姉御のパーフェクトべんきょう教室
学力社会。今の若者が直面する大きな壁である。優秀な人であっても学歴や資格等のアピールポイントが無ければ評価されない世の中だ。
当然、僕も今その問題に直面している最中ではあるのだが。
「一回生まれ変わった方が早い気がしてきた」
「弱音を吐くな。生まれ変わるのができるなら私だってそうしてる」
部屋の隅に籠った僕の悲痛な嘆きに冷静に対処するのが僕の姉御である。彼女は特に何も苦労もせず優等生として高校生活を謳歌しているのだ。正直羨ましい。
「どうやったらそこまで勉強できる様になるの?」
尋ねたが、返事は返ってこない。彼女は首を傾げ僕の方を不思議そうに見つめていた。
「わからん」
「何かコツとかさ。姐さん点数いいだろ?」
「私がわからないのは何故お前がそこまで勉強ができないかという事だ」
「どういう事?」
「勉強なんて人に教わるものでもない。自分から学ぼうとする姿勢があれば別になんて事はないだろ?」
「それができないから難しいんだよ.......」
さぞ自分の言ったことが当たり前であるかの様に堂々とする姉御と僕とではどうやら勉強に対する考え方自体が違うらしい。
要領のいい彼女は感覚で解くタイプであるが為に参考にすらならないのだ。
「どうしてもと言うなら教えてやる。私もお前の家に住まわせて貰ってる身だからな」
「本当?」
「ただし教えを乞うという事はそれなりの覚悟を持ってやってもらわないと困る。私だって教えた後に赤っ恥はかきたくないからな」
「でもやったからって結果に結びつく訳じゃないし.......うーん」
悩んでいる最中、偶然にも玄関のチャイムが鳴ったので応対に向かうと、そこにいたのは戸の前で頭を垂れた僕の同級生である鮫島の姿だった。
「鮫島!?どうしたんだいきなり」
「姉御ォ!俺に勉強を教えてくれぇぇぇぇ!!!」
緊迫したその声が玄関先に響き渡ると、困った様な顔をした彼女もこちらへ駆けつけてきた。
「一体何の騒ぎだ。面倒事なら聞かんぞ」
「俺、こいつの同期の鮫島って言います!勉強を教えてください!」
「唐突に現れて頼みは勉強か。家は塾じゃない。帰れ」
姉御に一蹴された彼はそれでも頭を下げ続けていた。僕の経験上からすると確かにコイツは嫌な奴ではあったが、ここまでプライドを捨てて頭を下げるという事はしない性分だったはずである。何か理由があるのだ。
「姐さん.......気持ちは分かるけど何か事情があるみたいだし、とりあえずそれだけでも聞いてみたら?」
「しかし、お前もこいつと何ら関わりみたいなものは薄いのだろう?そこまで擁護する必要もない訳だが」
「俺とそいつは同じクラスメートという訳で.......いや、それ以上の関係も特には無いのだが」
あまり状況が飲み込めず、軒先で話し合うのも時間の問題ではあったので、場所を居間の方へ移した。彼の表情はまだ悶々としている。
「いつもの鮫島らしくないじゃないか。この前だって、定期テスト期待しとけって言ってたし」
僕が彼に投げかけると焦りを隠せずに一瞬彼の体が浮いた。いつもの堂々とした姿じゃないのも何か疑問が残る。
「次のテストでいい点を取らないと、留年するかもしれないんだ」
「何だって!?」
「今回も余裕だろうと思ってついテスト期間中も遊んでしまったのだが.......時間配分を間違えてしまって。このままだと再試でもミスしてしまう」
「つまり、因果応報という事か?」
姉御の一言に鮫島は更におどおどした態度になった。彼はいけ好かないが級友ではあるので流石の僕も見てて可哀想になってくる。
「え、えーっと.......」
「姉御」
「どうした弟よ」
「僕も勉強で悩んでたしさ。折角だから鮫島と3人で勉強会しようよ」
僕の鶴の一声に彼の顔色は少し良くなった感じがした。彼の表情を見て勢い付いた僕は続ける。
「僕だって元気の無い鮫島見るのは辛いし.......一緒に頑張ろう」
僕達の押しに根負けしたのかはぁとため息を漏らし、姉御は口を開いた。
「弟の頼みならしょうがない。わかった。明日から稽古つけてやる」
「本当ですか!?」
「勉強会と言っておきながら遊んでばかりするなよ?みっちり詰め込みで勉強させてやるからな」
「「ありがとうございます!」」
こうして僕らは姉御の指導の元での勉強会を始めた。確かに鮫島の出来は悪かったのだが、飲み込みが早いのか徐々に解けるスピードも上がっていった。
それを見て僕も負けじと経験数を重ねていく。僕らの点数の伸び幅を見て少し姉御も頬を緩めた。
そしてテストを終え、無事に僕は自宅へ戻った。
「鮫島、どうだったか?」
「無事に留年回避できたらしい。本当に良かった」
「ふん。私の指導のお陰だ」
自分の腕には自信があるのか姉御は高慢な態度を見せた。しかし、本当に話したいのはこの後だった。
「姐さん、非常に言い難いのだけど.......」
「どうしたんだ?そんな険しい顔して」
「僕の方がさ.......赤点とっちゃって」
「はぁ!!??」
「どちらかというと名前書き忘れただけなんだけど」
姉御は驚愕を隠せなかった。まさかの凡ミスで点数を得られなかった僕に対して怒りのオーラが立ち上る。
「お前の方がポンコツじゃないか!!!」
「ごめんなさいぃぃぃぃ~~~!!!!」
姉御の怒りの効果もあってか、後の再々試験では無事合格点は獲得できたのは言うまでもない。
その合格点ギリギリの点数を見て、何かを悟ったのか姉御は安堵の声を漏らした。
「見直したぞ。お前」
「どうして?」
「前までは勉強会なんか提案するような奴じゃ無かった。自ら鮫島を助けようとするその姿勢は姉として誇らしいぞ」
「姐さん.......」
僕は唯一見せた彼女のデレに感服した。しなやかにゆらゆらと揺れていた黒髪も落ち着き、安定を保っている。
「これからも頑張りな。私はいつでもお前の味方だ」
「うん!」
少しだけ自信が無かった僕は少しだけ希望と勇気を見つけた様な気がした。