寸説 《星1でも、あなたの一番星になりたい》
私、レイラが主人公さんと出会ったのは狭い宿の部屋。
「は、初めまして! 俺はこのゲームの主人公で、え~と何て言えば良いかな。異世界転移しちゃって、この世界で暮らすことになったんだけど。助けてもらっても良いかな?」
苦笑する彼が目覚めた私の初恋の相手だった。
「えー、今回の討伐クエストの参加者は俺とーー」
主人公さんと出会ってから早一年。
私たちは狭かった宿部屋を出て今は屋敷のように大きなホームで暮らしている。
二人から始まったパーティーはフルの五人になり、そのパーティーが増えてスコードロン『大隊』、ブリゲード『旅団』、そして冒険者ギルドとしては最大規模の三百人を超えるレギオン『軍団』を抱えるまでなった。
「ーー以上のメンバーで行く。採取クエストにはーー」
三百人も居れば私よりも強い娘や可愛い娘が選り取りみどり。今回も私は主人公さんと一緒にクエストへ行くことが出来なかった。
私はガチャという、この世界のシステムで喚ばれ、ランク付けされた。
……私のランクは星1。最低ランクだった。
レベルはカンストしても50。アイテムで覚醒したけど60が限界だった。
これでは高難易度やレイドクエストでは最高ランクの星5の娘たちと一緒に戦うことが出来ず、足手まといになる。実際そうだった。
火力不足で敵を倒せず、HPが少なくて守備役や回復役の娘に迷惑をかける始末。
結局、私は主人公さんのパーティーから外されて今ではレベルが低い娘たちの指導役をしている。
「じゃ、新人たちの面倒を頼むな、レイラ」
「……はい。主人公さんもお気をつけて」
主人公さんは私の肩を叩いて精鋭の娘たちと共にクエストへ行ってしまう。
「どうしたの、先輩?」
俯く私に声をかけてくれたのは初期のパーティーから一緒に戦ってきた《氷結の大魔術師》の二つ名を持つフリージア。
「フリージアはクエストに行かないの? 星5の娘は皆、主人公さんと一緒に行ったよ」
「昨日、遠征から帰ってきたばっかりだからね。主人公の言うゲームとは違って疲れは溜まるし、久し振りの街で過ごしたい娘も居るから一週間休み」
遠征クエスト。
主人公さんが率いる第一線級の娘たちの一つ下、第二線級の娘たちが国からの依頼で辺境や国外へ赴いて活動している。言わば冒険者の遠征軍である。
それを率いるフリージアは星5でレベルは覚醒もしてカンストの100。主人公さんにも信頼されていて凄い娘だ。
一年前までは私が彼女を教えていたのに、今では彼女に勝てることなんてない。戦いも、容姿も、私は負け組だ。
「それで何があったの?」
「もう引退かなって。私みたいなチュートリアルから居るような星1の娘はもう主人公さんには要らないだろうし」
「他の星1の先輩は引退して転職したり、結婚してるからね。先輩だけだよね、星1でカンストした人」
「主人公さんのために頑張りたかったからね」
ははは、と苦笑するとフリージアがムッとする。
「主人公も主人公よ。先輩が居なければギルドがここまで成長することはなかった。それなのにこんな閑職みたいな扱い。それにガチャで星1の娘が出ても雇わなくなったし。帰ってきたらぶん殴ってやろうかしら」
拳を握るフリージアを私は慌てて宥める。
「星1の娘を雇わないのは私たちがやっているクエストが危険だからだよ。そういう娘は優良ギルドに行ってもらってるし、その方針のお陰でギルドの死者はなくなったんだから」
「まあ、確かに仲間が死ななくなったのは嬉しいけどさ。それとこれとは話が別でしょ」
「あ、あの。レイラさん、そろそろクエストに」
オドオドした娘のアレイア。星3だが、ガチャで来たばかりの新人でレベルも低く第三線級の下である私が率いる予備役として冒険者の基礎知識を教えている。
「あ、ごめんね。皆の準備は出来てる?」
「は、はい! すぐにでも」
「あ、私も行くよ、先輩」
「え、でも今日はお休みじゃ……」
「休みなんだから好きなことして良いでしょ。それでクエストは何?」
「近くの森で討伐クエスト一つ、採取クエスト三つを平行してするつもり」
私は依頼書をフリージアに渡す。
「新人には厳しくない?」
「大丈夫だよ。期限は長く見積もられてるし、討伐の方も私一人で倒せるぐらいだから」
「ふーん。ま、良いか」
「ん、う。ん? ……あれ、私は?」
私は薄暗い天井を見ていた。
「起きた?」
声の方に顔を向けるとフリージアが椅子に座って私を見ていた。
「フリージア、私、どうして寝てるの?」
「新人たちを守って死にかけたの。私が居なかったら今頃は土の下」
ああ、そうかと私は思い出す。
本来出ないはずの強力なモンスターが出たのだ。新人の娘たちでは対応出来るはずがない敵だった。
私でさえギリギリで勝てるかどうか。
でも、星1の私自身の命よりも未来のある娘たちを守りたかった。
だって最低ランクでも私は皆の先輩だから。
戦闘中の記憶は朧気だ。
無我夢中に武器を振った。
「皆は無事?」
「平気よ。先輩以外怪我した娘は居ない」
「そっか。良かった」
「良くない!」
椅子を倒すほどの勢いでフリージアが立ち上がる。
「死ぬところだったんだよ? 悔しくないの? 苦しくないの? 嫌にならないの? こんなに頑張ったのに報われないのよ!?」
感情を吐露するフリージアの目端には涙が溜まっていく。
「フリージア……」
「どうして頑張るの? ギルドのため? 主人公のため? 違うでしょ。自分のために生きてよ!」
「泣かないで、フリージア」
私はフリージアの涙を拭ってあげようと手を伸ばす。だが、起き上がることが出来ず届かない。
「先輩が傷ついているっていうのに主人公はどうして来ないのよ!? 毎日、毎日、クエストに行ってはガチャばかり引いて、そんなに新しい娘が欲しいの? あのクソ童貞!」
その言葉に私の心が抉られた。
私が死にかけても主人公さんはお見舞いに来てくれなかった。
やっぱり星1で足手まといの私は要らない娘だったのだ。
期待なんてされていなかったんだ。
悲しいのに、泣きたいのに、何も出てこない。
冒険者を止めよう。
そしてこの恋もーー諦めよう。
「これで良し」
怪我から一週間が経ち、身体が動くようになったので荷造りをしてしまった。
後は辞表を書いて、こっそり出ていこう。
それでハッピーエンドだ。
「本当に行くの?」
悲しげな表情のフリージア。彼女は同室なので他の皆には黙ってもらった。
片付いた部屋を見る。
最初はこの部屋よりもボロくて狭い場所から冒険は始まった。
装備は初期(私はガチャの関係でずっと初期装備)で二人でモンスターを倒した。
たまにクエストを失敗して夕食が固いパン一個だけで苦笑しながら半分こした。
ダンジョンに潜って初めてのレア装備を二人で喜んだ。
やっと貯めた稀少石で新しい仲間が出来たときは嬉しさのあまり泣いてしまった。
弱小で貧乏だったけど、毎日が楽しかった。
ーー最愛の主人公さんが私の隣で笑って居てくれた。
もっと隣に居たかった。
皆に向けるものと同じで良いから愛し続けてほしかった。
本当は特別が欲しかったけど。
それはきっと私よりも可愛くて強い誰かに。
だって私は一番最初に、あなたと出会えたから。
あなたと二人だけの思い出も私にはあるから。
これ以上を望んだらわがままになっちゃうから。
ここに居たら、あなたの愛に溺れたくなってしまうから。
だから私は、この気持ちとさよならします。
「フリージア、自分勝手な先輩でごめん。後はお願いね」
「無理よ。私も出てくから」
「へ? え、ええええええええええッ!?」
「レイラは居るかああああああああああああああッ!」
私の絶叫よりも遥かに大きな声で現れたのは主人公さん。
「ノックぐらいしなさい!」
「ごふッ!?」
フリージアに腹パンされてる……。
「だ、大丈夫ですか、主人公さん?」
私は膝をつく主人公さんに手を貸す。
「あ、ありがとう」
久し振りに主人公さんに触れた。
久し振りに主人公さんの顔を見た。
久し振りに主人公さんと話が出来た。
「そうだ、すぐに来てくれ! フリージアも!」
「え、ちょ、主人公さん!?」
私は手を引かれる。
向かった先はーー
《レイラさん、新衣装&星5実装おめでとう!》
私を迎えてくれたのは色鮮やかな紙吹雪と万雷の喝采だった。
「本当に馬鹿よね、主人公は。先輩の新衣装を手に入れるためにギルド総動員でガチャの稀少石を集めてたから会えなかったとか。だというのに本人は一回しか着てないし」
「だって、恥ずかしいんだもん……」
「はいはい、ノロケ乙」
はにかむ私にやれやれと溜め息を吐くフリージア。
私たちは今も同じギルドで冒険者として働いている。
「じゃあ今回の討伐クエストの参加者は俺とーー」
私はガチャで星5が実装されて晴れてレベルの上限が100になった。まあ、私はまだ70に到達してないけど。今はフリージアの下で遠征クエストをこなしている。レベルが80ぐらいになるまでは第一線級の戦いは危険だから。
でも、たまにーー
「レイラ、来てくれるか?」
「はいッ!」
主人公さんと一緒にクエストへ行っている。
今日は新衣装でも良いかな? なんて、ね。
RPGとかのゲームでチュートリアルで選ぶ最初のパートナーキャラ。
だけどゲームが進んで強くなっていくと、主人公は強くなってもチュートリアルキャラって頑張っても成長に限界が来て結局、新しく仲間になった強いキャラと編成替えしたりしてしまう。
でも、主人公が弱いときに支えてくれたのはチュートリアルキャラです。
それを忘れないであげてください。