表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

仮初めの反省文

 僕は合唱はやりたい人たちでやればそれでいいと思っていました。


 それに僕は音痴なのでみんなの合唱を乱してしまいます。もし無理に大きな声を出したとしても、その声は醜く我らが三年五組の合唱を台無しにしてしまうでしょう。中学最期の合唱コンクールでみんなに悲しい想いをさせるわけにはいきません。


 川村さんと真田さんのグループの人たちが合唱の練習を中断してまで意見交換をしているのを何度か見ていました。歌の上手い人たちでもまとまらないのだから音痴な僕など尚更意見を言う資格などないと思いました。だから大人しく歌っている振りを成功させるかに集中していましたが真田さんたちはお見通しでした。


 真田さんたちの勧めもあり、本番当日は仮病をつかってコンクールを休むことにしました。それがみんなのためだと思っていました。


 先生もご存じでしょうが僕は両親が共働きのため鍵っ子です。姉がいますが部活の関係で帰宅が遅いため、さぼっても学校から連絡がなければ親にバレることはありません。


 事前に病欠すると連絡を入れておけば、学校からの連絡もないと思った僕は近所の川村さんの家に電話をかけて僕が風邪を引いたと伝えてもらえるように頼みました。言い出しっぺの真田さんには学級内での階級の違いいから物を頼むのは遠慮しました。


 川村さんの家も朝七時半を過ぎると川村さんしか電話に出る人がいないことを知っていたため電話をすることに迷いはありませんでした。


 電話をかけたところ彼女も学校を休むつもりで、既に親に学校に連絡してもらっているとのことでしたので伝言を頼めませんでした。結局行くかどうか迷っている間に結果発表の時間になってしまったのです。


 そして、なにかの罪滅ぼしのつもりで三年五組を盛り上げようと真田さんのお父上でもある市長様が真田さんに賞状を渡している最中にクラッカーを鳴らしてしまいました。そのことを思いついたときは、これで絶対生徒たちは盛り上がってくれると決めつけてしまっていました。


 ですから迷うことなく思い切りクラッカーの紐を引っ張りました。梅雨時のしとしとと降り続ける雨のせいで六月とはいえ、少しひんやりした体育館の中でしたが爽快なほど小気味よい音が響きわたりました。


 笹岡先生と小橋先生に体育館から引き吊り出されるまでに十五発も鳴らしてしまいました。我ながらよくもやったなと思いますが、先生に反抗しようとしたわけではありません。近くで聞こえるはずの笹岡先生と小橋先生の怒号がやけに遠くから聞こえるように感じられ、その怒号の合間合間のしんと水を打ったような静けさに恐怖したことを覚えています。


 まるで見知らぬ世界に自分だけが取り残されてしまったかのような不安を感じました。そこで自分がここにいるということを知らしめるために、クラッカーを鳴らし続けてしまいました。


 大げさに書いてしまいましたが、お医者さんが言うには、張り倒されたときに鼓膜に異常をきたしたのだろうとのことでした。


 そのことを聞いたときに思わず笑ってしまいました。自分だけが見知らぬ世界に取り残されたなんて大げさだな、と。みんなは普通でおかしいのは僕だという佐々岡先生や小橋先生がよくおっしゃるいつもの話でした。


 先生は女性ですからご心配されるかもしれませんが男子が体育や技術の授業中や服装・持ち物検査のときに平手打ちや拳で指導をうけることはよくあることです。耳も今は元通りになっているのでご心配はいりません。


 そして不思議なことですが、そうやって指導を受けているときでも周りの声は聞こえているもです。その体験があったため体育館でみんなが静かだったときは本当に驚いてしまいました。隣の席に座っていた毛利君もただぽかんと口を開けて引きずられていく僕を見下ろしていました。

 

 今となっては恥ずかしいことですけど、このときはひどい人だと腹を立ててしまいました。あとで毛利君にも反省の言葉を伝えておきます。うまく伝わればいいのですが同じ日本語で話しているのに通じない関係はあるので不安です。もしかしたら話すら聞いてもらえないかもしれません。


 僕たちが仲が良くないことはご存知だとは思いますが、どちらが悪いという話ではなく、言ってしまえばそうなる宿命なのだと思います。


 僕が本町組の人たちは僕たちを馬鹿にしていると感じるように、おそらく毛利君も団地組の僕たちを生意気だと感じていることでしょう。ただそれだけなのです。


 ですから近づくことがなければ問題は起きません。彼らが僕を無視しているのは賢明なやり方だと思います。僕も彼らから得るものはなにもありませんのでそれで構いません。


 それに本町組がいないときは他の団地組の生徒は僕や川村さんと普通に話してくれます。第一、この街に本町組や団地組が存在しているのは僕や毛利君が原因ではありません。

 

 先生もこの街のご出身だからご存じでしょうが、この市には二つの顔があります。


 丘の上の伝統的なお店が並ぶ城下町とそこに食料を供給していた田園地帯だった旧市街。田園地帯の方一部は住宅街となっていますが、それらが一組になった伝統的な街の本町。もう一つは都会へ通勤する大人たちの為に、湿地を埋め立てて開発されたベッドタウンの新町です。


 本町の子供たちはわざわざ遠征してきて団地の中にある公園や広場で遊んでいる私たちに向かって、団地組のせいで街が変わってしまったとよく言いに来ていました。それに僕らが城下町の商店などに行くとお店の人やお客さんたちが「団地の子」となにやらささやきあっているのが聞こえてきました。


 団地組の僕たちは昔のことは知らないし、それぞれ親が遠くの都会まで通勤するために、たまたまこの街の団地をローンを組んで買っただけです。そのため大人になったらこの街を出て都会で働きたいと思っている人が多いです。


 先生は本町のお住まいですからご存じないかもしれませんが団地は家族で暮らすには狭すぎるのです。僕たちが、まだ自分の意見も持たないような小さな頃はよかったのですが、我が家のように父母と高校生の姉、そして中学生の僕の四人の我が家でも狭く感じています。


 とてもではありませんが本町組の家々のように祖父母とまで一緒に暮らせる家ではありません。中には一人で暮らしている裕福な人もいますが四人暮らしの我が家では僕と姉は居場所やテレビのチャンネルの奪い合いでよく喧嘩をしています。


 ただ、強引に団地暮らしのいいところをあげるとすれば、そのような暮らしの中で、喧嘩を避けるには近づかないことがいいと学べたことです。姉と喧嘩したら小さい頃はよく団地の中のどれかの広場や公園に避難していました。


 似たような事情でしょうか、団地の広場や公園ではご老人よく見かけました。夏になると、ステテコとランニングシャツという出で立ちでベンチお酒を呑んでいるお爺さんや植木の陰でシミーズ姿で用を足しているお婆さんなどがよくいたのです。


 気にはなったのですが見て見ぬ振りをしてやり過ごしていました。僕の親も知らない人に話しかけられても相手にするなと言っていました。ただ、当たり前ですが団地の中にはまともな人もいました。名前は覚えていないのですが、幼稚園の夏休みの間、両親が共働きだったため鍵っ子だった僕をときどき預かってくれていた女の人がいました。


 独り暮らしのきれいで優しい人でした。子供心に、お化粧をすればもっときれいに見えるのに、と思ったのでお化粧を勧めてみましたがお化粧は嫌いとのことでした。女の人は気に絵本やマンガを僕の気の済むまで読んでくれました。ですが一番楽しかったのはカメラマンごっこでした。僕の家にはない立派なカメラを小さな子供だった僕に気軽に使わせてくれました。


 そんな女の人でしたが夏休みが終わった頃には引っ越してしまいました。僕はカメラマンごっこをしたときのフィルムを間違えて持ち帰ってしまっていたのですが返すこともできませんでした。そのフィルムもいつの間にか無くなってしまっていたので、残念ですがもう女の人の顔も思い出せません。


 このことを川村さんにも話しました。なにも知らずに都会から転校してきただけなのに団地組として扱われている彼女が可哀想に思えたからです。団地にもまともな人はいるということを伝えたかったのです。そのことを話したとき彼女は「どこにでもおかしな人はいるから気にしてもしょうがないよ」と言いました。団地に住んでいることを恥ずかしいと思っていないみたいだったのでよかったと思いました。


 級友たちは川村さんが高校受験を控えた中学三年の春に転校してきたことから何か都会にいられない事情があるのではないかと噂をしていました。彼女が美人でなかったらここまで注目されなかったかもしれません。 


 僕だって彼女に注目したのは彼女が美人だったからです。特に意志の強そうな目と何かにつけて大きく揺れる、真っ直ぐ伸びた細くて柔らかそうな髪に目を奪われてしまうことがよくあります。野球部やサッカー部の積極的な男子は彼女をデートに誘うこともよくあったそうです。


 ただ彼女は、この学校の生徒たちを相手にする気がないかのように休み時間は図書室に行き、昼休みは給食食べ終わるとすぐに屋上に通じる扉の前で、持ち込みが禁止されているヘッドホンステレオで音楽を聴いていました。


 なぜ僕がそのことを知っているかというと、ある日、昼休みの合唱の練習で真田さんに注意をうけた僕はその場にいるのがつらくなって、なんとはなしに屋上を目指しました。そこで偶然、壁に寄りかかって、ヘッドホンで音楽を聴いている彼女を見つけました。その日は五月のよく晴れた日のことで、扉のガラスの部分から射し込む光が、彼女の頭を照らしていました。まるで黄色い花でできた冠のように光の輪を作っていました。


 彼女が垢抜けて見える理由が少しわかった気がしました。髪の毛が少し明るい色していることと、ヘッドホンの耳に当てるスポンジの部分が黄色くて目立っていたのですが、耳の周りの髪の毛が刈り上げられていました。普段、髪を下ろしていると全くわかりませんでしたが、見えないところでお洒落しているのだなと思いました。

 

 最近彼女に聞いたことですがヘッドホンの耳当てのスポンジを黄色に替えたのも我が校の制服が明るい紺色だったからだそうです。彼女は画を描いたり写真を撮ったりすることが好きなために、色を気にしてしまうそうです。僕が感心していると「それに明るい色の方が明るい音楽を聞く気になれるんだ」とも言いました。


 話が脱線してしまいましたが、初めて屋上の扉の前にいる彼女をみたときは僕も音楽が好きでしたのでどんな音楽を聴いているか訊ねることで、彼女と話すきっかけを作りたいと思いました。話しかける機会を待って階段の下側から様子を見ていました。なぜだか息が詰まるようで胸が苦しくなってきました。見ていると彼女が肩を震わせ始めました。鼻を啜る音が聞こえました。


 僕は階段を駆け上がって彼女の前に立ってしまっていました。僕に気がつくと彼女は「ごめんなさい」と言って立ち去っていきました。僕は追いかけることもできませんでした。立ち去る彼女に向かって右手をのばしてしまっていたことに気がつくと照れくさくなって、彼女に聞こえるわけもないのに「謝らなきゃいけないのは真田の方だよ」と声に出してしまいました。


 それを、なぜか真田さんグループの誰かが聞いていたようで、なぜか僕と川村さんが真田さんを悪者に仕立て上げて陥れるという相談をしていたという噂が女子たちの間でひろまってしまったそうです。これは彼女から聞いた話なので正確なところは真田さんに聞いてもらった方がいいかもしれません。


 ただ、そのことで彼女から相談をされたことからよく話をするようになりました。ただ学校ではお互いに話さないようにしていました。また、ありもしない噂を立てられても困るからです。


 たまたま、僕と彼女の家は団地の同じ棟の同じ階段を使う三階と五階という位置にあったのと、二人とも鍵っ子だったのでお互いの家で話し合うことが多かったのです。合唱コンクール当日も僕が学校に出発するまで彼女の家で話し合いました。


 それから僕は学校に行って合唱コンクールの結果発表に行くことにしました。給食を終えて体育館に戻る人並みに紛れて何食わぬ顔で空いている席に座りました。あとは先に書いたとおりです。クラッカーを鳴らしたときは彼女の顔が思い浮かんでいました。眼帯姿でした。


小橋先生の指導の結果です。持ち物検査の時に通学バッグを広げたときに彼女は思ったそうです。悪い予感が当たったと。検査の前に隠しておいたはずのヘッドホンステレオがいつのまにか戻ってきていたそうです。そして、指導が始まりました。

 

 僕は何もできずににただ見ていました。


 口を開こうと、足を踏み出そうとしている間に小橋先生は彼女の髪をつかみ上げ、「団地にはモヒカンが住んでんのか?」と言いました。見ていたみんなが笑って指導は終わりました。


 僕はただ教室を飛び出す彼女の後ろ姿に胸を締め付けられていただけした。


 合唱コンクールにも行かないで僕はこのことを告白していました。彼女は少し笑って窓の外に目を遣りました。それから息を強く短く吐くとコーヒーを飲むかと訊ねられたので淹れてもらいました。それから他の話題を話しました。好きな本のこととか音楽のこととかです。


 そうしているうちに、ふとゴミ箱が目に入りました。その中にはまだ封を切られていないクラッカーのビニールのパックがありました。訊ねてみると前日は彼女の誕生日だったため家族でお誕生会を開く予定だったそうです。


「ケーキがあるよ。一緒に食べよ」


 そう言って彼女は軽く笑いました。僕もそれにあわせて明るい雰囲気を作るように喋りました。お昼を過ぎるころ彼女が眠そうな様子を見せたので帰ることにしました。聞いてみたら少しも眠れていなかったそうです。


 僕は自宅に帰ると制服に着替えて、姉の録音機能付きのヘッドホンステレオを学ランのポケットにつっこみ、登校途中にクラッカーとカセットテープを買いました。そして、先ほど方法でみんなの群の中に紛れ込み、真田さんの名前を大声で叫んでクラッカーを鳴らした、というわけです。


 舞台上であたふたとしている真田さんとそれを放置し頭を腕で被って伏せているお父上を見て、拳銃テロでも想像させてしまったと思って大変申し訳なく思いました。お二人の仲に亀裂が入らないことを願います。


 あと先生にもお詫びしなければなりません。両親が謝罪に学校を訪れたときにも何やら喧嘩腰で大変申し訳ありませんでした。あれから両親に、先生はいつも化粧をしているのか? とか、男子にはどう接しているのか? などとしつこく聞かれました。


 まったく幼稚園児じゃあるまいし、僕のような男子中学生に気をつけなければならないのは、結婚前のお年頃の先生の方だというのが普通でしょうに。我が親ながらあきれています。本当に不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。


 では最後に反省をまとめたいと思います。


 僕は合唱はやりたい人だけがやればいいと思っていました。合唱をやりたくないのにやらされる僕のことしか頭にありませんでした。でも合唱をしたくてもできない人がいることを知りました。


 でも解決方法はわかりません。


 人間は自分と違うところが目立つ相手を見つけると、別の種類の生き物だと勘違いして、無視したり攻撃したりするのが当たり前だと思ってしまうからです。同じ言葉を使っていても、相手が同じ意味で使っていないこともあるからです。


 第一、相手を自分とは違う種類の生き物だと思っていたら、同じ言葉だったとしても、動物の鳴き声くらいにしか聞こえていないのでなないでしょうか。


 そして、僕だってそういう人間の一人です。だけど、せめて僕は相手も自分と同じく心を持っているかもしれない、ということを時々は思い出そうと思います。それと、いつか、どこかで、誰かの役に立つようにいろいろな記録を残していこうと思いました。


 最後になりますが一つお知らせいたします。


 持ち物検査の結果、踏みにじられて壊された川村さんのカセットテープには、僕たちの練習中の合唱が録音されていました。もう聞くことはできません。




 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

この作品が少しでも読者様の心に触れることができれば非常に嬉しく思います。


また、自分なりに小説やこちらのサイトとの関わり方を冷静に考えたいと思いました。

そのため、しばらくこちらから離れますが体調不良などではございません。

念のためこの場を借りてお知らせいたします。


それでは、また。

いつか、どこかで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ