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僕の姉御はすぐデレる!  作者: スタイリッシュ土下座
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姉御と聖地探訪

 人には聖地というものがある。宗教、民族関係なく自分の心の安らぎとする場所が──。それはこのヘタレな僕も例外ではない。


「遂に来たぞ.......」


 青い空、白い雲、そして満点の晴れ模様。僕が初コミケに参戦するには丁度良い天候だった。

 はやる気持ちを抑えながらも混み合う電車から降りて周りの迷惑にならないように気をつけながら東京ビックサイトへ足を運んだのだが。


「おう、お前。遅かったじゃないか」


「何で姐さんが会場にいるの!?」


 どうやら僕の初コミケ参戦は一筋縄ではいかないようだ。話を聞くとどうやら姉御は数ヶ月前から僕に隠れて出展する側に回ったらしい。


「私の場合、裏事情も含めてだが壁際だった」


「というか姐さん、凄いじゃないですか!何時からそんな大手サークルになってたんですか?」


「だから言っただろ?裏事情、つまり"内通者"も通してだ」


「えっ、それってまさか.......」


 流石の姉御の方も開催地の駅のホームでこんな話をするのも危ないと思ったのか咄嗟に閉口した。やがて僕に忠告を入れるまでは。


「この事は誰にも話すなよ」


「姐さんが言うと余計怪しさが増すんですが」


「話・す・な・よ・?」


 指を口元に当てて若干食い気味で言い寄ってくる姉御に僕ははいかYESでしか答える事ができない。

 どうやらこの案件は僕が首を突っ込んではならないレベルである事を察したからだ。


「とりあえず移動しましょう。姐さんちょっと顔色悪いし」


「別に私は平気だけど。むしろお前が巻き込まれる方が不安だ」


「そんなにヤバい組織の人なの!?」


 少しばかり恐怖に苛まれたが、折角のコミケ参戦を無駄にする訳にはいかない。

 ここは戦場だ。姉御も少し準備に余裕があるとの事なので行列に早くから並ぶことにした。


「しかし凄い人の量ですね。蒸し暑いし」


「そう言えば高温多湿で雲ができるってネットニュースに書かれてたわね。今年はあまり見たくないものだけど」


「今年はって.......姐さんよく知ってますね」


「お前程じゃないけどな」


 既に開場前から全国から集まった同士達でごった返している中、姐さんの存在は目立った。

 どうやら数年前から姉さんのサークルは人気があるらしく、その道のファンが握手や撮影を求めてきたからだ。


「姐さん。本当にその道の人じゃないのか」


「私はあくまでかじった程度だ。趣味にしてる程じゃない」


「コミケの列とは別に列を作っててよく言えるよね。そのメンタルはある意味尊敬するよ」


 しかし典型的なチェック柄の人と一緒に写真を撮っている姐さんは何故か楽しそうにも見えた。

 あれは営業スマイルなのかどうなのかはわからないが、一番細かい所を気にしていないのは本人の方だろう。正直記念撮影の撮る方に回る僕と列の整理をする警備員の人の方が大変だった気がする。

 間もなく僕が入口まで辿り着いた時には既に姉御の姿は無かった。


「姉御?どこ行った?」


 丁度その時、一通のメールが届く。送信元はやはり姉御である。


「『そろそろ準備に戻る。グッドラック』か.......。一応姐さん、僕の初参戦の事を気にしてはいるみたいだ」


 姉御のそういう気まぐれな優しさはいつも僕の心をほっこりさせた。自宅では見せないちょっとしたデレだったが、嬉しかった。


「おい、ニヤニヤしてないで早く進めよ」


「あっ、すみません!」


 姉御のメールに気を取られて前に進むのを忘れていた僕は怒られてしまった。マナーを守らなかった僕の方が悪いのだが、少ししゅんとしてしまう。


「いけないいけない。気をつけないと」


 勿論迷惑にならなければ普段の欲求を解放できるのがコミケの魅力である。会場の至る所にコスプレイヤーの方々が見えたりと視覚的にも楽しい部分が多い。


「1人でも中々楽しめるな。誘える友達もいないししょうがないと言えばしょうがないけど」


 完成度の高いコスプレから流行のギャグを取り寄せたネタ枠まで個性豊かな人達が揃っている。

 そんな中目を引いたのは黒い鎧に兜、鋭利な大剣を持った暗黒騎士のコスプレをする人だ。


「凄い。あんなクオリティ高いの見たことないな」


 ──と思っていたのだが、どうやら中の人の様子がおかしい。人間とは思えない鋭い眼光でカメコ達を威圧している。


「暑い!!!」


 第一声で暑いと叫ぶ暗黒騎士を僕はどの作品でも見た事が無いのだが。

 見覚えがある訳でも無いし、同じ世界の住人とは思えない気がしてきた。


「何で俺がこんな所に呼ばれなくてはならない。ここは何処だ」


「何処って、異次元に転送しろって言ったのはアンタの方じゃない。とりあえずこのフラッシュ焚くのをなんとかしてほしいんだけど」


 その暗黒騎士の後ろにちょこんと白衣のロリっ子が頭をチラつかせている。小さいのに何故だろう。妙に貫禄がある様に見えるのは僕だけだろうか。

 実際こういうイベントに親子で参加するのも珍しくはないはずだ。暫く様子をうかがってみる。


「ともかく、俺達は魔族だろ?こんな炎天下の中人間共にフラッシュ焚かれるほど見世物にされたい訳ではない。こいつらに俺達の恐ろしさを見せつけないとな」


「やめなさい。アンタここの世界もまともに知らないヘタレ筋肉の癖に暗黒騎士から暗黒ミンチになるつもり?」


「五月蝿い!ただでさえ俺は暑さで気が立っているんだ。そもそもこの異次元では戦争なんか起こっている様には見えないだろ!こいつらの見た目も明らかに戦闘用じゃない!軽装だ」


 何やら口喧嘩を始めている2人だったが、周囲の人間も慣れているのか少しざわつき始めた。

 やがて警備員が駆け付けると彼らを押さえつけ始める。


「や、やめろ!貴様ら人間如きに取り押さえられる程俺も弱い訳じゃない!絶対弱くないからな!」


「だからやめなさい。私も抵抗できるにはできるけどあえてしてないだけ。アンタも良心見え見えだから」


「畜生.......何なんだこの世界はァァァ!!!」


 どうやらコミケではどう見ても人界級じゃないレベルの何かも存在しているみたいだ。まさかとは思うがコミケではこれが日常茶飯事なのか。

 姉御の内通者も含め、まさに混沌である。


 コスプレも一通り見て回ったので僕のお目当てのサークルの方に向かった──のだが。


「考えが甘かった.......」


 僕の思いは一瞬で玉砕された。迂闊だった。既に既刊本しか残っていない。新作は売り切れの状態である。


「本当にすみません。また次の機会に」


「あっ、いえ。僕の方も悪かったんで.......あっ既刊本のこれとこれお願いします」


「ありがとうございます!」


 お目当てのものは入手できなかったものの、いずれ買おうと思っていた何種類かは無事に確保できた。他にも様々なサークルを巡り歩いていたのだが──。


「姐さん!売れ行きはどうなんだ?」


「少しも売れない」


「マジか」


 偶然通りかかった姉御のサークルの前には山のように積み上がった薄い本の束があった。僕の方も何かと心配になってくる。


「宣伝とかした方がいいかな」


「いや、いいんだ。お前に任せる仕事じゃない」


「でも.......姐さんが悔しい顔で帰る姿、僕は見たくないよ」


「お前.......!」


 姉御は感極まったのか少しだけ目に涙を浮かべた。まだ時間は沢山ある。

 義理の姉であったとしても、僕の大切な姉の本。少しでも価値を認めてくれる人に届けてあげたかった。


「今日だけ、頼るぞ?」


「任された!」


 僕は必死に姉御の力になろうと宣伝を続けた。しかしあまり効果は見込めず、結局大量の売れ残りがあるまま遂に販売時間を終えてしまった。


「残念だったね。姐さん」


 僕の湿った慰めにううんと彼女は首を振った。


「お前がいてくれたから少しでも売れたんじゃないか。今日は常連さんもいなかったしよく頑張ってくれた」


「姐さんの為なら当たり前だ」


「都合のいい事言っちゃって」


 彼女はいつもの厳しさで隠していた感情を僕に見せた。その後姉御の片付けを手伝い、一緒に帰る事にした。

 照れくさかったが、悲しさの中にお互いに分かち合えるものを見つけた様なそんな帰り道だった。


「そうそう、お前の為に特装版を用意しておいたんだが」


「特装版?」


 僕が聞き返すと彼女はコミケで売れ残った薄い本を僕に手渡しした。特に内容が変わったという訳でも無い。


「はい5000円」


「嘘ぉ!?ぼったくりじゃないか」


「じゃあ返品するか?」


「こんな詐欺紛いな商品買わないよ。在庫は腐るほどあるだろうし」


 僕が彼女にそれを差し出し返すと一言付け加えた。


「特装版には私のコスプレ袋とじとかが入ってるんだけど」


「えっ早く言ってよそれ!」


「5000円払う?」


「買わせていただきます」


「本当ブレないな。お前」


 単純な姉御の情報に乗ってしまった僕は微笑み返した。なんだかんだ喧嘩してデレてしまうのは僕の方も同じなのかもしれない。頬が少し赤くなった。

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