向けようとする少年に声をかける。

「なぁ、君も上戸殿の『武者修行地獄めぐり』に行くんだろ?俺もだ。よかったら、俺の馬に一緒に乗らないか?」

 その言葉に、少年が北風を振り返る。目を丸くして、まじまじと北風を見つめる。

「おまえが、上戸殿の修行に……? 本気か? どう見ても、甘やかされた坊ちゃん育ちの軽薄な軟派男にしか見えん。上戸殿の修行がどんなものか分かっているのか? 半端な気持ちならやめろ」

 ひどくね?

 よく初対面の相手に、しかも自分に救いの手を差し伸べた相手にそこまで言えるものだと、逆に感心する。

 俺は魔法士塵<ジン>六実と天才剣士時任晴臣の弟なんだぞ──とちょっぴり言いたくなったが、こらえる。それで少年の態度が変わっても、北風の実力ではないし、何より、そんな風に姉や義兄の名前を利用するのは本意ではなかった。

「ひどいなぁ。俺にも俺の切羽詰まった理由があって、上戸殿の修行に参加するんだぞ? ちょっと、家族から離れなければいけない事情があって」

 そう、新婚いちゃこら夫婦の新婚旅行への同行から逃げるという、非常に重要かつ重大な目的のため、しょうがなかったのだ。

 それを聞いた少年は、少ししゅんとした顔をしてうつむいた。

「すまない、悪いことを聞いた。……俺も似たようなものだ」

 そうか、この少年の家にも、所構わずいちゃつく新婚アホ夫婦がいるのだろうか。

 北風もまた、少年に対して深い同情心と共感を覚え、気にするなと首を振った。改めて手を差し出す。

「俺は北風。君は?」

「南瀬<ミナセ>」

 少年は、今度は北風の手を取った。二人の手がしっかりと握られた。


 二人分の体重を乗せた馬は多少は速度を落としたが、それでも二人共小柄な少年だ。そこまでの支障はなかった。南瀬は北風が手綱を持つことに少し嫌そうな顔をしたが、なにせこれは北風が借りた馬だ。文句は言わなかった。

 やがて、道中最後の問屋場にたどり着き、ここで馬を返して、後は徒歩だ。通行手形のない南瀬は関所ごとに止められ、その度、北風の従者という設定で乗り切った。南瀬は非常に嫌そうな顔をしていた。

「今までの関所ではどうしていたんだ?」

 と北風が問えば、

「発煙筒で注意を引き、その隙に魔法で目くらましをして関所を通った」

 との回答だった。力技と言うか、明らかにご法度である。北風は呆れるが、南瀬は不貞腐れた顔をする。

「しょうがないだろう。あれもこれも、みな、うちの家人のせいだ。わざと通行手形の発行を遅らせるなど、愚にもつかない嫌がらせばかり……と、着いたぞ」

 たどり着いたのは黒塀に囲まれた屋敷だった。厳しい雰囲気こそあるが、華美さはなく、さほど広いようにも見えない。

「え、ここ? ……高名な指南役の方のお住まいと言うには、ちょっと意外だったな」

「質素堅実で有名な方なんだ。贅沢がしたければ他所に行け」

 南瀬はさっさと門をくぐり、北風も慌てて後に続く。出てきた使用人に用向きを伝えれば、庭に設えられた修練場に案内された。

 そこには、北風や南瀬らと同じ年頃の少年たちが大勢立ち並んでいた。そして、ひときわ背の高い、白髪に髭をたくわえた老人が上戸殿のようだった。老人と言えど、服の上からでも分かるほど筋骨隆々、いかにも頑健そうな体躯をしており、その眼光は鋭かった。

 北風と南瀬に向けられた上戸老人の視線の意味に、先に気づいたのは南瀬だった。

「南海<ナンカイ>藩から参りました、海<カイ>南瀬です!! よろしくお願いいたします!!」

 ざわめきが起きる。南海藩、あのお家騒動の、という少年たちのささやき声が交わされた。決して好意的な声ではなかったが、南瀬は顔色一つ変えることなく、まっすぐに上戸老人を見ていた。

 そんな南瀬の強さに感心していた北風も、上戸老人の視線に我に返り、慌てて自己紹介をする。

「北塵藩から参りました、塵北風です! よろしくお願いいたします」

 その言葉に、隣の南瀬が驚いた顔をして、北風を見た。

 今回起きたのは、ざわめきではなかった。どよめきだった。

「北塵藩……!? あの呪われた土地!?」

「塵家といえば、時任晴臣と皇女に乗っ取られたという……」

「追いやられた長男の、藩主の座を賭けた巻き返しか!?」


 ……なんですと?

 北風は意味もわからず、目をパチクリさせたのだった。

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