照れ屋な姉御とSNS
SNS。それは今や世界中で使われているツールの一つであり、人々の生活を繋げていく手段としても扱われている。僕らの周りの世界も実は遠いようで案外近いのかもしれない。
「弟よ」
「姐さん。一体どうしたんすか?」
「私にSNSというものを教えてほしい」
「えぇ?」
僕の自称姉御は成績優秀、スポーツ万能のはずである。そんな優れた僕と違う次元の人間というべき彼女からそんな若者の愛用するツールの質問をされても困るのであった。
「姉御、頭でも打った?」
「失敬な!私は真剣に聞いているんだ。情報通信ならお前でも分かるだろ?」
「一応はできますけど.......なんで姐さん使えないんですか」
僕は素朴な疑問を姉御に投げかけたが、どうやらできない事には変わりないらしく、声を大にして答えた。
「私だって使えるなら既に使っている。ただ、どんなに優れた人間でも技術の点数は上がらなかったのだ」
「技術の教科が苦手でもSNSぐらいは使えると思いますよ。普通」
「そんなに簡単なものなのか?あの精密機械の複雑な操作が必要なのに」
確かに姉御の通知表を覗き見した時に技術だけは点数が悪かった様な気がしたが、正直操作するだけなら技術の点数は関係無い気がした。姉御が電子機器を使えなくて困っているのなら僕が教える他無いだろう。
「わかったよ。姐さんも使えなかったら困るだろうし」
「本当か!助かる。流石私の弟だ」
さっきから隙を見ては上機嫌で抱きついてくるのでなかなか教える事に集中できなかったが、何とかアカウント作成までは終える事ができた。
「凄いな。私にはここまで出来ないからお前がいて良かった」
「姉御」
「どうした?何か不具合でもあったか?」
「さっきから胸押し付けてくるの何なんですか。別に言いたくは無かったんですけど」
姉御は無意識の内にしてた行動だったのかボッと顔を赤くさせて僕から少し距離を取った。アカウントを取った後も各一設定を終えていく僕に彼女は不審そうな目でこちらを見る。
「気付いてたのか?」
「そりゃ気付くでしょ。僕だって一応男なので」
「男って言っても.......私は姉だぞ!?なんかこう、口にしてはいけないだとかそういう感覚は無いのか!?」
「いや、オブラートに包んで言う方がなんかいやらしいじゃないですか!じゃあどうブツが当たってることを伝えれば良かったんですか」
「それは.......」
姉御の方の頭のCPUも使用率100%を迎えていたのか遂に泣いて部屋を後にした。
僕はやれやれといった具合で気にせずにはいたが、顔を赤らめて反論できずにいる彼女も少し可愛いという感じで見ていた。
「よし、後は本人の設定部分だけだな」
SNSをする以上、表面的なプロフィールや画像は本人に決めさせないと駄目な気がするので、先程部屋から逃げ出した姉御を捕獲する事にした。と言っても弟である僕でさえ彼女を捕まえるのは簡単ではあるのだが。
「これで良し.......と」
机の上に高そうないちごのショートケーキを置いておく。それだけである。幾ら機嫌を損ねた姉御でも単純なこの作戦だけは少なからず有効なのであった。
しかし、今日の姉御はなかなか甘い物にも釣られない。流石に弄りすぎたのかもしれないと少し反省した。仕方が無いので片付けようとしたのだが──。
「わー♪ショートケーキ美味しそうですね!食べていいですか?」
「お前は.......土下座ちゃんじゃないか!」
そう、いつの間にか家に訪れたのは姉御の実の妹である土下座ちゃんであった。時たまにこちらにお邪魔する事はあるのだが、ここまで唐突にやって来ることは少ないのである。
「今日はどうしたの?」
「いやー、それがですね。姐さんが急にSOS電話してくるもので.......私としても呼ばれて飛び出たといった所でしょうか」
どうやら姉御としても僕になかなか言い出せずにいたということらしい。確かに姉御は恥ずかしがり屋で下ネタは苦手な部類ではあるのだが、あそこまで用心する姿もなかなか見ない。
「そう言えば今、姉御のアカウント作ったんだけど見てくれる?重要な所は見せられないけど」
「あっ、ぜひぜひ!私も姉さんがトゥイッターデビューすると聞いて少し嬉しいので」
そう言ってはくれたのだが、色々彼女に見てもらっていく内に段々と僕の中で謎の予感がしてくるのだ。もしかしたら──。と思い、実際に土下座ちゃんに聞いてみるのも少し躊躇してしまうのだが。
「トップ画とかは決めないんですね。そっちの方が閲覧数とかも増えていいと思うんですけど」
「それがかくかくしかじかで」
僕が彼女に今までの出来事を説明すると、彼女自身も妙な顔をした。それもそのはずである。自分の姉が軽いセクハラ案件を受けて黙っている妹がいるはずがないからだ。
「本当に大丈夫なんですか?それ」
「いや、一応後でメールでも謝ったし.......また帰ってきたらもう一度謝っておこうとは思う」
「姐さんは懐が広いですからね。多分許してくれるはずです!」
彼女自身も納得してくれた様で一安心ではあったのだが、僕の予感はまさかこのタイミングで的中するとは思っていなかったのだ。
「私もトゥイッターやってるんですよ。今は.......まぁフォロワー自体は多い方ですけど」
「マジか!?」
そう、彼女はトゥイッター界隈の中でも一躍人気な部類に入る所謂アルファと呼ばれる垢を運営していたのである。僕とも既に相互フォローの関係だった。
「だから、結構このアプリとかにも詳しいんですよ?困ったら私を頼ってみてくださいね!」
「あ、ありがとう。しかし凄いね、万単位でフォロワーがいるとか何か土下座ちゃんが遠くなった気分」
「私も趣味でやってたのでそこまで伸びるとは思ってなかったんですけどね.......あはは」
彼女の意外な一面が分かった所でようやく姉御の影が見えた。扉の奥でチラチラとこちらを覗き見しているのが遠目からでも見える。
「姉御!さっきはごめんって!何も考えず言い過ぎた!」
「弟ぉぉーーーっっっ!!!」
お互い大声で呼びかけあったが、こちらに向かってきた姉御はいつもより抱擁の圧力が強かった気がした。
「姐さん!痛い!ちょっと首締まるから!」
「痛いぐらいが丁度いいだろ!馬鹿者!」
「姉さん。一応トゥイッターできる準備はできましたよ!」
土下座ちゃんがそう言うと姉御も彼女から使い方を教わっていた。これで上手くSNSが使いこなせるようになれば何よりではあった。僕自身も今日の案件があって良かったと思う。
「ショートケーキ!お前、お詫びに買ってきてくれたのか!?食べていい?」
「勿論だよ。姉御の為に買ってきた奴だし」
「わーい!」
無邪気な子供の様にはしゃぐ姉御の姿は僕だけが知っていた。彼女はすぐさま写真を取り、トゥイッターに上げていた。
「もう相互フォローしてたか」
「ふふん、これでお前に私の事をもっともっと知って貰えるな」
得意気そうな姉御に僕はうんと頷いた。にっこり笑顔に戻った彼女は精神的にも見てて楽だった。
「僕の事もよく流してるからな。と言ってもRTぐらいしかしないけど」
「大歓迎だ。これからもっと仲良くなれるからな」
「あーっ!姉さん!そのお菓子まで食べないでください!一応皆さんで分けるものなんですけど!」
土下座ちゃんの手助けのお陰もあってか充実した今日この頃だった。改めて思うのはネット上の世界も実は近くて遠い世界なのかもしれないという事だ。