表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/11

■scene 4-4■

scene(シーン) 4-4. 盲目(もうもく)の信者は幻想(げんそう)(すが)るよりほか(すべ)(ぞん)ぜず■



「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だあああああああっっ!!」


 半隣人(デミ)であるために鋭敏(えいびん)であった嗅覚(きゅうかく)が、聖母葬(せいぼそう)の途中である(ミーシャ)遺灰(いはい)を、そうだと(丶丶丶丶)本能に納得させてしまった。


 そして、その慟哭(どうこく)を収められる者は、サン=パトリツィア・デルフィオーレの教会にはいなかった。当然だろう。ようやく、修道女(しゅうどうじょ)として、正式に教会に登録されそうだという(だん)(いわ)いにやって来た(アーサー)だ。(ミーシャ)を、祝福(しゅくふく)するための、祝いの(しな)も持ってきていた。


「…………。」


 (すが)り付かれ、ローブの前を少年(アーサー)の手によって、グシャグシャに(にぎ)られている退魔師(エクソシスト)、上級異端審問官(いたんしんもんかん)のヨハン・コルネリアスは、答えに(きゅう)していた。


 死は、生の過程の一部と見做(みな)される。


 ゆえに(ミーシャ)の死は、姿形を(へん)じただけだ、と切って捨てることもできた。しかし、その言葉は、死してなお、死を超越できなかった者への揶揄(やゆ)となり、生者を(なぐさ)めはしないだろう。


 それこそ、教会が主に信奉(しんぽう)する循環の結晶や、神代で(つがい)となるべき美丈夫(びじょうふ)(さが)し求めるサン=パトリツィアのような超常と比べるべきではないのかもしれない。


 しかし、教会の主張するべきことは、喪失(そうしつ)ではなく変質である、と。それでも、それを告げることは躊躇(ためら)われるのだ。


 それがわからぬほどヨハンは狂信者ではなかったし、常識からすれば、聖書に名を連ねることなど天上の出来事であって、凡夫(ぼんぷ)には埒外(らちがい)である。


「アーサー。」

「……はい。ぐすっ。」


 しかし人は、泣き続けてはいられない。

 アーサーの興奮が小康(しょうこう)状態になったのを見計(みはか)らって、ヨハンは感情を殺した声音でアーサーに告げる。


「今日は、教会(ここ)に泊まって行くと、良いでしょう、ね。」

「はい。」


 まずは、感情を()さぶらない事柄の中で最も重要なことを決めておく。


「そして、ミーシャの遺品は、これから取りに行ってきます、から。」

「はい……っ、……ぅうっ。」


 ミーシャの遺品。その言葉はやはり、アーサーには()えられなかった。


 ヨハンは、(はずかし)められ、死したたすべての被害者の魂を(やす)んじるために、サン=パトリツィア教会で出来るかぎり早く、その身体を聖母葬によって灰へと変じていた。それは貧困も富裕もまとめて、ありとあらゆる理由で死者が多い花街と繁華街の狭間の教会ならば、葬儀(そうぎ)も目立たないだろうという配慮(はいりょ)からであり、ザルトリアス・ウィンカーロッチ大司教とともに、聖母葬の最後である灰を風に溶かすための吉日を待っていた。

 

 ゆえに故人(こじん)の灰だけがあり、その遺品は捜査(そうさ)の証拠品として教皇庁が保管していた。また、ミーシャが本当に(丶丶丶)ザルトリアス大司教付きの見習いであったならば、隣接する教会にも身の回りの品が残っているハズだと見当(けんとう)をつけた。


「アルフレッド助祭、いますでしょう、か?」

「……はい。」

「私が出かけている間のことは、委細(いさい)よろしくお願いします、ね。」

「はい。」


 アルフレッド・デル・フィオーレ・サン=パトリツィア助祭。この教会の血族の名を持つ正当なるサン=パトリツィアの息子。性に貪欲(どんよく)な魔女が、今の恋人と間に(もう)けた子供であり、花の民の半隣人(デミ)である。しかし、その眼は理知的な輝きと芯の通った視線をもっていた。


 アルフレッドの頼もしげな返答に満足して、ヨハンは登庁(とうちょう)のために馬車を走らせた。


 その道中、感情を抑えるために、よしなし事に思い(ふけ)っていた。かつて、教会の持ち主である花を鬻ぐ女王(デル・フィオーレ)と出会ったことを、思い出していた。あの日の、突然の出会いを思い出していた。


『あら!? ()い男が(ひと)りでフラフラと歩いて来てくれたっていうワケね!』


 厚かましく(かしま)しい、理不尽の化生(けしょう)

 その突然の質問。


『……いえ、私は修業中の身、なれば、こそ。』

『何その言葉(づか)いウケるー、あ、ってそうじゃなくって、このボクの恋人にならない?』

『なぜ、でしょう、か?』

『……あれ? ちゃんと目を見てるのに魅了(みりょう)されないのなんでー?』

『はい?』

『あー、そっか。そっか、お兄さん……名前何?』

『……ヨハン・コルネリアス助祭と言います、が。』

『ボクは(サン=)パトリツィア・デル・フィオーレ。パティちゃんとお呼びなさい! で、ヨっちんアレだ。ボクを見て欠片(かけら)(うず)かなかったんだ?』

『疼く、です、か。』


 それは、異端審問官として駆け出しの頃、花街で起きた事件を追っていた時の出来事だった。


『そー、そこからわかるのは! ヨっちんがフニャ○ン野郎だってこと! え、なんで? ()年でしょー??』

『そういうこと、です、か。』

『何を納得してるのってゆーか、ボクを見て興奮(こーふん)しないのって不敬(ふけい)……あ、ヤバ。じゃあね!』


 騒がしいまま、何もわからず消えた直後、王家のそれとしか考えられない豪奢(ごうしゃ)白亜(はくあ)の馬車、いや、妖狐が()狐車(丶丶)が現れて、窓から問い掛けられたのだった。


『もし? ここで、我が(まま)な子に出会わなかったかしら?』

『……パティ、と、名乗る者に、なら。』


 目まぐるしい出来事の連鎖(れんさ)の中で、ヨハンは冷静でいた。いや、常に冷静であるが故に異端審問官足り得たと言うべきだろう。

 ヨハンの目には、貴人(きじん)尊顔(そんがん)は映らなかった。窓にはカーテンで目隠しされていた。それでも、天上のソプラノボイスから、その姿がありあり(丶丶丶丶)と想像できた。


 想像したその姿は、聖書にも名を連ねるだろう、(はる)彼方(かなた)墓標の守手(セクストレス)であった。先の、花の女王と同様、神と同等の存在だった。


『そう。ありがとう。』


 ヨハンでさえ、(まど)わされるほどの声だった。

 次の瞬間には、繁華街の雑踏(ざっとう)の騒音が(うるさ)かった。

 超常の存在は、存在していないかのように消えていた。


 そもそも、単身のサン=パトリツィアはおいて、あれほど豪奢で大きな狐車(丶丶)が、騒ぎもなく繁華街に現れる事など有り得ないのだった。


 その事実を気付き、そのために足を()い留められたヨハンが、逃げるように首を振って視線を()らした先に、(くだん)の女王が所有するという、教会があった。そういえば、花街と繁華街は、花の女王の領分(りょうぶん)だった。その、中心に教会があって、しかるべきだった。


 その門扉が開いていて、誘っているかのようだった。


「ああ、そんなことも、ありました、ね。」


 その後、いろいろなことがあって、教会を(たく)されたのだ。アルフレッドの生誕どころか、アルフレッドの父親がパティと恋人関係になる以前に、アルフレッド助祭が一人前なるまで教会を守ってほしいと、パティから直接に。


「初心を、忘れてはいけません、ね。」


 やがて馬車は、教皇庁に隣接する教会の、裏手に()いた。


(さて、ミーシャさんと同室だった方を探しましょう、か。)


 ヨハンは見当をつけていた。ミーシャの死は、教皇庁の隣の教会で働く見習いの耳にも、すでに伝わっていると。ゆえに、同室の者であれば、ひっそりと部屋で泣いている頃だろう、と。

 そこに、異端審問官として知られたヨハンが向かうのだ。どれ程の愚か者であっても、気付くだろう。ミーシャの死に、何らかの事件があったと。それも、異端者が関わっているだろう、ということを。


 すでにヨハンは周囲の、(おび)えにも似た視線を感じ取っていた。時には内部の者も粛清(しゅくせい)する異端審問官だ。しかし、それゆえにヨハンに対して、多くの教会関係者が表面上は協力的であった。


 すぐに、ミーシャ・ロウの部屋が判明した。

 そしてやはり、そこには、つい先程まで静かに泣いていたとわかる姿の見習いの少女がいた。

 その少女が、居住まいを正し、ヨハンを室内に案内した。


「……お待ちしておりました。異端審問官、さま。」

「ありがとう、ございます、ね。」


 簡素な造りの部屋の、二段ベッドの下の段に、布の(つつ)みが一つあった。


「きっと、ミーシャの死について、(たず)ねられるだろうと、存じておりました。」

「はい。」

「しかし、私には何も語ることはありません。ある日、突然ミーシャはいなくなったのです。」

「はい。」


 ヨハンは勧められるまま、長年の使用で染みついた油で表面が(なら)された、固く直線が多い椅子(いす)へと座る。


「ミーシャは、、、ミーシャは、猊下(げいか)から(しるし)をいただいて、あんなにも嬉しそうだったという、その矢先の、」

「――今、なんと?」


 今日は、本当に驚かされることが多かった日だ、と、後でヨハンはそう思い返すだろう。


「ええ、ミーシャは、ウィンカーロッチ大司教猊下の印を持って、そして、修道女として王都のいずれかの教会に向かう矢先でした。」

「……そうです、か。」


 印とは、繁栄の印のことであり、つまり、半隣人(デミ)であるミーシャ・ロウとザルトリアス・ウィンカーロッチ大司教との間に男女の、身体(しんたい)(まじ)わりがあったことを意味する。しかも、その行為を循環の結晶に奉納(ほうのう)したのだ。


 それは、ミーシャの後見(こうけん)として、ザルトリアスが身を保証するということ他ならなかった。

 ただ、それは不可解な出来事であった。


 ザルトリアス・ウィンカーロッチ大司教は、隣人を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌悪(けんお)している。その大司教が()み嫌う半隣人(デミ)の、ミーシャと交わったというのだ。


(おそらく、猊下はミーシャが半隣人(デミ)であったことを、知らなかったのかも、知れません、ね。)



 しかし、それを聞いてもまだ、ヨハンはザルトリアス・ウィンカーロッチ大司教を(うたが)っていなかった。









~to be continued~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
原案ですっ><
©タヌキさん
アリスちゃんと、メイちゃんです。

FAですっ><
©伊賀海栗さん
ヨハンさまっ><

FAですっ><
©秋の桜子さん
ステキなバナーですっ><
― 新着の感想 ―
[一言] 面白い!
[一言] 続きはよ!
[一言] 続きはよ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ